序文 (磯部雅彦,平成19年10月)
海岸工学分野において最も長い歴史を有し,最先端の知見を集約した論文集として海岸工学論文集第54巻が予定通り発刊できることとなった.また,初めて宮崎市において海岸工学講演会が開催される運びとなった.鹿児島大学、宮崎大学を始めとして,国土交通省九州地方整備局,宮崎県,宮崎市など,講演会の開催にご尽力いただいた皆様には心から感謝申し上げたい.ここまでに発展した講演会を開催することは,皆様方のご協力なしにはなし得ない.
今年度も412編もの論文が投稿された.そのうち採択された71%,294編の論文が発表されることになっている.内容は,波・流れ,漂砂・海浜変形,構造物,防災,環境など海岸工学に関する幅広い範囲をカバーしながら,年とともに広がる海岸の課題に応えるものとなっている.
海岸工学の誕生と成長は,終戦前後に相次いだ高潮や津波による災害をきっかけとするものであった.そこには,防災・減災という緊急の社会的要請に基づく実用研究と,そのための基礎研究の必要があった.この論文集は、講演会での貴重な情報交換と合わせて,その必要に応えるための主導的役割を果たしてきた.しかし,具体的な調査研究の場における担当者の立場で考えると,社会的要請に応える責任感や使命感だけでこの学問分野が発展したわけではないと思われる.海岸工学は基礎と応用,理論と現場の絶妙な関係を持っている.基礎理論による機構解明が社会での問題解決に寄与し,現場で発生した問題がその背後にある普遍的法則の発見のきっかけを与える.そのような関係の中で,個々の研究者は基礎知識を磨き,応用力を身につけることができる.そこに,海岸工学の醍醐味があるように思う.集団として社会的責任を果たすとともに,個人として知的好奇心を満たしながら,発展を続けることができるのが海岸工学である.この特徴を活かすことが,喜岡渉前委員長が指摘した研究の方向性へ向かう道でもあろう.
社会では,2004年12月のインド洋大津波や2005年8月のハリケーンカトリーナによる大災害のインパクトはきわめて大きなものであり,その余韻は消えることなく,その後の安全性への要求はますます高まっている.内閣府の第3期科学技術基本計画(平成18-22年度)とそれを受けて策定される国土交通省の技術基本計画でも,安全・安心は中心的な柱の1つである.また,国土交通省が国土形成計画を,環境省が第3次生物多様性国家戦略をとりまとめ中であるが,これらの中には山地から海岸を含む流砂系の総合的土砂管理の推進が盛り込まれることになっている.さらに,今年4月には海洋基本法が可決成立し,7月に施行された.来年初頭を目標に海洋基本計画の策定がなされていくが,流域や沖合も含めてより効果的な海岸管理を研究するためのよい機会となろう.加えて,今年初頭からIPCCの第4次評価報告書が相次いで公表された.地球温暖化は既に検出可能な事実であり,その将来影響は大きい.海面上昇などの影響を強く受ける海岸においては,手遅れになる前にそれに対する適応策を実施することが必要であり,そのための検討を早急に行わなければならない.
海岸工学は,他の社会基盤関連分野と同様に,長期的視点に立って学術・技術の発展に貢献することが重要であり,着実な成果が求められている。