宣言:公益社団法人への移行にあたって
「土木」は、有史以来「人々が暮らし、様々な活動を行うための環境や条件を整えることを通して、よりよい社会へと改善していく営み」を積み重ねてきた。すなわち、「みち」や「みなと」、「まち」や「むら」、そして「やま」や「かわ」や「うみ」等の、私たちの生きるための条件や環境を形作る様々な諸要素を、整え、建設・維持・管理し、運用することを通じて、地域の活力と国力の増進を図り、人々の安全を保障し、文化・芸術の発展を目指す総合的な営みが「土木」である。したがって「土木」という営みは本源的に「公益」に資するものであり、「土木」に従事する技術者や研究者等は、本質的に「利他的・倫理的・公共的」であることが求められている。
それゆえ、こうした「土木」の営みを担う土木界は、その営みを通じて、公益の増進を図るための不断の努力を続けることを、その使命とするものである。従って土木界は、常に、長期的、大局的な展望を保ちながら、少子化や高齢化、資源・エネルギーの制約や地球環境問題の変化、経済・社会のグローバル化などの移りゆく時代の変化にも敏感に対応し続けていかなければならない。そして公益のさらなる増進を図るためにも、次のような三つの視点からその営みの高度化を志向し続けていくことが求められている。
- 人類の生存と営みへの貢献
- 人類と自然の共生への貢献
- 土木の原点、総合性への回帰
土木学会はこうした土木界による公益増進の中心的存在として、長期にわたる社会基盤・システムの必要性を洞察し、それに柔軟に対応できる社会基盤・システムのあり方や提供の仕組みに関する調査研究と学術・技術の交流・評価を行うものである。そして、その成果を社会に発信するとともに、それを担う人材の育成とその支援を行うものであり、諸活動を通じて土木界の活動の高度化を図らんとするものである。土木学会は公益社団法人への移行にあたり、こうした土木学会の公的な責務を改めて認識し、土木学会員のための「共益」のみならず、土木界並びに社会に対する「公益」の新たな展開のため、土木学会が貢献できる対象の拡大とその内容の充実を図りつつ、公益社団法人に相応しい形態でその諸活動を全面的に展開していくことを、宣言するものである。
(宣言の解説)
1.土木の定義とその公益性
(土木と土木技術者の定義)
「土木」とは、「人々が暮らし、様々な活動を行う様々な条件や自然環境、人間環境を整えることを通して、我々の社会を飢餓と貧困に苦しむことなく安心して暮らせる社会へと改善していく総合的な営み」を意味するものであるといえよう。とりわけわが国は、厳しい自然条件と平地における人口稠密な国土に、高度の文化的な生活と経済とを展開するため、国土と時に対峙し、時に巧みに協調する必要がある。そして「土木」は、土木技術の開発に努力を傾注しその力を劇的に増大させて、全国各地に防災施設、港湾、鉄道、道路などの交通運輸施設、発電・エネルギー施設、上下水道といった社会基盤・システムを築き、都市や農村などの人間環境と自然の環境を改変してきた。「土木」に従事する技術者や研究者等には、「土木」のみならず「機械」や「電気」等の幅広い技術分野の技術者や研究者等が含まれるが、本宣言の解説においては、これらを総称して「土木技術者」という言葉で代表する。
(土木の公益性)
地球温暖化への対処、近年頻発する地震、水害等自然災害への対策、人口減少下のわが国の国際競争力の維持向上を支える基盤整備、文化的・景観的にも魅力ある国土空間の確保・保全と整備などは、今後の我々及びその子孫のことまで思いを巡らせて中長期的な視点から着実に進めるべき課題であり、土木及び土木技術者として積極的貢献を果たす必要がある。土木技術者は現在までの我が国の発展を支えた社会基盤・システムづくりに大きな貢献をしてきたこと、そして今後も将来にわたる繁栄の礎としてのこれらの社会基盤・システムの整備と国土の保全、自然の保護という公益的事業を担うことを誇りとするものである。
道路、鉄道、港湾、空港、発電・エネルギー施設、上下水道といった社会基盤・システムを考えてみても、これらはこれまで連綿と努力を積み重ねて築かれ、現代の人々の生活を支えるとともに、将来の人々にも多大なる恩恵をもたらす。そうした社会基盤・システムを総合的に運営(調査計画、建設、運用、維持管理、更新)することは土木の使命であ
る以上、土木の活動は、特定の個人や法人の利益を志向するものではなく、広域的・長期的な視野に立って、過去の世代、現代の世代、将来の世代を通じて普遍的に存する価値を志向するものである。それゆえこれら社会基盤・システムの整備、すなわち土木の総合的営みは、本源的に公益性を有する。
さらにこのような公益性のゆえ、社会基盤・システムは官庁等の公的機関ないしは公益企業が中心となって運営されている。そしてその運営は、基本的に民間セクターで完結する工業製品の生産過程と異なり、官庁等の公的機関や公益企業など企業者と、設計や建設に当たってこれを請け負う民間受注者(コンサルタント・施工業者)との適切な役割分担
があって初めて的確に遂行される。つまり土木における事業遂行による功績は、官庁等の公的機関のみならずすべての関係者のものであると言える。それゆえ土木の営みは、発注者のそれであれ、受注者のそれであれ基本的に公益性を有する。
2.土木界の使命と営み
土木の本源的な公益性から、それを担う土木界(個人、組織及びそのネットワーク)には、本質的に「利他的・倫理的・公共的」であることが求められるとともに、中長期的な視点から社会の発展を洞察し、的確な社会基盤・システムを提供することが責務である。
それらは以下の3点に集約される。
(1)人類の生存と営みへの貢献
「土木」の重要な任務が、生存にかかわる安全性の確保と我々人類の営み、すなわち、経済活動、社会活動、文化・芸術活動の質的向上であり、その公益性の重大な部分がこの点にこそ求められる。土木学会が公益社団法人へ移行するにあたり、改めてこの点を踏まえつつ、これまでの土木がなしてきたこうした人類への貢献を、さらに質的に高度化する ための努力を強めることとする。
もちろん日本の国土とその自然は、2011年の東日本大震災に見るように、時に人知を超えた凶暴な側面を見せる。自然に対して畏敬の念を抱き、土木事業の環境に及ぼす大きなインパクトに細心の注意を払いつつ、技術の限界に対する謙虚さを忘れずにそれを活用するという姿勢を貫く必要がある。
社会基盤・システムがそもそも量的に不足した高度経済成長時代には、土木の公益性を改めて意識するまでもなく、人々は社会基盤・システムの必要性を強く認識していた。しかしながら、社会基盤整備の進展による国民生活の充足感の向上に伴い、日常生活において社会基盤・システムの必要性どころか恩恵についても、社会が積極的に評価しない風潮となっている。さらに、バブル崩壊後の経済不況に伴う公共事業の経済対策の側面の過度の強調や一部の不祥事などが、その後の土木に対する逆風を助長していたといえよう。
これらの認識を踏まえつつ、改めて人類への貢献を最終的な目標とするなら、社会の現在から将来にわたるニーズを的確に把握し予測することも、土木の本源的な公益的な視点の一つである。
以上のような視点から当面の重点強化事項を例示すると;
- 1)東日本大震災の復旧・復興への貢献
- 被災の実態、これまでの防災対策の検証などを行い、復旧・復興の計画・実施への貢献を行う。
- 2) 国土経営上の災害リスクへの対処
- 国民の安全・安心に加えて、国際競争力の向上を抱合した「国土、地域の事業継続計画」の確立、地球温暖化に起因する防災対策を含む災害リスクの低減及び襲来が予測されている巨大地震への備えを確実にすることは、未曾有の災害を経験した我々土木技術者の責務である。
- 3) 国力の増進
- わが国の国民の幸福と安全を持続的に保障し、社会、経済、文化活動の高度化と、グローバルな競争力を確保するための国力増進に資する土木の諸活動を推進する。
- 4) 文化的・景観的に魅力ある国土の形成
- 土木が「人々が暮らし、様々な活動を行う環境を整えることを通して、我々の社会をよりよい社会へと改善していく営み」である以上、経済的効率性の追求のみならず、積極的に歴史・文化的、景観的に魅力ある都市や地域社会、そして国土を形成するための土木の諸活動を推進・支援する。
- 5) 国際化支援活動
- 海外の社会基盤整備を効果的に進めることが世界ひいては日本の繁栄につながるとの認識から、アジアを中心として世界のインフラ整備に貢献する土木界でなければならない。そのためにも、建設産業の国際競争力の強化、さらに国内大型建設事業の実施体制の合理化など、国内建設市場の条件整備を支援する。
(2)人類と自然の共生への貢献
「土木」という営みは、我々人類の諸活動の内容の質的向上を図るもののみならず、そうした諸活動に従事する人類が自然環境と共生を図ろうとする点にこそ、その本質的目的が求められる。そもそも、自然界において共生をし損じた種は、その自然の人知を越えた力によって遅かれ早かれ淘汰される憂き目から逃れ得ることができない。しかしその「土木」の営みは多くの場合、自然の改変と時として破壊につながっていた。いわば「土木」の原罪である。さらに、地球温暖化問題をはじめとして、現代における高度に近代化した人類の営みが自然との共生に必ずしも成功しているとは言い難いことが危惧されている。土木はこうした諸点を改めて見据え、高度に近代化した人類の営みが自然全体の営みと調和するために必要な様々な技術開発やそのための基礎研究と実践、そしてそうした調和に貢献する人材の育成のため、いわばコンダクターとして中心的役割を果たしていく必要がある。
これらの認識を踏まえ、改めて自然との共生への貢献を目標に、当面の重点強化事項を例示すれば;
- 1) 資源・エネルギー問題と地球温暖化への対処
- 現在我々は地球温暖化防止のため、二酸化炭素の削減が求められている。そして、資源・エネルギー問題への対処などの大きな課題を抱えている。こうした要請や問題に対して、省資源、循環型社会の実現のために、土木は中心的役割を果たす。
- 2)生物多様性への対応
- 自然の改変に深い関わりを持つ土木は常に生物多様性に配慮し、あらゆる機会を通じて出来るだけ多くの種を次世代に引き継げるよう心がける。
(3)土木の原点、総合性への回帰
(1)及び(2)に述べた、土木界が自ら実践することの他、最近の問題点として、公共事業費の縮小に加え、自然環境の保全意識の高まりなどから、大型の長期にわたるプロジェクトの実施・継続が容易でなくなりつつあり、地球温暖化に伴う計画・設計条件の変化と相まって、単一の手法によって問題を解決しきれない状況となっている。このため、自然環境の変化がもたらす多様な影響に対し、例えば治水対策としての土地利用制限などのように、分野間で連携して総合的に解決を図ることや、対応手法を検討することなどの対策が必要である。
このような環境下で土木が一層の社会貢献を果たすためには、改めて社会の問題をあらゆる手段を講じて、総合的に解決し積極的に社会の発展に貢献するという、土木の原点に立ち返る必要がある。そのための当面の重点強化事項を例示すれば;
- 1)多様な科学・技術成果の適用
- 「人々が暮らし、様々な活動を行うための環境や条件を整える」という土木の営みの中で使用する技術に何ら境界を意識しないところは、土木の特異性であり誇りでもある。従って、土木技術に限らず様々な科学・技術を適用し、事業推進の資金を調達し、さらには紛争解決など多岐にわたる他分野の専門家・産業との協働を積極的に進めることが必要である。
- 2)土木に関する国民対話の促進
- 高度に情報化の進行した現代の日本においては、「土木」という多くの人々に多大な影響を及ぼし得る公的活動が逆に、「世論」の影響を大きく受けている。しかしながら、土木技術者が世論の背景を十分に斟酌していない例もあるし、他方「土木」の様々な取り組みの目的や影響を的確に理解できないままの「世論」の例もある。それ故、現代社会において土木に関する国民との対話の促進は、土木の質的向上を図るうえで重要な課題である。土木技術者一人ひとりが土木の原点に立ち返り、専門家としての倫理観に則って、人々の声を謙虚に受け止めたたうえで、土木が現在のみならず将来の社会に何をすべきかを考えて毅然と提案し、国民との対話を続けつつ実施して行かなければならない。
3.土木学会運営の基本方針と事業の目標
土木学会は、1990年代後半、時代の変化に対応し社会へ貢献する土木を目指して、技術力と倫理観のある技術者の育成・支援及び国際化の支援を眼目とする定款の改訂や技術推進機構の創設などの一連の改革に着手し、現在もその過程にある。さらにこのたびの公益社団法人への移行をチャンスと捕らえて、これに積極的に呼応することとした。
土木界の中心的存在としての土木学会の活動そのものが公益性の体現であって、従来の活動も基本的には公益的であった。しかし新たな法体系では従来の活動の一部に見られた学会会員に限定した事業は「共益事業」と呼ばれ、「公益事業」とは区別されることとなった。また土木学会の公益性は、土木学会が組織として適切に運営されて初めて実現する。そのため内部統治(ガバナンス)と健全な財政を確保し、会員以外にも開かれた「公益事業」活動を展開することが肝要である。
(1)技術者・研究者および社会の役に立つ公益事業の展開
まず土木学会の本来の機能である公益的な活動がどうあるべきかを、原点に立ち返って確認する必要がある。このためには、土木学会が貢献できる対象の(会員、非会員を問わず個人、法人またはその集合体)いわば「顧客」が必要とする情報やサービスの的確な提供及びその質的な向上と範囲の拡大、さらに人材育成こそが、学会の公益的な活動の要諦であることを確認する必要がある。そして本部・支部の情報共有、会員への情報提供の充実、非会員の学会活動への参画機会の増大など、開かれた体制を実現するものとする。
特に学会では委員会活動等の専門性に基づく公正性、及び会員を中心とするボランティア活動という非営利性により公益性を確保してきた。今後は、従来の公益事業に加えて、直接的社会貢献まで公益性を広げて、会員以外にも開かれた「公益事業」活動を展開することが肝要である。学会は外に開かれている姿勢を明らかにし、社会のニーズや希望を正確に把握して、学会活動の効果的な展開を図ってゆくための工夫が必要である。
具体的な学会の事業例をあげれば、地球温暖化、資源・エネルギー問題、地震防災、国力の増進と国際化の支援などの土木界が貢献すべき課題に自ら研究・啓発を行うだけでなく、広く社会に働きかけて問題解決をリードするなどの取り組みを行う。あるいは優秀な技術者を育成することは、時間を必要とすることから計画的に行う必要性があり、土木学会の技術者資格制度や継続教育制度を充実・普及させるなどの土木技術者の活動を積極的に支援するための取り組みが必要である。
なお土木学会は2014年に、創立100周年を迎える。これを機に過去の1世紀を振り返るとともに、これからの1世紀を展望しつつ、「公益社団法人」としてどのような課題にどのように取り組むかの議論を展開してゆく。
(2)健全財政と明確な内部統治のもとの運営
内部統治(ガバナンス)の確立は今回の法人改革の眼目のひとつであり、明確な責任分担のもと迅速に意思決定し、行動すること、さらに財政の健全性を維持することなど、いわば経営的視点を入れつつ運営することは、公益法人運営の基礎である。学会としては、社会あるいは会員・土木界とのインターフェースとしての支部の重要性を認識しつつ、本部と支部が一体となって、会長・理事会のリーダーシップのもと、スピード感のある運営に努める。このため内部の組織の充実あるいは支部の交付金の考え方などの検討を行って、新しい活動に相応しい体制を整える。このようにして、土木技術者や地域が直面する課題解決への貢献を積極的に進めて、会員のみならず参加した土木技術者全体の満足度の向上に努める。
また公益事業を拡大・充実させるための環境整備として、従来主に会費及び事業収入を充当していたこれらの事業資金として、本学会の事業活動に理解と賛同を示す方々との協働と寄附に期待する。具体には、学会への寄附貢献者への謝意の明示などの新しいルールのもとに、多くの方々との協働と寄附を募る、いわば寄附文化の醸成を図る。
- 宣言:公益社団法人への移行にあたって (PDF/180KB)