■ 就任ご挨拶
2008年5月30日
まず、サイクロンで甚大な被害を受けたミャンマー、および四川大地震で多くの家族、友人を失った中国の被災者の方々に深甚なるお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復旧、復興をお祈りする。土木学会としても関係学会はじめ関係者と協議して出来る限りの対応を進めている。
つぎに、石井弓夫前会長に、土木学会の会員にかわり、感謝の言葉を申し上げる。
石井会長はこの1年間、「社会への積極的な発言」を基本的な方針として、休む間もなく活動された。それは会長提言としての「インフラの国勢調査」の成果、あるいは「地球温暖化対策特別委員会」の立ち上げなどに具体化された。また、現場の声を聞く姿勢を徹底されて国内の全支部並びにアジアの4つの海外分会を訪問される一方、近隣諸国の土木学会を訪ね、積極的に意見交換をされた。
「インフラの国勢調査」については今年度も継続していく。「地球温暖化対策特別委員会」については、今後この委員会が推進役となり、既存の研究調査委員会などにテーマを分担していただき、土木学会の組織を挙げて取り組んでいくことをお願いしたい。
次期会長に予定されたときに、浅学の身が学会の会長になることは不遜なことと思った。しかし土木学会の英文名、Japan Society of Civil Engineersを思い起こし、「土木技術者の Society」であるならば、私にもお役に立てるところがあるのではないかと考えてお引き受けすることとした。
この英文名称が意味するところは、今日、あらためて重要である。
土木学会は、産、学、官、それぞれの分野の、土木技術者の集まり。その全ての分野が、社会からの厳しい批判にさらされ、不人気に悩み、バッシングを受けている。その厳しさに、それぞれが対応することに精一杯で、本学会が持つ多様性を活かすことができずにいる。このような受難の時にこそ、産、学、官が一体となり、それぞれの持ち味を生かして、土木技術と土木技術者の大切さ、その成果としてのインフラの重要性を訴えていく必要がある。
37万平方キロの、しかもその大部分が山地であるという狭い国土、地震、洪水、高潮・津波等あらゆる災害の危険性にさらされている国土。その国土の上に、食料・エネルギーの大部分を海外に依存しつつ 1億2,500万人を超える人々が、豊かで安全な生活を営み、諸々の活動を続けるためには、国土を安全なものとし、国内そして海外とのネットワークを整え、国土を適正に利用するため、土木技術の存在は不可欠である。
このことに誇りを持ちつつ、このような時であるからこそ、土木学会の名の下に、皆が結束して頂くことをお願いしたい。
次に、この1年間の会の運営の基本姿勢を述べる。
2人の土木の先輩の言葉が頭に浮かぶ。
1人は第6代土木学会会長の廣井勇。
廣井勇は「工学者たるものは自分の真の実力を以って、世の中に惑わされずに、文明の基礎付けに努力していれば好い」と孤高の技術者像を是としている。この言葉は、彼の生き方そのものであり、また多くの土木の先達達の生き方であった。しかし、廣井勇はその一方で「エンジニアとなるためには製図の技を極めねばならない」ということも勧めている。製図、すなわち図面は、技術者が頭の中で考えたことを具体的に人に伝える最も基本的な所作といえる。あるいは唯一の手段といっても良い。
廣井勇のこの言葉は、技術者に対して、他者への意思伝達の力を磨くことの重要性を語っていると考えている。東京帝国大学で廣井勇の薫陶を受けた宮本武之輔は、大河津分水の補修工事に当たって、地域の人々の理解を得るために、当時としては画期的な工事記録映画をつくり、またPRソングも作って集落を回り映写会を催した。宮本武之輔にとっては、これが「製図の技を磨け」という師の教えへの一つの答えではなかったかと思われる。
石井前会長が掲げた基本姿勢「社会への積極的な発信」の重要性は益々高まっている。そのためにも我々は、私たちの思いを社会に伝えるための知恵と技をますます磨かなければならない。この1年間、より効果的な発信方法を探っていきたい。その具体化の一つとして、これまで顔を見せないことを良しとしていた土木構造物に関係する技術者の可視化を検討する、「誰がこれを造ったのか」と題する提言特別委員会を立ち上げる。
今ひとつの言葉は、その宮本武之輔が苦労をした大河津分水に立つ、第23代土木学会会長の青山士の碑文である。
青山 士の碑文「萬象ニ天意ヲ覚ル者ハ幸ナリ」は、余りにも有名。この言葉と対になっている「人類ノ為メ 國ノ為メ」は土木事業の目的を、そして「萬象ニ天意ヲ覚ル」は土木技術者のあり方を教えていると私は理解している。
「万象」について、私はこれまで、これは災害等、自然の現象と考えていた。 しかし、「森羅万象」という言葉が示すように、万象は自然の出来事だけではないように思う。 いま土木の世界を取り囲んでいる批判、無理解、誤解、これらも全て万象と考えるべきである。
我々は、今日私たちを取り囲むこのような状況を悲憤慷慨したり、無視したりするのではなく、この万象からも天意を探ることが求められている。いわれなき批判、枝葉末節なあげつらいと思うことも多いが、残念ながらこれらもすべて「万象」の一部である。我々は、批判の最前線にあって、夜も昼もなく苦労している仲間にエールを送りつつ、この「万象」から何を聞き取るのか、静かに考える必要がある。そこから何を学び、次の世代の為により良い社会環境をどのように作り出していくのか、そのことが求められていると考えている。
「社会への積極的な発信」を前会長が掲げた。私はこの基本方針を受け継ぐと共に、さらにこの言葉に「社会からの謙虚な受信」を付け加えたい。
「社会からの謙虚な受信と、社会への積極的な発信」を基本姿勢として、これからの1年間土木学会を運営していく。力をあわせて、謙虚に受信し、効果的に発信していくため、会員の皆様のご協力をお願いし、就任の挨拶とする。
Last Updated:2015/06/12