序文 (堀口孝男,昭和56年11月)

石橋震源モデルという東海地震発生予測の議論が世間の耳目を集めて以来,
国土庁をはじめとして関係省庁,自治休は,地震対策の準備におさおさ怠
りなく,法制度,避難対策,資機材の搬入方法,食料・医薬品の整備など
の充実に努めてきている.しかしながら,トラフ型の地震・津波災害は比
較的稀に発生する現象であることから,過去の事例があまりにも現状と異
なるため,それが必ずしも有効に役立つとはいい難い面がある.トラフ型
の地震・津波災害でもっとも近い過去の事例は大正12年の関東震災となる
が,第二次大戦後に迎えた工業化時代,都市化時代を経た今日の状態では,
災害の規模と内容に格段の相違が生じてくるのは当然といえよう.いま焦
点となっている沼津から御前崎に至る沿岸地帯をみても,都市の臨海部へ
の膨張,臨海工業ならびにその基盤施設の発展は昭和30年代と様相を一変
しており,災害とその対策のためのシミュレーションには,新たな科学上
の知見と方法論の検討を要請する事態となってきている.

もとよりわが国における海岸工学は,昭和28年の13号台風,34年から36年
に至る伊勢湾台風,チリ地震津波,第2室戸台風の災害から長足の進歩をと
げ,今日の海岸工学の核心をなす分野がここから生れてきたことは疑いの
ない事実であろう.ではあるが,40年代,50年代を経過した現状は,再度,
検討を求めてきているものと考えるのである.本年の夏期に発生した河川
災害は,ひとごとならず注目せざるを得ないものがあり,複雑な土地問題
とからむわが国の都市化現象のもとでは,必要な防災施設の設置すらまま
にならずという事態が生じてくるものとみなけれぱならない.かかる事情
は沿岸部においても同様であり,そのうえ,臨海工業地帯や保安港区が隣
接する場合には,さらに2次,3次という高次災害の対策にも配慮しなけれ
ばならなくなる.

このような意味から,海岸工学は対象を狭い範囲に限定することなく,都
市化時代に伴って進化するシビル・エンジニヤリングの観点にたち,高次
災害を含めた防災技術を有機的,多元的に創造する分野の一翼を担うよう
努めるべきであると考えるのである.さらに都市の形成あるいは都市の再
開発という課題に対し,都市の安全度を確保する基準を制度化して,市民
社会に提言することが望まれるのである.

海岸工学講演会は本年をもって28回となり,高知市で開催されることにな
った.高知県,高知市,高知大学をはじめとして,地元各関係機関の絶大
な御支援に感謝するとともに,土木学会中国四国支部,海岸工学委員会論
文編集小委員会,土木学会事務局など,御尽力を賜った関係各位に対し,
深甚な謝意を表する次第である.

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