序文 (岩垣雄一,昭和46年11月) 人類が創造した科学技術は,莫大なエネルギーをもつ原子力を生み出し,ま た夢の世界であった月への宇宙旅行を可能にしたが,人間はさらに神秘な暗 黒の海底にまで開発の手を伸ばし始めている.このように人間の能力には測 り知れないものがあるが,同時にその無限の進歩に溺れて英知を失い,人類 を滅亡に導くことがあっては大変である. 英国の歴史学者トインビー教授は,「われわれ人類はいかにして未来を生き るか.今日の技術の異常な発展によって,われわれ自身が招来した新しい人 為的環境のなかで,いかにして人間の生活を耐えうるものにするか.つきつ めていえば,人間がいかに生き残ることができるか.」 という問題が,人 類史上危機的状況にある現在の課題であると警告し,また,かつてケネディ 大統領は,「アメリカの次のニューフロンティアは海洋であり,われわれは 生き残るために海洋を開発しなけれぱならない.」とアピールして世界に海 洋開発の先べんをつけた.わが国でもそれに遅れじと,今後10年間に30兆円 もの海洋開発投資をすることが予想されている.こうした中にあって,1970 年代における海岸工学の重要課題は何であろうか.海岸における生活環境を 保全し,またその場を利用し,あるいは環境を巧みに改変することによって, 人間の福祉向上をはかることを目的とした海岸工学は今後どのような方向に 進んで行けばよいであろうか. 私は,海岸工学の基礎的研究は,もちろんより多くの研究者によってより広 くより深く行なわれることが大切であるが,社会と直接関連をもつ現地での 研究が基礎研究と相まって,強力に推進されるべきであると思う.今や環境 の変化は急速に進行しつつあり,それに伴う各種の問題が指摘され,時には 社会問題にまで発展しているが,こうした問題を解決するには多くの研究者 と多額の研究費が必要であろう.そしてその研究成果は貴重な資料であって, できる限り専門の立場から公表されるべきである.その意味でこの論文集は これまでその場を提供してきたし,今後も大いに利用されることが,当初の 論文集発刊の意義を生かすことになると思う. しかしながら,この論文集も年とともに発表論文数が増加して,学会の事務 量を越える段階に立ち至ったし,また講演会の運営も限界に近づいているの が現状である.財攻面では,いちおう論文集の末尾に業界案内欄を新設して 業界の協力をえたが,上述の数の問題は,どのように解決したらよいか,当 面している委員会の嬉しくて苦しい大きい課題である. おわりに,この札幌での講演会は当委員会と土木学会北海道支部の共催で行 なわれるもので,会場,見学会,新しい試みであるシンポジウム,さらに懇 親会など,面倒な準備に努力された北海道大学の委員の方々や地元の関係諸 官公庁の後援に感謝するとともに,論文集の編集にあたられた当委員会編集 小委員会および土木学会事務局の方々に厚く御礼を申しあげる.