土木構造物の耐震基準等に関する提言
「第三次提言」
平成12年6月
土木学会 土木構造物の耐震設計法に関する特別委員会
第3次提言にあたって
土木学会は兵庫県南部地震の直後に「耐震基準等基本問題検討会議」を組織して,今後の土木構造物の耐震性と設計法の在り方について検討を行い,この検討結果を平成7年5月と8年1月の2度に亘る提言としてまとめているが,その中で次のように述べている.
-
i) 構造物の耐震性能の照査では,供用期間内に1〜2度発生する確率を持つ地震動強さ(レベル1地震動)と,発生確率は低いが断層近傍域で発生するような極めて激しい地震動強さ(レベル2地震動)の2段階の地震動を想定することが必要である.
-
ii) 構造物が保有すべき耐震性能,すなわち想定された地震動強さの下での被害状態は,その構造物の重要度と地震動強さの発生頻度を考慮して決定すべきである.構造物の重要度は,人命・生存に対する影響の度合,地震直後の救急活動,火災などの2次災害防止,地震後の地域の生活機能と経済活動および復旧の難易度などを総合的に考慮して決められる.
すなわち,第1次、第2次提言において、土木構造物の耐震設計法の基本方針として,レベル1とレベル2の強さの異なる地震動を想定する,いわゆる「2段階設計法」並びに「性能規定型設計法」を提唱されたのである.
以上の土木学会の提言と全く同様なことが,平成7年7月に改定された,国の防災基本計画の中にも盛り込まれた.すなわち,「第1章1節地震に強い国づくり,まちづくり」の中に「構造物・施設等の耐震設計にあたっては,供用期間中に1〜2度発生する確率を持つ一般的な地震動,および発生確率は低いが直下型地震または海洋型巨大地震に起因する更に高いレベルの地震動をともに考慮の対象とするものとする.」と述べられている.構造物の耐震性能の照査において2段階の地震動レベルを採用すること,また,それぞれの地震動レベルに対して構造物の重要度に応じて耐震性能を定め,これに基づいて耐震設計を行うことが国の基本方針として打ち出された.
兵庫県南部地震後の5年間において,鉄道構造物等設計標準・同解説などの土木構造物の耐震設計基準が改訂されたが,そのいずれもの基準においても土木学会の提言および防災基本計画に規定された基本方針が採用されることになった.
しかしながら,土木学会の提言を真に具体化して,実務に反映可能とするためにはなお多くの解決を必要とする課題が残されていることも事実である.性能規定型設計法を実現するためには,コンクリート構造物や鋼構造物の塑性域での動的挙動や終局強度を精度良く評価する手法の開発が必要であり,また盛土,堤防,ダム等の土構造物についても地震後の残留変形量を正しく推定する方法が要求される.兵庫県南部地震後の土木構造物の耐震基準の改訂においては,これらの諸課題が全て解決されたわけではなく,不十分ながらも,実務上の要請から現状の知見と情報を集約して基準に採り入れたものである.この意味で一連の耐震基準の改訂は暫定的な色彩の強いものと解釈しなければならない.
さらに,上述のハード面の課題のみならず,社会の地震防災性を高めるための経費と残存リスクとの関係に関する合意形成や既存構造物の耐震補強と診断に関する費用負担の問題などソフト面で更に深い検討を要する課題が残されていた.
以上のような状況に鑑み,土木学会は「土木構造物の耐震設計法に関する特別委員会」を平成8年9月に組織し,土木構造物の耐震設計法や社会基盤施設の地震防災性向上の在り方について検討を重ねてきた.本3次提言は,特別委員会での検討結果に基づき既存の提言を発展させるとともに,それらを可能な限り具体化したものである.第3次提言のとりまとめにあたっては,第1,第2次提言の内容との重複を避け,特別委員会の活動によって得られた新たな知見と情報を集約することに努めた.第1次から第3次の一連の提言は一体であり,全体として「土木学会による土木構造物の耐震性能と耐震設計法に関する提言」として位置づけられるものである.
1. 地震動に強い社会基盤システムの構築と土木構造物の耐震性
-
(1) 土木施設の耐震安全性・信頼性の向上を図るにあたっては,個々の構造要素やその集合体より形成される構造系としての耐震性能を向上するだけではなく,システム全体,公共インフラストラクチャー全体,ひいては都市システム全体としての機能性が地震時にも著しく損なわれることのないように十分に配慮されなければならない.
このため,レベル2地震動への対応においては,社会基盤システムを構築する個々の構造物の耐震対策をバランス良く組み合わせることにより,それぞれが相互補完的な役割を果たすことが重要である.それが実現されていることを確認するため,「地震時における社会基盤システムのパフォーマンスの照査」を行うことが望ましい.
-
(2) レベル1地震動に対して,基本的にはいずれの新設構造物においても「無被害レベル」の耐震性能を要請することは,現時点での技術的及び社会経済的条件を前提としたシビルミニマム的要求と見なされる.
-
(3) レベル2地震動に対する新設構造物の耐震性能は,損害回避便益と耐震化費用に基づく費用便益分析を基礎として決定するべきである.具体的には,施設の置かれた地域特性や施設の利用特性および重要度ランク等に応じて構造物に要求するべき耐震性能を決定する,簡便で実用的な手法を早期に開発することが必要である.
レベル2地震動に対しては,単に地震発生確率と損害回避額の積をもって損害回避便益を評価するのでは不十分であり,限られた資源しか持たない個々人や国家にとっての被害のカタストロフィックな効果などを考慮に入れることが不可欠である.このため,カタストロフ回避便益を適切に評価する方法を開発する必要がある.
-
(4) 地震災害の特性,既存及び新設構造物のもつ耐震性能,あるいは耐震性能向上に必要な費用やその負担方法を国民に十分分かりやすく示すことが不可欠である.これは,費用便益分析を基礎とする耐震性能決定の前提条件といえる.また,耐震性能とあわせて,地震災害による損害の補償責任を明確にして国民に示し,社会的な合意を得ることが必要である.
2. 耐震設計に用いるレベル2地震動
-
(1) レベル2地震動は,現在から将来にわたって当該地点で考えられる最大級の強さを持つ地震動であり,内陸および海溝で発生する地震の活動履歴,震源断層の分布と活動度,活断層から当該地点に至る地下構造,当該地点の地盤条件,および強震観測結果などに基づいて設定する.
-
(2) レベル2地震動の設定では,震源断層の破壊過程や地盤条件の評価などに多くの不確定性が残されていることを十分に認識するとともに,地震動の予測手法の適用性や予測結果の妥当性についての十分な吟味が必要である.
さらに、地震動予測の精度を向上させるために,この分野に関わる最新の研究成果を取り入れ,地震動の予測手法を更新していくことが必要である.
-
(3) 対象地点およびその周辺に活断層が知られていない場合でも,レベル2地震動の設定に当たってはマグニチュード6.5程度の直下地震が起こる可能性に配慮するものとし,これによる地震動をレベル2地震動の下限とする.
-
(4) レベル2対象地震は,単一の地震に限定する必要はなく,複数の地震が選定されてもよい.また,同一地点のレベル2対象地震であっても,対象とする構造物の動的力学特性によって結果として対象地震が異なることがありうる.
3. 地盤の液状化と側方流動
-
(1) 地盤の液状化の判定においては,細粒分含有率と礫分の影響,レベル2の強地震動に対する強度,地震動の繰り返し回数および初期の静止土圧の影響などを適切に評価する必要がある.さらに液状化による地盤の沈下量を精度良く予測し,これが構造物に与える影響を適切に評価する必要がある.さらに地中構造物の浮上の有無と浮上量についても適切な方法により予測し,必要な対策を講じる必要がある.
-
(2) 液状化による地盤の水平移動(側方流動)の発生メカニズムと地盤変位量の予測法についてはなお一層の研究を推進する必要がある.研究の推進のためには既往地震での事例分析,模型実験による研究および数値解析的研究の統合化を図るとともに,実地盤に近い大型模型による実験による検証を行う必要がある.
また,側方流動が構造物基礎や地中構造物に与える影響の評価方法を確立するための調査,研究を推進する必要がある.さらに側方流動の発生を防止する方法および側方流動時においても耐震性を有する基礎構造物および地中構造物の開発を促進する必要がある.
4. 鋼構造物の耐震性能と設計法
-
(1) 鋼構造物の耐震性能は,安全性を考慮した終局限界と復旧性を考慮した損傷限界によって照査される.終局限界は変形限界で,また損傷限界は地震後の残留変位で評価される.これらの限界値の設定には,塑性域での座屈現象(局部座屈および全体座屈),材料の低サイクル疲労および脆性破壊現象をよく把握して行う必要がある.
-
(2) 鋼構造の変形性能の算定は弾塑性有限変位解析により行うが,その精度の向上および適用構造物の範囲拡大が必要である.また,鋼構造の変形性能向上のための鋼材の開発が必要である.さらに,コンクリート充填や,低サイクル疲労破壊防止のための構造細目の検討が必要である.
耐震性能の照査を行うための地震時挙動の推定には,非線形解析手法が不可欠であるが,力学モデル構築における精度向上を図る必要がある.さらに,複雑な鋼構造物に対しては,構造系全体としての耐震性能の把握が必要であり,解析手法の精度向上のために,大型・実大実験を通じて解析結果の検証を行うことが必要である.
5. コンクリート構造物の耐震性能と設計法
-
(1) 鉄筋コンクリート構造物の耐震性能を適切に照査するためには,塑性領域の動的挙動特性及び限界状態を明らかにするとともに,限界状態を評価可能な数値モデルを確立する必要がある.
-
(2) 鉄筋コンクリート構造部材及び構造全体系の,最大耐力点までの弾塑性復元力特性や地震時の弾塑性動的挙動については,現有の解析技術である程度対応可能であるが,最大耐力点以降の挙動については,部材の復元力特性や全体系の応答特性など解析的な追求の困難な要素が現時点では数多くあり,これを克服するために特に大型動的実験装置を用いた実験的研究の蓄積が必要である.
耐力,変形性能を合理的に向上させることが可能な新しい配筋方法,新しい合成構造,新材料の活用方策などを開発する必要がある.
-
(3) 地震直後における機能を保持するという耐震性能を評価する場合には,線形応答解析を行えばよい.この結果に基づき,材料の応力度が設計強度以下であること及び応答変位が許容変位以下であることを照査する.
耐震性能が,機能が回復可能である,もしくは機能回復に長期間を要するが安全性は確保するという場合には,非線形応答を考慮した解析法が必要である.非線形応答解析の結果に基づき,部材の最大応答変形が許容変形以内であること,設計上降伏を想定していない部材・構造要素及び断面力が降伏していないこと,残留変形が許容値内であることなどを照査する.
-
(4) 動的解析に当たっては,基礎−地盤系の相互作用の影響を考慮する必要がある.特に,周期の短い構造物の地震応答は,基礎−地盤系の非線形領域の動的相互作用の影響を大きく受けるため,これを設計に取り入れる必要がある.また,地中構造物は,慣性力だけでなく,周辺地盤の地震時変形の影響を考慮して,動的応答を評価する必要がある.
6. 土に関わる構造物の耐震性能と設計法
-
(1) 構造物全体系に要求される耐震性能を照査するためには、基礎構造の損傷が上部構造の機能に与える影響を適切に評価するとともに,上部構造―地盤連成系の非線型領域における挙動を明らかにする必要がある.このため,実構造物基礎での地震時挙動の観測体制を整備するとともに,実験方法および数値解析手法に関する研究を推進する必要がある.
-
(2) 液状化および側方流動が基礎構造に与える影響を解明し,設計法の合理化を図る必要がある.
-
(3) 開削トンネルの耐震設計では,その地表応答が周辺地盤の地震時挙動に支配されることから,周辺地盤の地形・土質条件の調査結果に基づいて,液状化や地滑りなど地盤の耐震安定性を検討することが重要である.
-
(4) 抗土圧構造物の耐震性能の指標としては,構造物の安定,部材の損傷程度,周辺地盤を含めた構造系全体としての安定等が考えられる.また,耐震性能の設定に際しては,破壊モードに留意する必要がある.
-
(5) レベル2地震動など強地震動に対する杭土圧構造物の耐震設計では,合理的な地震時土圧の算定法を開発する必要がある.このためには,抗土圧構造物の地震時挙動観測および実物大模型実験などにより構造物と地盤の非線形領域での挙動を明らかにする必要がある.また,強い地震動を対象とした土圧の低減工法の開発を促進する必要がある.
-
(6) 盛土のレベル2地震動に対する耐震性能は,地震後に残留する塑性変形により設定する必要がある.このため,塑性変形を精度良く予測する手法の開発が必要である.
-
(7) レベル2地震動に対するダムの耐震性能は,貯水機能の維持を主眼とし,貯水機能に影響を与えない変形・変位は許容されるものとする.
-
(8) 堤高の高いダムにおいては,3次元の拡がりを有する構造体としての動的挙動に基づく安定性の検証を行うことが望ましい.
-
(9) 地下タンクの耐震設計では,地盤の大ひずみ,非線形領域でのタンク―地盤の連成系の動的挙動を適切に評価する必要がある.特に,タンク近傍においてはタンクの存在による地盤の3次元的な応力状態を評価しうるモデル化に努めねばならない.
7.耐震診断および耐震補強
耐震診断と耐震補強については,土木学会による第2次提言(1996年1月)において基本的方向性を示した.兵庫県南部地震より約5年の間に多くの土木構造物の耐震診断と耐震補強が実施されてきたが,社会的および技術的などの理由から,未だ耐震診断と耐震補強が実施されていない土木構造物が数多く存在する.この第3次提言においては耐震診断と耐震補強の基本方針に関する補足的事項および今後残された課題について述べる.
-
(1)土木学会の第2次提言で記述された土木構造物の2次診断(詳細な診断)に当たっては,兵庫県南部地震以降に設計された耐震基準における設計地震動,地震応答評価のための解析モデル,目標耐震性能レベルを用いることを原則とする.
-
(2)既設構造物の耐震診断に当たっては,新設構造物の耐震設計で必要とされる調査項目に加え,使用条件の変化,増改築,周辺環境の変化,変状と劣化など影響を考慮する必要がある.
-
(3)基礎の耐震診断においては,地震による基礎の損傷の推定および基礎の損傷が上部構造に与える影響を適切に推定することが要求される.このための基礎の適切な診断方法の開発が必要である.また,基礎など地中構造物の健全度の調査方法に関する研究・開発を推進する必要がある.
-
(4)既設土木構造物の耐震補強は,兵庫県南部地震以降に改訂された耐震基準による新設構造物と同等の耐震性能を付与することを原則とする.
-
(5)兵庫県南部地震後に改訂された耐震基準を満たさない基礎構造物のうち,基礎の被災により上部構造物の安全性が著しく損なわれるものから早急に補強することが必要である.耐震補強にあたっては,補強後の構造物全体系の動的挙動を考慮して効率的な補強方法を選定する.また基礎の補強工法について実験や解析などを通じその効果を確認することが重要である.
-
(6)液状化対策が施されていない建設年代の比較的古い埋立地に関しては,老朽化護岸の補強,改修および護岸近接構造物の補強を促進するとともに,埋立地全体として地震防災性向上の方策を立案し,実施する必要がある.
-
(7)兵庫県南部地震後,道路・鉄道など公共土木構造物の耐震補強は順次実施されて来た.しかし,中小の事業者による産業施設などでは経済的な理由により耐震補強が進んでいないものも多数残されている.公共資金の投下や,耐震診断と耐震補強へのインセンティブ向上の方策を早急に構築する必要がある.
8.研究の促進と新技術の開発
-
(1)兵庫県南部地震後,この地震による土木構造物の被害原因の分析および耐震性向上に関する研究が精力的に実施され,これらの分析結果や研究成果をもとに,多くの土木構造物の耐震基準の改訂が行われて来た.しかしながら,前述したように,レベル2地震動の評価手法,鋼構造物やコンクリート構造物の非線型領域での動的挙動における終局強度の推定手法,さらには土に関わる構造物の残留変位の推定手法などに関しては未だ多くの解決を要する課題が残されている.このような観点から,兵庫県南部地震後の耐震基準の改訂は建設実務執行の必要性を考えての暫定的なものと位置づけるべきものである.本提言で挙げた課題が十分に解決された段階で再び耐震設計基準や指針の改訂を行う必要がある.
-
(2)レベル2地震動に対して土木構造物の耐震性能を合理的に照査するためには,地盤を含めた構造物全体系の塑性領域の動的挙動と終局強度を精度良く評価する手法が不可欠である.このためには,実大規模の実験的研究の推進が必要である.
-
(3)地震時における構造物の安全性及び性能の向上をはかるため,新構造形式や新材料の開発を進め,実構造物への積極的な適用を図るべきである.
△このページのトップへ >> 「第三次提言」解説