「JSCE 2000」は,21世紀に向けて社会のあらゆる分野でパラダイムの転換が求められていた中で,1996・1997年度の理事会・企画運営連絡会議がとりまとめた1998年版の「土木学会の改革策」である.その取り組みは,松尾 稔第84代会長(1996年度)の就任を機に始まった.日本学術会議会員として,工学や技術のあり方について積極的に発言していた松尾 稔(名古屋大学)は,土木学会会長就任にあたり,工学のパラダイムが歴史的転換期の渦中にあることを強調し,その転換に対応するために,工学系学会が有すべき役割と機能として,(1)会員相互の交流・連携・協力(Society 機能),(2)学術・技術の進歩への貢献(評価機能),(3)社会に対する直接的な貢献(社会との双方向の意思疎通機能)を明示した.そして,これらの役割と機能を十分に発揮し,当面する学会の諸問題を解決するために,理事会の下に企画運営連絡会議を設置して,学会の政策・将来構想などを含め,学会全体の企画運営に関する実質的な審議と部門間の連携・調整を行うことにした.また,1995年1月に発生した阪神・淡路大震災への対応を教訓にして,土木学会が緊急災害発生時に学術団体としての中立性を保持しつつ,社会に対する責務として如何に即応すべきかを検討するために,会長直轄の理事会の一部門として,災害緊急対応部門を設置した.
わが国の科学技術に関する大きな動きとして,科学技術基本法が1995年11月に公布・施行され,第1期科学技術基本計画が1996年6月に答申,7月に閣議決定された.基本法は,21世紀に向けてわが国が科学技術創造立国を目指し,科学技術の振興を強力に推進するため,科学技術政策の基本的な枠組みを与えるものであり,基本計画は基本法第9条に基づき,科学技術の振興に資する施策の総合的かつ計画的な推進を図るために,政府が策定する基本的な計画である.第1期基本計画には,新たな研究開発システムの構築のための制度改革等の推進,政府研究開発投資の拡充などが盛り込まれ,学会として,これらに対応した活動計画・組織体制の検討や投資の拡充に対応した受け皿作りが求められた.また,日本学術会議第5部は,1996年5月,学協会等の学術団体が果たしている社会的役割と機能を明らかにして,その社会的認知と公的支援の拡充を求める報告書を公表した.これに呼応して,工学系学協会の連合組織である日本工学会も,学術団体の情報発信機能の強化に対する公的支援を政府に要望した.
土木分野を取り巻く社会の状況として,阪神・淡路大震災を契機として技術基準の信頼性が問われるとともに,従来型の公共投資の在り方が厳しく批判されるようになり,国際的にも,ISO等の国際規格への対応,国際的な技術者資格や技術者教育の相互承認への対応,ASCE主導によるアジア土木技術者会議への対応などが生じた.さらに,公益法人の不祥事を機に,公益法人の設立許可及び指導監督基準,及びその運用指針の遵守を求める政府通達が出され,その対応として,学会の組織・運営体制の見直し,財務・会計の公益法人会計基準への移行などが求められた.学会内部においても,会員の目的意識の向上,急増する委員会や肥大化した全国大会の在り方,赤字が累積する出版会計の建て直し,支部活動の活性化,事務局の省力化・効率化など,解決しなければならない課題が多くあった.
企画運営連絡会議は,これらの諸問題に対応するため,松尾会長の方針により1996年度に設置された.それまでは,企画部門内の企画調整委員会が学会活動の充実に向けての諸活動について検討していたが,学会が直面している諸問題を前述した学会の役割と機能の視点から整理したとき,理事会各部門を横断した学会全体の企画運営に関する実質的な審議の場が必要であるとの認識から,副会長を座長,理事会各部門の主査理事を構成員とする企画運営連絡会議を設置し,また,その実効をあげるために幹事会を組織することになった.企画運営連絡会議では,その役割について,i)学会の企画運営全体の所掌,ii)理事会各部門間の連携・調整,iii)部門にまたがる事項の審議,iv)学会の政策・将来構想の議論,の場とすることを確認し,学会の役割と機能に基づき,土木学会改革のための諸課題を次のように抽出した.
「2000年仙台宣言」は,昨今の社会資本整備のあり方,公共投資の仕組みに対する厳しい批判に対して,単に身を正すだけでなく,より積極的に土木技術者が土木事業に取り組む姿勢を明確に示すものとして,企画委員会(委員長:森地 茂(東京大学))と東北支部(森杉壽芳参与(東北大学))が「社会資本と土木技術に関する2000年仙台宣言」として宣言することを提案した.そして広く学会員からの意見を宣言に反映すべく,土木学会誌(2000年9月号)において特集を組むとともに,土木学会のホームページを通じて宣言(案)を公開して広く意見を募り, 2000年度土木学会全国大会における特別討論会「社会資本と土木技術に関する2000年仙台宣言(案)−土木技術者の決意−」(座長:森地 茂(東京大学)話題提供者:青山俊樹(建設省),齋藤宏保(日本放送協会),高橋 裕(東京大学名誉教授),森杉壽芳(東北大学)を実施した.この, 2000年9月22日に行われた仙台宣言に関する特別討論会には約1 000名の参加があった.会場における発言,会場にて配布したアンケートへのご回答,また土木学会宛ての電子メールや書面,FAXにより合計110通の意見が寄せら,これらの意見に対して企画委員会の幹事会・委員会が必要と思われる修正を施し, 2000年11月22日に開催された理事会において,承認された.その内容を要約すると以下のとおりである.
明治維新や戦後の混乱期にも次ぐ大変革期と言われる現状にあって,社会資本整備のあり方,公共投資の仕組みに対しては,近年,激しい批判がなされてきた.そうした中でわれわれ土木技術者が,最低限あるべき姿として定め,自己を律したのが,先の「倫理規定」である.すなわち,従来の「土木技術者の信条および実践要綱(1938年)」が改定され,「土木技術者の倫理規定(1999年)」が新たに制定された.
今回の「2000年仙台宣言」はこれを受けてさらに具体化するもので,厳しい風に身を正すばかりではなく,より積極的に,われわれの基本的な立場・意見を呈示し,そして世間に対して宣言した限りは,そのために果たすべきことを果たし,内なる自覚を高めるための綱領とすべきものと考えた.その前文では以下のように述べている.
「わが国の土木技術者・研究者たちが使命感を持って取り組んできたその努力,そしてその結果,わが国の社会資本整備が一定の概成水準に達したことを,「われわれの大きな誇りである」と明言しているものです.しかしながら,高度成長下にあって急速な整備に邁進した日々は,さまざまな不備・未熟さや問題点をも生み出しました.安定成長期に至ってから,昨今続けざまに多くの不首尾が露呈し,長引く不況のもとに公共投資のあり方が厳しく問われる状況下で,一般には社会資本整備そのものが悪であり,不要とも言われかねない極端な風潮に傾いています.われわれ土木技術者においても,至らぬ点,未熟であった点は,ここで率直に真摯に反省をしなければなりません.土木者集団としての独善に走りがちであったこと,また,ときには一部の技術者とはいえ社会的責務に反する行為をなしてきたこと,それにより社会からその姿勢を批判され,また技術に不信を抱かれることも少なくはなかったことを,率直に認めなければなりません」.
「社会資本と土木技術に関する2000年仙台宣言」は,今日われわれ土木技術者が思い描く社会資本整備の目標・理念と,その実現のための方策・技術に関しての基本的見解を,社会に対して宣言するものである.
次に続く各条項において,まず第1項では社会資本整備の根本意義として,「美しい国土」「安全にして安心できる生活」「豊かな社会」をつくり,はぐくむこと,と定義している.第2・3・4項ではその大原則を受けて,「自然との調和,持続可能な発展」,「地域の主体性の尊重」,「歴史的遺産,伝統の尊重」といった理念が謳われている.第5項から9項は,以上を具現化するための方策で,第5項「社会との対話,説明責任の遂行」,第6項「ビジョン・計画の明確化」,第7項「時間管理概念の導入」,第八項「公正な評価と競争」,第9項「社会資本整備のための技術開発」,さらに,土木技術者の集団たる土木学会の姿勢を「本趣旨を踏まえ,土木学会は,社会資本の整備に関する諸制度の改善に向けての提案,土木技術者の能力向上の支援を積極的に行う」と示して,結んでいる.
以上に述べたように,われわれ土木技術者は,使命感を心底に縁の下の力持ち的な立場であるべしとして,「不言実行」の努力を重ねてきた.それがときに,独善との批判と不信を招く結果を伴ったことは否めない.今後は,われわれの立場と方向性を常に明示し,表明すべきことは表明する「有言・実行」をもって,国民の総意と責任のもとに事業を推進する姿勢を示さねばならないと考えている.
仙台宣言は,理事会で承認された後も,資格制度,生涯教育制度,JSCE2005などの土木学会改革プランにおいて,倫理規定とともに土木学会の基本的方針を示すものとして,言及,引用,成果や反省の原点として取り扱われている.
これらの土木学会からの情報発信の努力と実績にもかかわらず,今日,社会の土木学会や社会資本整備への評価は芳しからざるものがある.これは,社会資本整備審議会中間答申(道路分科会基本政策部会)2)でも述べられたように,わが国では戦後復興以来 50 年の継続的な蓄積を経て,さまざまな社会資本が一定の量的レベルにまで達したために,その追加的整備の限界効用が低下したことと無関係ではない.加えて,わが国が 21 世紀初頭から人口減少段階に移行し,予想される経済の長期低成長と財政制約の下では,公共事業や社会資本整備の不要論の台頭はごく自然であるともいえる.このような状況下では,一方的な社会資本必要論の発信は,意味を持たないばかりか,発信者の信頼を損なうことにもなりかねない.
1980 年代に至り,消費生活の豊かさに比して依然貧しい社会資本,建設産業の技術開発の必要性,土木工学科志望者の減少,受け身の国際交流などの諸問題に対処し,時代の要請に対応する土木学会活動の活性化方策への提案として,1986 年に「答申書-岐路に立つ土木と土木学会の新たな途-」4)が取りまとめられた.報告では,部門横断型タスクフォースによる新技術の研究開発組織と成果評価,全国大会の改革,土木事業に係わる社会的啓発と中高生への PR,事務局の OA 化と効率化などの提案がなされ,その後の改革のもととなった.
この後,学会ではこの答申に沿った改革が進められると同時に,国では公共投資基本計画が策定されるとともに道路施設にシビックデザインという概念が導入された.80 周年にあたる 1994 年ころまでに,将来,高齢社会に突入し社会経済が不透明であるため,その前に社会資本の仕上げが必要であるという認識が高まった.
しかし,1995 年 1 月に阪神・淡路大震災が発生し,情勢が一変し,社会と学会員の意識も厳しいものへと変わった.すなわち,1)社会資本整備が必ずしも国民に共感を持たれるかたちで進められていないこと,2)土木技術者の社会的な責任に対する認識が不十分であり,また,社会的評価も不十分なこと,3)ICE など海外の学会にも例が見られるように,土木学会が直接的に社会に働きかける必要性が高まった.土木を取り巻くこれら課題に対して学会が解答を用意し要請に応える団体として脱皮するために,「JSCE 2000-土木学会の改革策」5)を 1998 年に策定し,学会の活動の方向付けと,部門制の創設などの改革を行った.同年には,これらの運動に連動して定款改正が行われている.
土木学会は JSCE 2000 発表以後,学会のシステム改革に着手した.二百数十に膨らんだ委員会が並列に存在して学会の意図がわかりにくい状況になっていたのを,10 の部門を設立して個別委員会を束ね,また,部門間の強力な調整を図るために企画運営連絡会議を創設した.
また,土木学会の内部組織として技術推進機構を創設した.これは,必ずしも会員全員のメリットではないが,相当数の会員が恩恵を蒙る制度や行事を,受益者負担を原則とする事業として実施する組織として創設されたものである.これは,研究委員会と行事を中心に活動してきた土木学会が,各種事業を実施し,機動力を備えた組織として生まれ変われる契機であったといえる.
続いて「企画委員会 2000 年レポート-土木界の課題とめざすべき方向-(2000 年)」6)では,人材の教育戦略,研究体制の効率のための競争的環境整備,土木技術者の活用に関する具体的検討を行った.会長提言特別委員会で「土木技術者資格制度」,「継続教育制度」等,土木学会の直接取り組むべき事業や「技術開発のあり方に関する提言」7)を行ってきた.また,土木技術者が担うべき使命と責任の重大さを再認識し,1938 年制定の「土木技術者の信条および実践要綱」8)の改訂を行い,「土木技術者の倫理規定(1999 年)」9)を新たに制定した.さらに,土木技術者の社会資本整備に対する思いを「社会資本と土木技術に関する 2000 年仙台宣言-土木技術者の決意-」10)として公表するなど,さまざまな努力を積み重ねてきた.
2001 年度の会長提言特別委員会において検討された「人口減少下の社会資本整備のあり方-拡大から縮小への処方箋-」11)など,社会の要請に応えるテーマの検討がなされている.
土木学会は,専門家が集まる学術団体として,その会員が社会あるいは国民の問題や要求を的確に把握し,技術的蓄積に基づいて調査研究し,独立かつ公正な視点から,望ましいと思われるソリューションを提案し支援する責務を負っている.
土木学会の目的はその定款の表現によれば「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り,もって学術文化の進展と社会の発展に寄与すること」である.この目的を達成するための使命(活動の柱)は,表-1にも示すように以下の 3 つから構成される.
これは,学術団体として最も基本的な使命であり,既存の学術・技術体系の再構築を基礎に,この使命を達成する上で具備すべき機能としては,a)学術・技術の先端性,b)学術・技術の事業への展開性,c)技術蓄積・移転性,があげられる.これらが相まって,土木学会の学術水準が国際的に認知されることが必要である.
会員が学会から如何なるサービスを受け,自らも社会にどれだけ貢献するかに係わるものであって,d)会員教育制度,e)情報取得機会,f)会員の維持・多様性,といった機能が求められる.このことによって社会資本整備を享受する最終的なクライアントである国民の満足度(CS)の向上も図る.
社会に対する直接的働きかけを指すものであって,これを達成するためには,g)公正・中立な立場からの専門的知見の提供,h)国際貢献機能,i)コミュニケーション機能,といった機能が求められる.これらの機能により,土木学会が社会に貢献する不可欠な存在として認知される必要がある.
長期目標の設定にあたっては,各使命に対応した現状分析を試み,この現状分析で示された状況を改善するための「長期目標」を機能ごとに設定した(表-1).
土木学会の具備すべき機能は以上のように整理されるが,これらの中で今日の喫緊の課題は,「問題解決能力」とその把握に不可欠な「社会とのコミュニケーション機能」に集約される.
社会と連携し問題解決能力を具備した学会となるために,明確な戦略を打ち出しそれを推進する学会運営を可能とする組織への変更を提案する.
図-1 の学会機能のあり方とコミュニケーションに示されるように,学会以外の社会との連携を実効あるものにしていくためには,まず学会内部がこの目標に向かい部門間が連携して取り組むことが必要である.例えば,災害緊急対応や司法支援のような社会的問題が学会に持ち込まれ,学会がこれらに積極的にコミットしていくためには,学会内の横断的機能強化が必要になる.学会内部門間の連携強化のためには企画部門を中心に,企画運営連絡会議の持つ戦略的機能を活用し,学会全体を牽引していくことが必要である.
JSCE2005 では,図-1 に示すように,戦略的な活動のための「企画戦略グループ」,会員の定常的な研究活動の中枢としての「学術研究グループ」,学会本部支部の運営中枢としての「組織運営グループ」の 3 本柱(グループ)として部門を集約する.これに即して,学会組織を図-2 に示すような構成に変更する.
最も大きく変わったのが「企画戦略グループ」で,企画部門,国際部門のほかに,次の部門を配置する.
一方向的広報を改めて双方向にするために,広報委員会を社会コミュニケーション委員会に改称,同時に学会誌編集委員会も調査研究部門から移動した.会員とのコミュニケーションの主媒体として機能してきた「学会誌編集委員会」をコミュニケーション部門に移し,社会との対話を担う「社会コミュニケーション委員会」と両輪とする.また,WEB とともに対社会コミュニケーションを担う雑誌に転換する可能性をも検討する.
土木教育委員会を調査研究部門から移して独立した教育企画部門とし,戦略的に生涯教育を組み込んでいくシステムへと変更した.今日,1 人の人間あるいは技術者にとって,20 歳前後での大学での高等教育のみならず,小中高等学校時代における社会資本に関する認識,職業についた後の 30 代 40 代にマネージャーになっていく過程での専門的知識の追加的獲得,さらにリタイアしてからの社会貢献にいたるまでの,いわゆる生涯教育が必要とされる時代となってきた.この全体システムを設計し,軌道に乗せることが教育企画部門のミッションである.なお,技術推進機構の実施している継続教育は,この一環として先行スタートしたものと位置づけられよう.
JSCE2000 で設立された緊急災害対応部門に,司法等支援特別委員会を加えて,広く社会支援をする体制とした.この部門は,いつ要請されても対応できることが重要で,迅速かつ科学的な分析・知見に基づいた支援をすることにより,社会に土木学会の存在理由が認識される重要なミッションを有する.
以上に述べた JSCE2005 の方針に基づき,各部門の連携のもと改革が着実に進められている.その内容は表-2のとおりである.
学会全体では,先に述べたような部門・委員会および事務局の組織改変を実施するとともに,自己評価(PDCAサイクル)を全面導入している.
企画部門では,道路公団民営化委員会への参画など強い社会性をもった会員の活動や,麻薬,尊厳死,国土計画の各方面で社会的合意システムを次々と作り上げていくオランダモデル,などを紹介していただく機会となる土木学会トークサロンが好評のうちに進められている.また,各部門の自己評価要領をとりまとめるなど,JSCE2005 実践を推進支援している.
コミュニケーション部門では,土木学会 WEB 上で,土木事業,土木技術に関する「意見交換広場」,「質問広場」を開設し双方向コミュニケーションシステムの運用を開始している.ここには,特別上級技術者も質問への回答などに参画している.現在は参加者には会員が多いが,徐々に一般の参入があることを期待したい.
国際部門では,国内向けには海外分会や海外実務経験者等からの海外情報の提供,海外向けには英文Newsletter 等の刊行物,英文ホームページやインターネットによる情報発信を積極的に行っている.また,海外協力協定学会との共催イベントやアジア土木学協会連合協議会(ACECC)との連携による交流事業に取り組んでいる.
教育企画部門では,一般市民に対する初等教育から成人講座まで,技術者教育としての中高等教育から大学・専門職大学院・OJT に至る教育体系の設計に取り組んでいる.
社会支援部門では,緊急災害対応として,宮城県北部地震,十勝沖地震,九州地方豪雨災害,海外ではアルジェリア,イランの地震等に調査団を派遣し,また,建築学会と連携して巨大地震対策検討特別委員会を設置して海溝型巨大地震対応の研究に着手した.さらに,最高裁からの要請に応えて鑑定人・調停委員を準備した.
総務部門では,予算編成にあたり政策予算を設け,政策予算では JSCE2005 の改革方針にそった活動を支援することによって改革を加速することとした.また,土木学会賞の表彰対象を維持管理,ソフト,計画にも拡大する検討をしている.
調査研究部門では,各委員会の活動評価を次年度予算に反映させるシステムを導入し,また重点課題を設けて社会貢献型の調査研究に対して予算を配分していく方針をとった.また,ICE,ASCE に見られるような,行政,教育,マネージメント,土木政策など,土木学会の社会化の視点から重要な価値をもつ論文・論説に対する受け皿を作るよう検討している.
技術推進機構では,2000年レポート提案に基づき,土木技術者資格制度,継続教育制度,技術者登録制度等として事業化されている.
JSCE2005 が策定されて 1 年が経過したが,上述したように,土木学会の社会化という目標を掲げて,各部門で次々と見直しが進められている.これも,前例踏襲主義に甘んじていては学会の社会的存在理由を失うのではないか,という危機意識が共有されつつある証であると考えたい.JSCE2005 は完成品ではない.さらに前進できるか否かは,学会の各種の活動に対し,いかに多くの会員が関心を持ち,全国大会,部門別研究会,セミナーなどの学会行事を活用し,社会に耳を傾け働きかける活動や仕組みに参画でき,その結果,会員と社会双方がメリットを享受できるかにかかっている.これを組織としての達成目標として,大胆に新しい考えを採用し,かつきめ細かな改善をしてゆく必要があるであろう.
定款 (学会の目的) | 1.学会の使命 | 2.学会が具備すべき機能 | 3.現状分析 | 長期目標 |
---|---|---|---|---|
(1)土木工学の進歩および土木事業の発達 (2)土木技術者の資質向上 2.学術文化の進展と社会の発展 (3)学術文化の進展と社会の発展 | 1. 学術・技術の進歩への貢献 | a)学術・技術の先端性 | ・社会資本の必要性,周辺地区とのコンフリクト,都市再生,地球環境問題等への専門的解答が出されていない | ・学術・技術の革新・蓄積・継承 ・社会の構造的変化に対応した学問(マクロ土木工学)の確立 ・災害対応技術の確立 ・都市再生に資する技術の確立 ・地球環境持続性に関する技術の確立 |
b)学術・技術の事業への展開性 | ・社会的ニーズと研究委員会体制のズレ拡大 ・実用に供する技術が少ない ・戦略性(目的,重点分野,システム)の不足 | ・先端学術領域の調査・研究の推進 ・総合・横断型研究開発の体制確立 ・技術評価制度の確立 | ||
c)技術蓄積・移転性 | ・技術の蓄積機能が不十分 ・技術が他国に移転されない | ・「土木総合情報プラットホーム」の構築 ・会員向けサービスの充実 | ||
会員資質とCSの向上 | d)会員教育制度 | ・会員の視野の狭さ(自然や社会に対する広い教養と土木に対する深い考察の不足) ・生涯教育の機会不足 ・技術が正当に評価されていない | ・継続教育制度の充実 ・土木学会認定技術者資格制度の確立 (資格の階層性定着,技術水準の円滑な展開,浸透,土木技術者地位向上) ・技術者登録制度の充実 ・技術者教育プログラム審査の充実(審査体制,高等教育機関への寄与) | |
e)情報取得機会 | ・会員相互,学会と会員の交流不足 ・会員がほしい情報が得られない | ・会員資質の向上と会員満足度の向上 | ||
f)会員の維持・多様性 | ・文系出身者や外国人会員が少ない ・会員がサービスに十分満足していない | ・会員の増強・会員制度の見直し | ||
3.国内・国際社会に対する責任・活動 | g)公正・中立な立場からの専門的知見の提供 | ・土木界内部の閉じこもり ・中立性を社会に認知されていない ・研究者が利用できる技術情報の不足 ・低成長,選択の時代に適合した土木システムの不在(計画/事業実施体制) ・個人の専門的知識が社会問題の解を与える形に整備されていない ・研究者と実務者との連携不足,乖離 | ・土木技術者の社会貢献と地位向上 ・情報の提供 ・適正な世論形成の支援 | |
h)国際貢献機能 | ・先端技術情報の提供不足 ・ISOにおける技術照会への対応 ・国際的認知度の低さ ・技術移転の前の問題として,国内技術情報が海外にほとんど伝わらない ・国際貢献の意義の認識不足 | ・国際化に対応した技術者の育成と環境作り ・情報の電子化・土木界の新しいフロンティアの提示 ・海外共有ネットワークの構築 | ||
i)コミュニケーション機能 | ・土木の閉塞感・認知度の低さ(胡散臭さ) ・海外への発信・連携が不十分 ・夢や問題意識を社会に訴えていない | ・社会とのコミュニケーションを密にするためのインターフェース機能の強化 |
部 門 | 取組み | 具体的事例 |
---|---|---|
全体 | 組織改変 | (新設部門,名称変更) ・教育企画部門…教育関係委員会を教育企画・人材育成委員会に統合. ・社会支援部門…緊急災害および司法支援委員会から構成. ・コミュニケーション部門(旧広報部門)…社会コミュニケーション委員会(旧広報委員会)に加え出版部門から土木学会誌編集委員会を移設. |
(新設委員会) ・教育企画・人材育成委員会 ・調査研究企画委員会 ・司法支援特別委員会 | ||
企画 | トークサロンの実施 | ・定例談話会をトークサロンとして復活し,土木分野のみならず社会に貢献する各界の識者と懇談,主として学会員の社会への関心・理解を深める.第一回は中村英夫教授,第二回は小池俊雄教授,第三回は長坂寿久教授であった. |
コミュニケーション | コミュニケーション機能強化等 | ・HPを改良し,「意見交換広場」,「質問広場」など双方向性のコミュニケーション手段を創設広く議論,質疑の機会を提供. ・学会誌…理事会,委員会との連携を深め,より多くの会員の関心を高め参画を促す. ・土木の日…地域間の情報交換による効果の拡大を目指す. |
国際 | 国際化に向けての活動 | ・CD-ROM「国際情報フォーラム」発刊…海外プロジェクト,海外事情 海外技術,研究開発,海外工事の仕組みの紹介等を開始. ・海外に向けての情報発信…英文HPのコンテンツの充実を図っている. ・海外協定学協会と共催で土木関係のセミナーを開催.橋梁の維持管理,コンクリートの耐久性のテーマなどを取り上げている. |
教育 企画 | 土木教育への取り組み | ・教育企画・人材育成委員会…初等教育における地域のインフラへの理解に始まり 市民への公開講座までの生涯にわたる土木教育,土木教育における学会の役割りや土木工学の学問体系と教育方法の検討等を行なう. |
社会支援 | 社会的課題への取り組み | ・巨大地震対策検討特別委員会を設置し海溝型巨大地震対応の研究に建築学会と連携して着手.特に長周期地震動への対応は注目を集めている. ・緊急災害対応…国内では十勝沖地震,13号台風等に,海外ではイランの地震などに調査団を派遣,マスコミにも取り上げられる. ・司法支援…最高裁からの要請に応え鑑定人対応を準備. |
総務 | 自己評価(PDCAサイクル)の全面的導入 | ・予算作成の過程で各部門の自己評価システムを導入,次年度予算に反映させている. |
土木学会賞のあり方の検討 | ・維持管理,ソフト,計画部門など表彰対象を拡大し応募対象者を広げるとともに審査委員の構成の適正化を行う. | |
調査研究 | 調査研究 | ・委員会の自己評価サイクル(PDCA)の導入により,学術の発展や社会への貢献の視点を強調. ・ 調査研究費の重点課題配分を行い,社会貢献を強調した調査研究を行う. ・論文集ゼロ部門の検討…ICE,ASCEに見られるように行政,教育,マネージメント,あるいは各種論説など従来の論文集になじまなかった分野をカバーすることにより,会員へのサービスの向上,学問・社会への貢献を拡大,新しい土木界を先導する役割りを期待する. |
技術推進機構 | 技術者の資質向上 | ・土木技術者資格…現在約1000名,質の高い資格を維持し,資格保有者の拡大と国際相互承認など制度の充実に努める. ・継続教育…技術者倫理などプログラムの充実を図り,さらに会員証の磁気カード化に合わせて会員全員の参画を目指す. |
1998年5月の学会第84回総会において定款が改正され、学会の目的として「会員の資質向上」、事業として「土木工学教育および土木技術者教育への支援」を追加することが掲げられた。後者の事業については文部省の指導により、翌年1999年の第85回総会において事業として追加することを見送ることを決議したが、会員すなわち土木技術者の資質の向上が学会の目的として新たに加えられたことにより、以下に述べるように倫理規定の策定、継続教育制度の創設、土木技術者資格の認定そして技術者教育認定制度への取組みなど大きな進展がみられた。
1999年5月、学会理事会において「土木技術者の倫理規定」が承認された。同規定は1998年6月に設立された土木学会倫理規定制定委員会(委員長:高橋 裕(東京大学名誉教授))において検討されたものであり、前文、基本認識、倫理規定の三部構成になっている。前文では、1933年2月に提案され、土木学会相互規約調査委員会(委員長:青山 士(内務省))によって成文化され、1938年3月に発表された「土木技術者の信条および実践要綱」を評価し、その継承であることを表明している。基本認識で土木技術者の役割と使命を明確に記述したうえで、15項目からなる倫理規定を掲げている。倫理教育の普及拡大を図るため2003年5月には土木教育委員会倫理教育小委員会編による「土木技術者の倫理−事例分析を中心として」を出版した。
技術推進機構設立は1997年4月の松尾会長の発議に始まり、土木技術研究推進機構創設検討委員会(委員長:池田 駿介(東京工業大学))における検討を経て1999年第85回通常総会において承認された。設立当初はISO対応、技術者資格の国際的相互承認の支援、外部資金導入による特別研究ジェフトなどの活動からスタートしたが、その後、日本技術者教育認定機構(JABEE)の設立、土木学会継続教育制度の創設、土木学会認定土木技術者資格制度の創設などに対応し、2004年4月現在で主として(1)継続教育制度の運営、(2)技術者登録制度の運営、(3)土木学会認定技術者資格制度の運営、(4)JABEE対応、(5)技術者評価制度の運営、(6)ISO対応および(7)外部資金導入による研究事業の実施と管理などの業務を担当している。
土木学会継続教育制度は2001年4月に創設された。技術者の能力の維持・更新のための継続教育CPD(Continuing Professional Development)を求める国際的潮流を受けて、土木教育委員会継続教育小委員会の検討結果を踏えて創設されたものである。前述の技術推進機構に継続教育実施委員会が設置され、教育プログラムの作成と提供、継続教育結果の記録とその管理のための記録簿の発行などが行われている。実施委員会は2001年度には7支部と共催し、継続教育創設記念講習会を開催し、以後技術者倫理教育と展開するとともに、調査専門各委員会が各種の教育プログラムを提示している。
一方、土木学会会員に限らず土木技術者そして関連技術者の継続教育に資するため土木学会が中心となって関係学協会に呼びかけ、2003年7月には建設系CPD協議会が設立された。
土木学会誌2000年1月号の巻頭論説において岡村会長は土木学会独自の技術者資格認定を行うことを提案した。21世紀において土木技術者がその責務を果たし、良好な社会基盤を提供するためには、最先端の研究成果を迅速に現場に反映するシステムを構築するとともに、土木技術者の技術レベルを高めること、それも国際的相互承認を念頭に置いた国際的に通用するものとすべきであるとの主張であった。この会長提言を受けて、土木学会認定技術者資格検討WGを経て20015月に技術推進機構内に技術者資格委員会を設置することにより土木学会認定技術者資格制度がスタートした。2001年度に特別上級技術者認定審査、2002年度から上級技術者の認定審査が、2003年度からは1級技術者と2級技術者の認定審査がスタートした。
日本技術者教育認定機構(Japan Accreditation Board for Engineering Education:JABEE)は、大学等の高等教育機関における技術者教育プログラムをわが国独自の統一的基準に基づいて認定・審査する制度を確立するために、技術系学協会を主体として、経済界、関連省庁等の支援のもとで1999年11月に設立された。
土木学会はJABEE設立のための日本工学会を中心とする活動に中心的メンバーとして係わってきた経緯もあり、1997年3月には土木教育委員会にアクレディテーション小委員会を設置して技術者教育認定制度への土木分野への対応を調査、研究してきた。2001年度からは技術推進機構内に技術者教育プログラム審査委員会を設置し、認定・審査、審査員養成、高等教育機関への研修などを実施している。2002年度より本格認定が始まり、土木および土木関連分野においては2002年度に8教育プログラム、2003年度に11教育プログラム、環境工学およびその関連分野においては2003年度に1教育プログラムについて審査し、認定合格審査結果をJABEEへ報告している。
土木学会は,土木工学の専門家集団として1914年の創立以来の目的である,「土木工学の進歩および土木事業の発展を図りもって学術文化の進展に寄与する」を果たすために,様々な活動を行ってきた.その活動の中には,時々の社会環境などを踏まえた学会の機構改革も含まれている.その中でも,1986年に企画委員会(委員長:高橋 裕)によって取りまとめられた「答申書―岐路に立つ土木と土木学会の新たな途―」では,部門横断型タスクフォースによる新技術研究組織と成果評価,全国大会の改革,土木事業に関わる社会的啓発と中高生へのPR,事務局のOA化と効率的化などの提案がなされており,その後の学会の機構改革における礎となったといえる.
この後,学会ではこの答申に沿った改革が進められてきたが,1996年頃になると,政治・経済・産業構造を含むあらゆる分野でその枠組みが大きく転換してきた.工学系学会においてもその転換への対応・改革が求められ,21世紀を視座においた土木学会の改革が急務となった.また,改革策の検討を行うにあたっては,工学系学会が果たすべき3つの機能,(1)Societyとしての会員相互の交流,(2)学術・技術の進展への貢献,(3)社会に対する直接的貢献,を十分に果たし得る体制の確立が求められた.このような背景のもと,学会の政策・将来構想を議論し,各部門にまたがる事項を審議する場として,1996年8月に理事会に企画運営連絡会議が設置されるとともに,従来の9部門に災害緊急対応部門が新たに加わり10部門制となった.企画運営連絡会議では,転換期にある土木学会の将来構想について様々な角度から検討を行い,その成果として1998年5月に「JSCE2000−土木学会の改革案」をとりまとめた.ここでは学会改革のための課題と各部門における具体的な取り組みが提示されており,その後の各部門の行動指針として位置づけられた.また,これまでの学会活動の枠にとらわれずに,技術開発にインセンティブを与え,わが国の技術者が活躍でき,かつわが国の技術が国内外で活用される環境を整備することが,工学系学会の重要な役割であるとの認識から,国際規格,技術者資格の国際的相互承認,などに適切に対応できる枠組みとして技術推進機構が同年6月に創設された.これは多くの会員が恩恵を蒙る制度や行事を,受益者負担を原則とする事業として実施する組織として創設されたものである.これまでの成果として,土木技術者資格制度,継続教育制度,技術者登録制度等が事業化されている.
さらに1999年,これらの改革に連動して1914年創立以来の目的に,「土木技術者の資質の向上」,「社会の発展」を新たに掲げ,社会に対する直接的な貢献を重視するべく,定款改正が行われている.
土木学会は,JSCE2000策定以降,学会のシステム改革を行ってきた,しかしながら,社会の土木学会ならびに土木界への評価は芳しからずものがある.今日の土木工学が目標とすべきは,市民の意識や,社会の問題をくみ上げ,それに基づいた社会資本サービスおよび空間利用に関するソリューションを提供していくことである.そのためには社会・学会・会員の相互連携が必要であり,それを支える種々のコミュニケーション機能を強化する必要があるとの認識から,「社会への貢献と連携機能の充実」を柱に,企画委員会が中間報告を準備し,企画運営連絡会議がこれを発展させて,2003年5月に「JSCE2005-土木学会の改革策―社会への貢献と連携機能の充実」が取り纏められた.ここでは,JSCE2000で提案され,これまで実施してきた改革の実行状況を自己評価することから始め,新たな情勢変化への対応策が示されている.なかでも喫緊の課題として掲げられているのが,「問題解決の能力」と「社会とのコミュニケーション機能」であり,社会と連携し問題解決能力を具備した学会となるために,明確な戦略を打ち出し,それを推進する学会運営を可能とする組織変更が提案されている.具体的には,2004年に学会本部の10部門のうち広報部門を改めコミュニケーション部門」へ,緊急災害対応部門に司法支援機能を加えて社会支援部門へ,学術資料館・図書館部門を情報資料部門へと強化・改組した.また,新たに教育企画部門を創設し11部門とし,(1)戦略的な活動のための「企画戦略グループ」,(2)会員の定常的な研究活動の中枢としての「学術研究グループ」,(3)学会運営を司る「組織運営グループ」の3グループに集約することとした.
さらに,事業の実施にあたって,全体の戦略的目標を明確にし,それに沿って各部門が具体的目標を設定して,実施し,評価して改善するマネジメントサイクル(PDCAサイクル)を導入することとした.
土木学会理事会下部組織として設置された企画運営連絡会議では,学会の21世紀に向けたあるべき方向性が議論され,その成果はJSCE2000としてまとめられた.その中で,国内外での学会活動の戦略構築の重要性が認識され, それを担当するべき組織設立の必要性が高まっていた.
1996年度土木学会会長松尾 稔の発議によって,上述の企画運営連絡会議企画部門が中心となって1997年4月に「土木学会技術研究推進機構設立検討準備会」(主査:池田 駿介企画部門幹事(東京工業大学))が発足し,4回の審議を重ねて,その検討結果を1997年9月の理事会に報告した.理事会では,新委員会においてさらに詳細に検討するようにとの指示を出した.
その指示を受けて,「土木技術研究推進機構創設検討委員会」(委員長:松尾 稔前会長)の設立と委員会構成を1997年11月の理事会に提案し,新委員会が発足した.委員会では,2回の委員会,5回の幹事会を開催し,その間,企画運営連絡会議での議論,学会内各委員会からの意見の聴取,関連行政組織や関連学協会への説明を行った.1998年1月には,「土木技術推進機構の基本的枠組み」として理事会に中間報告を行い,1998年3月2日付けで「土木学会技術推進機構に関する検討報告」を取りまとめ,同年3月の理事会に報告を行った.
理事会は,本委員会の報告を受けて,理事会企画運営連絡会議でその取り扱いについて審議を行うよう指示を出した.企画運営連絡会議の答申を受けて,理事会で審議した結果,1998年5月の理事会において,技術推進機構をすぐに発足させるのではなく,11番目の部門としての「技術推進部門」を発足させることが決定した.その後の活動状況に鑑みて1999年5月の総会で「土木学会技術推進機構」の設立が正式に決定し,機構長は当時の三好逸二専務理事が兼任することとなった.このように,設立に4年の年月を要したが,土木学会としては画期的かつ重要な組織であった.その中で,土木学会の活動を「学術・技術の振興に関する企画,調査研究,行事を主体とした活動」と「技術者資格やISO対応などの事業的色彩のある社会的,国際的活動」とに分類し,後者を技術推進機構が担当することとした.このような活動により,我が国の技術者や技術が世界に通用するような枠組みを造り,もって社会貢献することが本機構設立の大きな目的であった.
設立に難航した理由は様々であった.理事会では,経営が成り立つかどうかを危惧した一部の理事による反対があった.また,業務内容の一部として提案された技術評価が学会に相応しくないのではないか,との懸念が行政機関から示されたり,あるいは一部の大学関係者からは,学会が金儲けをするのはおかしい,との誤解に基づく批判があった.
当時,WTOのTBT協定に基づいて規格や資格の国際的自由移動が大きな課題となっており,その基本的考え方は政府による関税外貿易障害をできるだけ排そうとするものであった.そのような中で,技術開発にインセンティブを与え,我が国の技術者が活躍でき,かつ我が国の技術が国内外で活用されることが必要となりつつあった.このような環境を整備することは,JSCE2000で学会の3機能を,(1)会員相互の交流,(2)学術・技術の進歩に対する貢献,(3)社会に対する直接的貢献,とした土木学会にとっては大きな使命であった.このことから,従来の学術団体型の委員会組織では対応できない事柄について,議論・提言・実行できる組織として発足した.
国際規格として,当時ヨーロッパ発の規格であるISOが導入され,従来基本的に国内産業であった土木分野は対応に苦慮していた.このことから,技術推進機構内にISO対応特別委員会(委員長:長瀧 重義(新潟大学))を設立し,組織的に対応するとともに,水理委員会(委員長:池田 駿介(東京工業大学))は ISO/TC113について日本を代表する審議団体となった.
資格については,国際資格の必要性が認識され,その相互承認が喫緊の課題となりつつあった.例えば,北米ではNAFTA加盟国における技術者相互承認が1995年に調印され,ヨーロッパでは1992年に汎ヨーロッパエンジニア協会連合(Federation Europeenne d'Associations Nationales d'Ingenieurs:FEANI)加盟国内の技術者相互承認制度が発足していく中で,主要国では日本のみが蚊帳の外におかれつつあった.国際資格の要件は5つあるが,その重要な柱は,(1)認定または承認されたエンジニアリング教育課程の修了,(2)7年以上の実務経験,(3)満足できるレベルでの継続的な能力開発の実施(CPD),である.我が国を代表する技術者資格である技術士は,上述の(2)は満足するものの,(1)および(3)は満足しておらず,その対応が喫緊の課題であった.技術推進機構では,先ず(3)について対応することとし,技術士会などと連携を取りながら継続教育実施委員会(委員長:池田 駿介)を設立して検討を進め,2001年度に継続教育制度を開始した.その後2003年には,11学協会が参加して建設系CPD協議会(会長:池田 駿介)が設立され,学協会相互乗り入れが可能なシステム造りが進んでいる.(3)に関する資格については,2000年1月に当時の岡村 甫会長が学会独自の資格制度創設を提案し,4段階からなる資格制度を創設した.2001年度には先ず特別上級技術者の資格審査が始まった.(1)については,その後,技術者教育プログラム審査委員会(委員長:落合 英俊(九州大学))が2001年に設立され,学部教育プログラム認定作業が進められるようになった.
1998年には,マーケットとしてのアジア展開を目指すASCEが中心となって,第1回アジア土木技術会議がマニラで開催された.土木学会も参加を要請されたが,それは主に土木学会に資金を提供させる狙いもあったようで,その協力に対し感謝状が授与された.このような補助的状況を打破するために,土木学会が中心となってアジアの土木技術者協会の組織化を目指した.ASCEとの困難な交渉を経て,1999年にはアジア土木学協会連合協議会(ACECC)を立ち上げて土木学会が事務局となった.このような土木工学技術全般にわたる国際組織としてのACECCの運営を通じて,我が国土木技術の戦略的アジア展開を目指した.その後,2001年に東京で第2回アジア土木技術会議(2nd CECAR,組織委員長:住吉 幸彦)が開催され,実を結んだ.
当時,化学工学の分野では化学工学会,高分子学会,日本化学会が中心となって,横断的かつ戦略的な研究展開を目指し,1997年に「化学・化学技術戦略推進機構」を設立させて,国や団体,企業からの資金導入を図っていた.土木学会としても,新たな分野開拓を戦略的に推進することが急務であり,そのために「特別研究プロジェクト委員会」(委員長:磯部 雅彦(東京大学))を立ち上げた.その後,科学技術振興調整費にによる研究テーマとして土木学会から提案した「構造物の破壊過程解明に基づく生活基盤の地震防災性向上に関する研究」(委員長:濱田 政則(早稲田大学))が採択されたり,国交省による「建設技術研究開発助成制度」の創設へと結びついた.
学会という中立機関が新しく開発される技術を認定することは,米国ではアメリカ土木学会ASCEのCERF(Civil Engineering Research Foundation)により行われていた.このような技術評価を土木学会が実施することに対して,6.3.1で述べた申し入れがあったこともあり,当面は実施しないことにしたが,その後学会としてできる技術評価について検討が進み,技術認定制度が発足した.
機構の運営に当たっては,当初,運営委員会が設置された.この委員会は,学会内外および機構内の運営・連絡を円滑に行い,機構の運営に関する重要事項を審議するために設置するものであり,委員として学会内から企画,国際,調査研究の各部門担当理事,専務理事,機構長および機構内に設ける部会の長が就任した.また,理事級の機構長を置くこととした.その後,技術推進機構の設立とともに担当理事が2名就任することとなり,現在は技術推進機構運営会議が組織され,複数名の機構担当理事と機構長を中心に運営がなされている.
1999年の機構の発足時には,既存の委員会を引き継いだ.すなわち,建設技術者資格の国際的相互承認に関する検討特別委員会,アジア土木技術国際委員会担当委員会,特別研究プロジェクト委員会などである.また,ISO対応特別委員会も機構に引き継がれた.2000年には,正式の機構長として井畔瑞人が就任した.機構長は1期2年とし,最長2期までの再任可能とした.
運営資金は,当初一般会計から500万円を充当することとした.しかし,本機構の活動が特定の技術者個人や団体の利益に関わるものであることから,受益者負担による事業収入を主体として展開することとした.先述のアメリカ土木学会CERFでは,その運営資金(特に人件費)を会員から年間約1億円に登るボランタリー寄付と,事業による収益とによっている.会員1人当たりの寄付は年間20ドルであり,約4万人の正会員による寄付がある.この額から見て土木技術研究推進機構創設検討委員会では,土木学会では正会員1人当たり年間1 000円を寄付して頂き,約15千人の方の寄付により15百万円のボランタリー寄付を得ることが妥当であるとの結論を得たが,この実現に向けて理事会が決定を下すことはなかった.
その後,受益者負担による事業収入増強策のみが一人歩きしており,機構の運営は厳しい状況にある.この運営形態の差がアジアのマーケット調査などを積極的に展開しているASCEのCERFとの大きな差異であり,結局は世界戦略推進能力の差異となって現れている.
土木学会は,「JSCE2000―土木学会の改革案―」1998年版の中で,国際業務に関する提言を行っているが,これをうけて近年,急速に国際化の動きを加速させている.大きな動きとしては,2000年の海外支部設置,1999年のアジア土木学協会連合協議会(ACECC)の設立と2001年の東京での第2回アジア土木技術国際会議(2nd CECAR)の開催である.
また,英文ホームページの開設,英文の「JSCE News letter」の発刊,協定学会数の拡大,協定学協会との連携強化,具体的には年次総会の相互訪問の頻繁化なども行われている.さらに,留学生との交流のため,年1回サマーシンポジウムを開催し,研究発表の機会を拡大したり,年次総会においては,英語による研究討論会,共通セッションの開催,海外協定学協会を招いてのRoundtable Meetingの開催などを行っている.会員制度見直しの一環としては,「E-Friend」制度を導入し,電子メールでの無料情報を受信できる海外の会員を獲得できるようになった.海外エンジニアとのネットワーク形成に資する活動としては,2003年にタイと韓国でジョイントセミナーを開催し,今後,各国で定期的に開催される予定である.
英文のホームページやニュースレター,定期的な国際交流の機会などの道具立てがそろったことで,海外への情報発信と海外とのネットワーク形成がスムーズに行われるようになり,また,海外に居住する日本語を解さない会員へのサービスも拡充できるようになった.さらに,土木学会会長や国際委員長などの海外学協会年次総会への訪問恒例化によって,意見交換の機会が増大したことはもちろん,人的なつながりが強固になり,国際的に顔の見えるJSCEになりつつあると思われる.
海外会員に対するサービスの向上と,日本の土木技術に関心を持つ海外の土木技術者を土木学会の会員とするために,海外支部の設立が企画され,1999年3月の理事会に報告されている.従来は海外在住の土木学会会員は自動的に関東支部に属すものとされてきたが,今後は海外支部に属することとなった(2000年7月理事会承認).海外支部は,複数の海外分会を統合管理する組織で,国際委員長が海外支部長を兼務している.海外分会の運営関係は土木学会の国際部門が担当しており,具体的業務としては,土木学会誌の一括送本サービス,海外分会を窓口とする事業の支援などがあり,セミナーの開催や日本からの講師派遣などが行われている.分会設立にあたっては,その国に在住する土木学会会員が少なくとも10名署名した申請書が提出され,理事会でその設立が承認されることが要件となる.
最初の海外分会は2000年4月に台湾で設立された.設立総会には,25名の台湾在住の土木学会会員(うち,5名は日本人)が集まり,日本からは岡村 甫土木学会会長ほかが出席し,分会設立のガイドラインに沿って,定款と細則が決議され,9名の理事の中から初代分会長として陳 振川台湾営建研究院院長が選出され,併せて,副分会長,幹事,監事も選出された.祝賀会,特別講演会も同時に開催されている.
続いて,2000年7月に韓国でも分会が創設された.初代分会長は,黄周鶴(茶山コンサルタンツ,延世大学名誉教授))で,当初会員数は47名であった.日本からは,鈴木 道雄土木学会会長他が参加して,韓国分会の創設を祝っている.
また,2001年10月に第3番目の分会として英国分会が設立された.分会発足のレセプションは英国土木学会 (Institution of Civil Engineers:ICE)で開催され,日本からは丹保会長他が参加した.2002年秋の段階で英国分会の会員数は23名となっている.
いずれの分会においても,分会設立によって,土木学会との関係が明確となり,定期的に情報提供がなされるとともに,会員相互および分会を訪問する日本からの技術者との情報交換や自己啓発がはかれるようになり,併せて,分会からの情報発信をうけて土木学会の国際部門の活性化にも役立っている.各分会は,毎年,年次講演会の際に開催される海外支部会議に参加して活動報告を行うとともに,分会共通の課題について話し合い,活動のいっそうの充実に努めている.
1998年2月にマニラで開催されたアジア土木技術国際会議の成功を踏まえて,これを共催した 日本,フィリピン(Philippine Institute of Civil Engineers:PICE),米国(American Society of Civil Engineers:ASCE)の3土木学会がアジアにおける学協会の連合組織の設立準備を進め,前記3学会に台湾(Chinese Institute of Civil and Hydraulic Engineering:CICHE),韓国(Korean Society of Civil Engineers:KSCE)を加えた5学会が発足会員としてアジア地域の土木学協会の協力をコーディネートする連合組織,アジア土木学協会連合協議会(Asian Civil Engineering Coordinating Council:ACECC)が1999年9月に発足した.
ACECCの意志決定機関である理事会の会長には,岡田 宏(土木学会元会長)が就任し,事務総長には,日下部 治(東工大,アジア土木技術国際会議担当委員会委員長)が就任した.ACECCの主たる役割は,アジア土木技術国際会議(Civil Engineering Conference in Asian Region:CECAR)を継続的に開催するとともに,アジア地域が抱える社会資本整備や土木技術に関する課題を討議し,多国間連携のもとで,国際問題解決へのイニシアチブを取ることである.その後,ベトナムとオーストラリアの学会が参加し,現在の参加学協会は7学会となっている.
また,マニラ会議に続く第2回アジア土木技術国際会議(2nd CECAR)は2001年4月16日〜18日,東京・池袋(ホテルメトロポリタン)で開催され,アジア太平洋の14の国や地域から730名が参加した.2nd CECAR組織委員会(委員長:住吉 幸彦(新日本製鐵))は,1999年5月に土木学会で活動を開始し,同年9月のACECC発足と同時にACECCの組織として正式に認められた.2nd CECARのテーマは,21世紀のアジアの持続力ある発展に密接に関連する以下の7つである.
(1) 革新的な技術と研究開発での協調
(2) 地域的なフレームワーク(技術基準,教育,技術者資格)
(3) 建設マネジメントと資金調達
(4) 都市および地域計画と建設
(5) 環境と災害
(6) エネルギーと水資源
(7) 交通と都市開発システム
2nd CECARの開会式には,各メンバー学協会の会長,国土交通省泉 信也副大臣,青山東京都副知事などが出席した.テクニカルプログラムは,国際科学技術財団の近藤次郎博士による基調講演「環境に留意した国土計画」で始まり,全体会議で3つの特別講演が行われ,参加者に大きな感銘を与えた.また,パラレルセッションでは,各メンバー学協会によって推薦された約60人の著名な技術者,研究者による講演と討議が行われた.次世代のエンジニアの奨励のために行われた学生エッセイコンテストでは,各学協会から選出された優勝者が発表を行い,参加者から喝采をあびた.
2nd CECARの会期中に行われた学協会長会議では,社会資本整備の様々な問題,環境や持続力ある発展というグローバルな問題について意見を交換し,アジアに共通する諸問題に取り組むうえで,ACECC/CECARが果たしている役割の重要性を再認識した.この学協会長会議の結論は,土木学会誌2001年9月号に掲載されている.
2nd CECARの開会式に先立ち,KSCEが3rd CECARの開催地に立候補して,承認された.この決定に伴い,KSCE会長のDr. Kwang Il Kimが理事会会長となり,Dr. Chun-Su Chonが事務総長に就任した.また,ACECC活動の継続性を維持するため,日下部 治がExecutive Advisorに指名された.
2004年8月には,第3回アジア土木技術国際会議(3rd CECAR)が韓国ソウルで開催される.アジア域内の産官学の主要メンバーが集まり,「未来に向けて躍動するアジア」を基軸テーマにアジアのインフラ整備や環境問題などの10の技術分野で議論が行われる予定である.アジア地域における調和した社会資本整備のあり方や今後の土木技術の研究開発の必要性等諸問題に関する情報交換を促進し多国間が連携し解決策を見出す議論の場として重要な会議となると考えられる.
また,3rd CECARの準備を兼ねたACECC理事会は,ソウル(韓国),ワシントン(米国),ブリスベイン(オーストラリア),ホーチミン(ベトナム)の各地で開かれ,ACECC活動の重要性を同時に浸透させることに役立っている.2002年12月には,CICHEが台北(台湾)でACECCフォーラムを開催し,CECARの中間年にも様々な活動が行われることが定着しつつある.4th CECARは,2007年に台湾の台北で行われることが決定しており,ACECC/CECARの活動はますます盛んになっている.
土木学会80周年記念事業のうちの施設関連については,実行委員会の施設拡充部会(部会長:岡村 甫(東京大学))で検討され,土木学術資料館を中心としたコンセプトがまとめられた.部会では80周年記念事業としての施設のあり方について現在の土木学会の会議室や図書館の機能と将来計画,全国の学会員の利用性などの多方面から議論がなされた.また,設置場所についても,東京地区,関西地区,全国の学会員分布から求まる時間距離の中心となる地区,さらには土木学会に寄せられている全国各地からの誘致等について検討された.立地する場所により,新しい施設と現在の土木学会の施設の役割分担が異なる.様々な検討の結果,新しい施設は土木学術資料館とし,川崎市浮島地区に建設することが決定された.
土木学術資料館に期待される機能は以下の通りである.
(1) 土木工学の実質的かつ堅実な活動の拠点となる施設とする.具体的には各分野に散在している土木関連資料等を集中的に収集し,保存,管理,閲覧,提供を行なう拠点としての施設とする.
(2) この施設を核にして,一般社会に対し,社会基盤に関する歴史に理解を深めてもらうとともに,関係する技術に興味をもたせるような広報活動の拠点とする.
土木学術資料館が立地を予定している川崎市浮島地区は,東京湾横断道路およびそれにつながる川崎縦貫道路と首都高速道路湾岸線がクロスする位置であり,いわば東京湾を取り囲む都市圏の21世紀の核心といった地点である.浮島への交通手段としては京浜急行大師線の小島新田駅から新交通システムを新たに導入すること,東京湾岸を結ぶ水上交通の運行などが計画されている.
立地を決定した1992年11月時点での浮島地区の整備計画は,次のとおりである.
1995年 首都高速道路湾岸線および川崎市新臨港清掃場完成
1996年 浮島埋立地竣工
1997年 東京湾横断道路完成
2000年 川崎縦貫道路,浮島IC,および新交通システム完成
川崎市臨海イベント基本構想等検討委員会が川崎市の市長に提出した答申では,この地区を70 000人規模のサッカースタジアムを中心とした「スポーツ文化」ゾーンと「海上公園」ゾーン,「アーバンリゾート」ゾーンと「インターチェンジ」ゾーンに区別して利用することになっている.羽田空港に面した「アーバンリゾート」ゾーンの中の2 000m2の土地が土木学術資料館用に提供される予定である.現建物の床面積は約1 400m2であり,そのうち,約700m2を現在の図書館機能の発展させたものに,約500m2を土木学術情報センター機能に,約200m2を広報センター機能に使用することが計画されている.「アーバンリゾート」ゾーンには土木学術資料館のほか,ホテルや商業施設などが立地する予定である.
土木学術資料館は土木学会付属の施設として設立し,土木学会が運営するものであり,土木に関する様々な情報を集積した学術文化センターとすることを目的としている.
現在の土木学会図書館には,様々な土木事業に関連した調査資料,工事誌,模型などの貴重な学術資料が保存されており,今後ともそのような学術資料の集積は増加の一途をたどると考えられる.これらは,調査や研究に利用するとともに,後世に伝えるものであり,確実な整理と保管を計らなければならない.ただし,資料館の計画は,保存のための倉庫や書庫を作ろうとするものではない.
現在四谷の土木図書館に保存されている資料を土木学術史料館に移すことにより資料の保存に利用されているスペースを会議室や談話室といった会員サービス機能に振り向けることができる.土木図書館は現在四谷の土木学会本部建物のうちの166m2を占有しているが,浮島の学術資料館が完成した時はそのうちの60m2程度を図書館として残す.そのようなスペースの再配分により現在の土木図書館建物1階の100m2程度,本館1階の書庫の170m2も別用途に利用可能なスペースとなる.土木図書館と土木学術資料館は,最新の情報システムで結ぶものとする.
四谷の土木図書館および新しい土木学術資料館のうちの図書館機能については保存すべき資料の内容を含めて図書館委員会で検討されたが,川崎は開架式の図書館,四谷はデータベース検索を中心とした機能および土木学会の5年間程度の新刊図書の閲覧になる予定である.
土木学術資料館は,学術資料を核として,土木文化に関する情報の集積・発達のネットワークの中心としての役割を果たし,土木技術の最新技術情報などの広報活動の拠点とする(図-3)そのためにインターネットを活用して全国の会員イコールアクセスを実現する.インターネットサービスにより,国内外の学術インターネットや商用インターネットとの相互継続が可能となるとともに,電子メールや電子掲示板などの利用もできる(図-4).このような情報ネットワークにより,例えば,現在の土木学会誌の会告欄に内容はすべてのせられ,また各種委員会,研究会の案内や内容などもすばやく全会員に届けられるなど,会委員サービスは飛躍的に向上する.また,全国各地に数多くの土木事業に関連した資料館や博物館があり,今後も建設が計画されているが,それらの施設と情報ネットワークなどで結ぶことにより,土木学術資料館の土木の学術文化に関する情報センターとしての機能をさらに高度なものとすることが出来る.
土木学術資料館を中心としてインフラストラクチャー博物館を構成することも検討中である.これは学術資料館が土木の広報センターとしての役割を果たす一環の活動である.土木学会の敷地内かあるいはその周辺のさらには浮島の外に立地しその情報のみを提供するかなどについては関係各機関との検討によるが,例えば東京湾横断道路のシールド機械の一部や断面モデル,人工島の建設の仕組み,ベイブリッジや鶴見航路橋などのモデルなどは,多くの人から興味をもたれるのではないだろうか.現在様々な資料がそれぞれの施設に納められているが,一つのところに集中することにより価値が高まり,またより多くの人々に利用されるようになる.
浮島の周辺には,例えば東京電力や東京ガスなどの展示施設が既に設置されており,これらとネットワークを組むことにも考えられる.さらには資料館が立地する浮島は人工の土地でありそれ自身が現代土木技術の成果といえる.また,アクセスのための新交通システムなどの交通手段,隣接する羽田空港,これからの整備が進められる川崎港などすべての近代の社会基盤である.したがって,この地区全体が活きたインフラストラクチャーの博物館といえる.それを有機的に結びつけることも土木学術資料館に役割と考えている.
川崎市は日本の鉄鋼や重工業の発展の核であり,浮島周辺には大正時代のトーマス転炉や圧延機などの様々な産業遺産が残されている.それらと組み合わせていくことにより,小学生から高校生までが,インフラストラクチャーと産業の歴史を楽しく学ぶ施設が出来るのではと考えている.
浮島の土木学術資料館の構想は消えたのではない.諸先輩の大変なご尽力による浮島の用地はそのまま確保されている.今後の浮島地区の整備の状況によるが,近い将来,土木学会の学術交流の中核としての学術資料館の実現に向けて検討が動き始まることを確信している.
現在の土木会館のある外濠公園や四谷駅一帯は1636(寛永13)年に完成した江戸城外堀跡内に位置し、1956(昭和31) 年3月に国の文化財指定地域となった。このような地域に施設を建設する場合、文化庁に対する史跡(江戸城外堀跡)の現状変更許可申請を提出する必要があり、大変厳しい審査が必要になる。このため、東京大学名誉教授の新谷洋二先生をはじめ、文化庁や東京都教育委員会のご指導を賜り、建設工事が行われる場所と築濠石垣や民家の生活遺構などが存在すると予測される場所との位置関係を割り出した。 この結果、今回新たに建設される土木図書館は、1894(明治27)年に開通した甲武鉄道敷造成時になされた埋土と、1923(大正12)年の関東大震災時の瓦礫によって埋め立てられた江戸城外堀上に位置しており、歴史的な石垣や遺構に抵触することはないことが判明した。さらに、土木学会が現在まで取ってきた歴史的土木建造物の調査と関連する資料の保存に対する姿勢、江戸城外堀跡に関する資料の継続的な調査と収集活動、外堀を復元する際の調査・構築方法に関する土木学会の全面的協力の姿勢などを申し述べ、また、建設にあたっては地中の撹乱を最小限にする地業の採用などを約束し、許可を得ることができた。 2036年は江戸城築城400周年となり、記念事業として外堀復元事業が計画されている。新しく建設される土木図書館の建物は撤去の容易な鉄骨構造としており、2029年頃より外堀復元事業に協力し、要請があれば立ち退くことに同意している。 |
新しい土木図書館・会館改築は、古くなった土木図書館・土木会館の機能回復に合わせて、機能を拡充・充実し、土木界の中心的施設として土木学会活動の活性化、会員サービスの向上と社会貢献促進をはかることを目的に計画された。
土木会館の立地する外濠公園は都心に位置しながら緑溢れる豊かな自然環境が残された貴重なエリアとなっており、史跡江戸城外堀跡、都市計画緑地、風致地区内に位置しているため、建物の形態、高さ、床面積、構造が厳しく制限された。その中で新しい土木図書館は周辺環境に対する影響を極力抑えたデザインとするよう計画された。完結した寄棟屋根をもつ土木会館に対しては、透明なガラスボックスをはさんで同様な寄棟屋根をもつ図書館建物を配置し、内部空間では機能的に連続しながら、適度に分節された緊張感のある関係をもたらすことを意図した。また高さは既存土木会館とあわせた最低限のものとし、屋根形状とともに周辺への影響を最小限とすることとした。また建物周辺には公園との連続性をもつ外構により周辺との調和を図ることとした。
(3)快適空間の実現◇自然素材を中心とした内外装材外壁はレンガ、内装材には木、石といった自然素材を多く使った。レンガは愛知県産の土が使われており、色調は既存土木会館と近いものが選ばれている。内装材は家具を中心に樹齢200〜300年の北海道産楢材が使われている。木材は強度的には樹齢の2倍以上使用できるといわれており、家具材料、建築材料としては極めて長い期間利用できる。土木図書館・会館は敷地の状況によっては2029年に立ち退く可能性があるが、少しでも多く後世に伝えていくことができるよう意図した。 ◇静かな内部環境 土木会館はJR中央本線、総武線の線路に隣接して立地するため、その騒音は内部執務空間や会議室に影響を与えていた。新図書館建設に際しては閉架書庫を線路側に配置するなど計画上の配慮とともに、外壁、屋根の遮音構造化、サッシュの2重化をはかり静かな内部空間を実現した。あわせて既存土木会館についてもサッシュの2重化を行ない、極めて静かな執務空間、会議空間を実現した。 (4)地域にふさわしい施設として◇外構の整備エントランス周辺は、柳の木の保存をしながら全面的に再整備を行なった。線路に沿った既存樹木は移植、剪定し、建物前の緑のスクリーンとして、線路側景観を整えた。公園側は、外濠公園の斜面緑地を借景とし、木デッキをはり出し、テラスとして内部のロビーとの一体的な利用を意図している。 ◇地域情報の収集開示 土木図書館においては、歴史的土木建造物の調査と関連する資料、特に江戸城外堀跡に関する資料の収集、保存、開示を行なう予定である。ロビーや廊下などの共用部は、会員のための談話・喫茶のスペースとしてだけでなく、学会活動をアピールする場として、各種の掲示・広告のほか、学会の刊行物展示、土木に関わる写真の企画展示、また将来的には大型モニタースクリーンによるバーチャルミュージアムの企画などがある。 (5)情報化時代にふさわしい高機能化の実現◇収蔵能力4万冊から6万冊へ現在の蔵書数約46000冊に対して、新土木図書館は約65000冊の収蔵能力があり、約20年近い余裕がある。閉架書庫、及び貴重書室は湿度コントロールのできる空調設備を設けている。貴重書室の壁は防火壁とし、万一の際にも収蔵品を火災から保護するべく配慮してある。 ◇情報機器の活用 図書室の床は閉架書庫を除き全面フリーアクセスフロアで、情報機器のレイアウト変更、配線変更へのフレキシビリティの確保をはかっている。蔵書の検索を電子化し、AV閲覧コーナーも設けられる。情報コンセントのあるキャレル机は図書閲覧だけでなく、会員がノートブックを持ち込んで作業のできるスペースとして開放される。 (6)会員のための開かれた施設を目指して◇会員が集える空間・ロビーの確保2階は既存会館、新館とも会議室が配置され会議専用フロアとなる。各種の会議・会合・講演に対応する為、可動間仕切りにより8室の会議室に分けて使用することも可能となる。また新図書館2階には高さの限られた建築形態の中で、140人収容の会議室を確保した。天井は低さからくる圧迫感をなくす為、屋根形状に沿って中央部をせり上げている。各種の会合に対応する為の映像設備・放送設備・調光設備が設けられている。 ◇バリアフリー化 建物内外とも段差を排除するとともに、身障者対応エレベーター、トイレの設置を行ない、バリアフリー化をはかっている。 (7)環境への配慮◇高耐久、高断熱外装新しい土木図書館の外壁はレンガ積みとしている。レンガと室内側の壁との間に空気層、断熱層を設ける外断熱工法を採用した。屋根はフッ素樹脂コーティングされた高耐久性アルミ屋根材を使用している。窓はサッシ、ガラスの2重化をはかり外壁、屋根とともに高断熱外装を構成している。中間期には窓あけによる自然換気ができるよう、開閉できるものを採用し、人工エネルギーへの依存を極力減らしている。 ◇分散式空調による快適な環境 事務室、図書室の他に会議室が数多くあり、室の使用状況に応じた空調を行なうことのできる、個別分散式空調を採用した。事務室、図書室系統は、氷蓄熱システムを採用、安価な夜間電力を利用してランニングコストの低減を図っている。 |
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新しい土木図書館建設は多くの困難な問題に直面したがそれらを乗り越え、2002年春に無事竣工に至った。それはあたかも昔からそこにあるかのように自然や周辺環境に調和した姿を見せており、これからも学会活動の中心施設として社会貢献を果たしていくことが期待されている。