■ 就任ご挨拶

2009年5月29日

第97代会長

第97代会長 近藤 徹

この度伝統ある土木学会長に就任することになり、その責務の重要性を痛感している。まず栢原会長には、現在政府が進めている公益法人改革へ向けて、その認定作業の礎を築いていただくとともに、提言「誰がこれを造ったのか」を通じて、土木技術と土木技術者の可視化に努め、ともすれば社会の縁の下の力持ちに甘んじてきた土木技術者を広く社会に認知させるために、ご尽力いただいた。そのご功績に深甚なる敬意と感謝を申し上げる。

さて私の世代は、戦後の荒廃した国土を再建し、活力ある国土を整備するために、いささかの迷いもなく、土木技術の世界に身を投じて、ひたすら土木の仕事を天職として邁進して来た。

しかし現在は、土木と云う名称では志望者が集まらないと云う理由から、殆どの大学の学科名に土木工学科の名称が消え、土木とは何かが問われる時代である。私達は土木技術とは「鉄道・道路・橋梁・ダム・堤防・港湾・空港等を作る技術」として、なんら疑うことなく説明してきた。本来作るのは手段であり、何の目的で作るのか、その目的が社会全般に理解されなくなったのであろうか。とりわけ土木事業の中核をなす公共投資は、政府の景気対策として長年位置づけられてきた結果、公共投資のフロ−の面が強調され過ぎてきた。公共投資の本来の目的であるインフラの整備、すなわち安全で豊な国土作りとしてのストックの形成については、結果的に説明が不十分になった面があるかもしれない。その結果国民の意識の中に、本来のストックの面はないがしろにされてしまった嫌いがある。

この際に改めて土木工学とは、豊かで安全な国民生活、活力ある社会経済活動を支えるインフラを整備・総合管理する総合的技術体系、すなわち人間が安全で豊かな社会生活を享受するための技術の総称であると確認したい。


さて、私はわが国の国土が今後直面するであろう課題について、その課題解決に当たる土木技術者の果たすべき役割について、次世代を担う土木技術者に明らかにすることを通じて、国民にも土木工学の重要性を認識していただくことを、本年度の活動方針として掲げたい。
今後必然的に迫り来る少子高齢化による社会条件、気候変動による自然条件の変化に対応して、土木工学に何が求められるか。これらの課題については既に歴代会長が、それぞれ取り組んでこられた課題であり、重複することになるがこの際概括したい。

人口減少の課題を見ると、わが国の人口は、平成16年の人口1億2,778万7千人を頂点として、減少期に入っている。更にその人口構成の推移を見ると、昭和40年当時、生産労働人口層(15歳〜64歳)は68.9%、高齢者人口層(70歳以上)は7.1%、端的に言えば10人の生産労働者が1人の高齢者を扶養する構成であった。昨年は2.9人、将来人口推計結果によれば、2030年には2.1人で高齢者を扶養しなければならない構造とされる。少子高齢化社会、人口減少社会の到来に直面して、求められているのは経済活力の維持、発展である。土木技術者は、高速交通ネットワークを中心に更に経済効率のよい活力のある国土を整備することが求められる。しかるに高速交通ネットワークの現状は、制限速度100km/h以上の道路延長は英独では100km2当り3.3km以上、国土の広大な米国でも2.1kmであるのに対して、我が国は0.7kmと極めて低い水準である。欧米のみでなく、隣の中国・韓国でも、主要都市で環状道路の整備が完成しているのに対して、我が国では首都東京でさえ、わずか4車線の首都高速都心環状線があるのみで、首都圏三環状は未整備の状況である。また主要港湾の貨物取扱量は、1980年当時神戸港が世界の第4位に入っていたが、2006年には、東アジアのシンガポール、香港、上海、深釧、釜山、高雄が上位を独占しているのに対して、我が国の港湾は20位以内には全く顔を出していない。高齢化が進めば、インフラの不足は社会経済活動に致命的な影響を及ぼすことが確実である。

また気候変動に関する政府間パネルIPCC第4次報告では、地球温暖化の緩和策に努めても、今後100年間に1.8〜4℃の平均気温の上昇は避けられず、わが国は大洪水、大渇水が頻発して、防災インフラ、水資源インフラの機能が低下し、治水の安全度は、現在からほぼ半減することが予測されている。

今後の土木工学には、悪化する自然条件、社会条件を踏まえつつ、安全で豊かな国民生活を維持させ、活力ある生産経済社会を発展させるために、国土の将来像を展望して、必要不可欠なインフラについては、限られた資源を有効に投資して、着実に整備することが求められている。高度経済成長期には、道路、鉄道、港湾、都市計画、防災等の各技術が縦割りに独立して計画されてきた嫌いがある。今後は国土の各地域の自然的・社会的特性に着目して、国民との合意形成をはかりながら、各技術が総合的に有機的に結びついた視点で計画する必要がある。そのためには、専門分野の知識のみならず、他部門の分野にも深い洞察力を持った技術者の活躍が望まれる。

さて土木技術者に関する課題については、既に平成11年度以来、学会内に技術推進機構を設置して、その後も事業の拡充が行われて、一旦土木技術の分野に籍を置いた土木技術者に対する教育・資格制度については目下計画的に充実しつつある。

このような中で、行政、建設業界、関連業界全てにおいて共通していることとして、土木工学に関する基本的な科目、すなわち構造力学、水理学、土質力学、コンクリート工学、土木材料などに対する卒業生の理解不足が指摘されている。次代を担う土木技術者にとっては、土木学会として早急に対処するべき課題であると考える。


ところで現状では公共投資に対するネガティブな反応が社会にある。土木工事は自然破壊ではないか。この点については生態学との境界領域において共同研究が進み、影響回避の実績が定着しつつある。後世の国民の借金を増大させているのではないか。この課題こそ未来の国土をいかにして経営するか、公共投資の本質であるストックとしてのインフラはいかにあるべきか、どのインフラを選択して資源を集中させなければならないか。次世代技術者への資料ではあるが、これらの問いに答えるための資料作成を通じて、国民に考えていただく契機にもなることを期待したい。会員の皆様のご協力を期待したい。


Last Updated:2015/06/12