序文 (土屋義人,昭和61年11月) 海,ある壮大なるものが傾いていた,と歌った詩人があった.その言い方を 借りれば,波打際はある壮大なるものの重い裳だ.海は一枚の大きな紺の布 だと歌った詩人もある.さしずめ波打際は,それを縁どる白いレースという ことになる.しかし,私が一番好きなのは,雪が降ると海は大きなインキ壺 になる,と歌った詩人だ.分厚く白い琺瑯質の容器の中に青い海があるだけ だ.もうどこにも波打際はないと作家井上 端は詠んでいる. 海,汀線(波打際)を含めて,それを見る目の雄大さ,われわれもこのように 広い立場で,海をみつめる時代にきていると思う.海岸工学の研究において も,また沿岸域の開発利用においても,その領域は拡大してきている.また, 都市社会においては,低頻度の巨大災害の発生を対象とした施策が必要とな ってきている.わが国の水工技術は,古くより種々の社会的情勢があったに せよ,ともすれば自然を弄り過ぎるきらいがあったといわれる.高い技術水 準を持ち得ている今日,なおその感があるように思われる.したがって,沿 岸域の開発に当っては,自然との調和を長期的視点から保つよう考えるべき であり,そこにこそ海岸工学の真の目標があるはずである. 台北市で開催される第20回国際海岸工学会議では,わが国より実に50編に及 ぶ論文が発表され,わが国における海岸工学の大きな貢献として評価される ことは,ご同慶にたえないところである.この機会に,さらに貿の高い研究, より独創性のある研究の進展が望まれるであろう. 海岸工学のより大きな発展のためには,関連する基礎科学との適切な共同研 究が必要であることはいうまでもない.海岸工学委員会では,水理委員会と ともに,河川・海岸に共通した問題について合同シンポジウムを企画し,そ の第1回を本年11月5日に開催した.これが契機となって,今後より広い共同 研究の推進が図られることを期待したい.また,本講演会に引き続いて,水 産土木に関するシンボジウムが開催され,海岸工学との学際研究の場が与え られるのて,共同研究のひとつとして大いに活用していただくようお願いす る. 本講演会論文集への応募論文は217編に及んだが,幹事会において慎重に検討 し,またこれまでの趨勢をも考えて,130編を登載論文として選定させていた だいた.若干未完成な研究成果であっても,独創性豊かなものや次の世代に おけるパラダイムに発展する研究を積極的に掲載し,十分な討議によって, それらの研究を育てていくことが大切であると思っている. わが国における海岸工学の研究成果を海外に周知するために,Coastal Engineering in Japan が毎年出版され,すでに28巻に及んでいる.この出版に当っては,東京大学 堀川清司教授をはじめ,歴代の委員長をはじめとする海岸工学委員会の諸先 輩の努力を多とするものである.今般,これをさらに発展させ毎年数回出版 するよう計画し,明年はその過渡期として2回発刊することにしているので, ふるってご投稿いただくようお願いするしだいである. 最後に,本講演会を開催するに当っては,絶大なご後援をいただいた土本学 会西部支部,長崎大学,長崎県土木部をはじめとする各関係機関の方がたに 対して厚く感謝するとともに,本講演会論文集の編集に献身的な努力をいた だいた当委員会編集小委員会の方がたおよび土木学会事務局の担当者に心か ら謝意を表明する.