序文 (水口 優,平成15年10月)
今回は第50回ということである.
50回,50年にわたって開催された海岸工学講演会,あわせて発行された50冊の論文集 [注1] は日本の海岸のために役に立ってきたのだろうか.何が良い海岸なのかという問いそのものは工学関係者で独占するものでもないし,工学的アプローチのみで手に負えるものでもない.
これまでの講演会と論文集をかえり見る時,「そもそも海岸における物理現象はどうなっているのか」,「当面する課題としての災害の原因把握と今後の対策をどうするのか」という初期の切実な状況から,「現状を放置するとどうなるのか」,「望まない結果が予測されるときの対応策として何があり,その効果と費用は?」という予防的な取り組み方の段階への展開が読みとれる.それと対応して,安全な海岸の実現という点で成果があがっていることは,高潮,高波来襲時の被害状況の変化を見れば明らかである.防災対策に限らず,多くの海岸(および港湾)構造物は副作用が十分に検討されたとは言い難いのが残念ではあるが.
では,最近の状況はどうだろうか.最低限の安全性の確保という単純な目標はほぼ達成されたところで,海岸での事業と海岸に関する研究の両面においてもう少し贅沢(豊かさ)を求めることができるという幸せな時期に来ているのではないだろうか.環境問題に配慮した防災・利用にとどまらず,海岸環境の豊かさそのものを目的とした研究や事業をあせらずに実施できる時が来ている.一方で,国外の課題にも目を向ける論文も増えてきている. 海岸の様々な側面に関する学術的研究,それに基づく工学的なアイデアと技術,さらには技術(者)と社会の関係といったものに思いを悩まし,知恵を絞り,論文にまとめるのはやはり1つの楽しさ(贅沢)である.そんな論文が盛りだくさんのこの論文集を読むのもまた楽しからずやではないだろうか.もちろん,そんな論文をもとに意見を交わす場所としての海岸工学講演会もまた格別の機会である.
第50回という半世紀の締めくくりを海岸工学関連の先輩の方々に感謝しつつ祝いたい.
最後に,参考文献として第25回海岸工学国際会議(1996年に米国のOrlandoで開催)の折りに作られた「History and Heritage of Coastal Engineering」, ed. by N. C. Kraus, ASCE を勧めたい.会議の開催地となった15カ国の海岸工学の歴史と遺産がまとめられている.我が国における第1回の海岸工学講演会の実施や海岸工学委員会発足の経緯なども記載されている.
[注1] 厳密には,第1回から16回までが海岸工学講演会講演集,17回から35回までが海岸工学講演会論文集,36回以降が海岸工学論文集である.名称の変更に応じて,要旨査読,要旨と全文の2段階査読が導入された.