「自然と産業の共生を考える」
1. はじめに
土木学会北海道支部VISIT事業、室蘭・苫小牧ブロックは、貴重な自然環境と地域産業との関わりをテーマに、今回は(財)日本野鳥の会ウトナイ湖サンクチュアリのご協力のもと、苫小牧市及び千歳市において行われた野外セミナーについて紹介させていただきます。
苫小牧市にあるウトナイ湖は1991年に日本で4番目となるラムサール条約の登録湿地である一方、同市の産業を支える工業地帯と隣接しており、まさに自然と産業の境界でもあります。本稿では、このウトナイ湖を中心に「自然と産業との共生」について考えていきます。
2. 環境汚染
まず初めに訪れたのは、ウトナイ湖へ流入する河川としては最も大きい美々川の源流部です。雨天であったこともあり、たどり着くだけでもかなり厳しい場所でしたが、その甲斐もあって同行していただいたレンジャーの方から興味深いお話をいくつか聞かせていただくことができました。
美々川は下流に行くほど水質が良いという珍しい河川です。これは源流部周辺にある養鶏場から排出される糞尿が15年ほど前まではそのまま廃棄されていたことが原因で、源流部ほど窒素の検出量が大きく、下流部になると群生するヨシなどによって浄化されるために、下流部ほど水質が良くなっています。このお話を聞いて、10年以上前の土壌汚染による影響が今もなお続いているという事実に改めて驚かされました。
また、1999年に中止された千歳川放水路計画(美々川周辺に大きく放水路を掘り込むという計画)によって翻弄された周辺農家の状況も見せていただきました。1987年の計画発表から1999年の中止に至るまでの間、周辺農家は設備に投資することができず、今になってやっと設備の更新が進められている様子を垣間見ることができました。
美々川源流部にて(左から3、4番目が筆者ら)
3. 生活環境
千歳市にあるゴルフ場、そしてごみ処理施設を見学させていただきました。1965年以降、美々川の上流部に相次いで造成されたゴルフ場の持つ保水力は、森林の持つ保水力の約4分の1しかありません。ゴルフ場が多く造成されてからは、河川に流出する水量を調節する機能が損なわれ、ウトナイ湖の美々川流入部では削り取られた土砂の堆積が増えているそうです。その一方で、現代の成熟型社会においてはゴルフ場のような娯楽施設は人々が心の豊かさを得るために必要なものであるともいえます。
また、人間の生活に消費が伴う以上、排出されるごみの処理問題があります。焼却技術の向上やリサイクル・排出抑制の徹底によって、最終処分となるごみの量を減らしていくことは可能ですが、いずれは限界が来ます。その時に、どこに次の処分場を置くのかという問題が必ず出てくることになりますが、こういった所謂「迷惑施設」に該当するものの建設には地域住民の合意が必要となり、その結果として「生活圏から遠く離れた場所」に建設されることになります。しかし、そういった場所にこそ多くの自然が残されているのも事実です。
これらを通じて、「生活の質の向上」と「自然環境の保全」という相容れないものの中で、人々は「自然環境のためにどこまで生活の快適さを捨てることができるのか」(あるいはその逆)を考えていく必要があるように感じました。
4. 地域産業
最後に見せていただいたのは苫小牧東部開発地域(以下、苫東)です。1969年に大規模工業基地の土地分譲を目的として始まったものの、その後のオイルショックなどの経済情勢の変化で事業計画が破綻、現在までに分譲されている土地は全体の20%弱にとどまっています。しかし、結果として約40年に渡って放置された土地が今では原野に還り、元来未開発であった土地では良好な自然もそのまま残されており、多くの絶滅危惧種の鳥類も確認されています。
苫小牧東部開発地域((株)苫東ホームページより)
所謂右肩上がりの社会経済情勢の時に構想された苫東。しかし、現在の社会情勢を考えると、これからの苫東には何か別の道があるのかもしれません。一度決まった計画だからと当初のまま続けるよりも、急速に変化する社会情勢に合わせて柔軟に計画の見直し・変更が行われるような仕組みの必要性を感じます。
また、苫東の南部には湿原が残されています。これらも計画通りに分譲が進めば、いずれは埋められてしまうかもしれません。ここで聞かせていただいたのは、「一度開発した土地は長い時間をかければ森に還るが、湿原は一度埋めると湿原には戻らない」というお話です。工場用地には代替地はあっても、湿原、そしてそこに生息する生き物は代替できないという事を私達もよく知っておかなければならないと実感しました。
5. おわりに
私達がこれから土木技術者として社会に関わっていく以上、自然環境とは常に向き合い続けていかなければなりません。今回はその自然環境を直接目にすることによって、これまでは伝え聞くだけであった問題について改めて考えることができる非常に貴重な機会でした。
本稿を通じて、将来を担っていく土木技術者、特に土木工学を専攻している学生の皆様が環境問題について真剣に考え、ただ護り続けていくというだけでなく、「共生」という道を探るきっかけになっていただければ幸いです。
<謝辞>
本稿の執筆にあたり、ご協力いただいた(財)日本野鳥の会ウトナイ湖サンクチュアリの方々、ならびにセミナーに参加していただいた方々に感謝の意を表します。