概要  -実践・研究報告−



 

 


報告1

社会的ジレンマ教材を通して社会的価値判断を育成する社会科学習

‐水害から生活を守るために雨水貯水タンクを購入するか否かを問う‐

 

 

 

梅澤 真一

 

筑波大学附属小学校

本発表は、自分の都合だけでなく、社会の都合も考えてよりよい価値判断ができる子どもを育てたいと願い実践をした小学校5年生の社会科学習の報告である。大人が解決できずに思考錯誤している問題(その多くは社会的ジレンマをうちに抱いている)を教材化し、その問題に対して子どもなりに価値判断させ社会に参加していく意識を育てる社会科授業の実践の試みの報告である。

 

実践した学習単元は、社会的価値判断力を育成するための特別な単元である。社会的価値判断力とは、自分の都合だけでなく、社会の都合も考えてよりよい価値判断をする能力である。また、学習内容は平成23年度から実施される学習指導要領社会科において5年生の内容として新たに加えられた「自然災害の防止」に対応している。

 本実践では、都市部において被害が増えている都市型洪水を扱った。都市型洪水は、集中豪雨により下水や川が排水処理しきれず、水があふれ出してしまう洪水である。ゲリラ豪雨と呼ばれている集中豪雨が降ると、地下鉄が水没したり、地下街が水没したりするなどの被害を受ける。東京都では、雨水も生活排水も、基本的には同じ下水道を通る合流式を採用しているため、下水管から水があふれ出た場合は衛生上の問題も発生する。

特に荒川・隅田川に囲まれた墨田区・江東区・江戸川区の「江東デルタ地帯」は東京湾の平均海面より低いエリアであり、しかも河口付近は地盤沈下を起こしやすい区域でもあることから、たいへん危険な地域である。

そこで、東京都墨田区の洪水対策を事例に洪水対策について考察する学習を実践した。具体的には、墨田区のハザードマップの読図、雨水利用プラン(Rainwater Harvesting)検討、墨田区役所の貯水施設見学、路地尊見学、雨水再利用推進担当者への聞き取り調査などを行った。墨田区の取り組みを理解したうえで、墨田区が進めている家庭用雨水貯水タンク設置計画について「雨水タンクを購入するかしないか」価値判断をする場面を設定した。その話し合いを通して、洪水対策に協力できる社会的な価値判断ができる子どもを育てることを意図した。

 

 

 


報告2

シティズンシップ教育とまちづくり

 

水山 光春

 

京都教育大学

シティズンシップ教育とは,民主主義社会を支える活動的な市民性を育てる教育のことであり,今日,世界中で注目を集めている。しかし,そのとらえ方は国によって様々である。ちなみに,シティズンシップ教育を教科として最初に独立させた国,イギリス(イングランド)のナショナルカリキュラムによれば,シティズンシップ教育とは「子どもたちが知的で思慮深く,責任感を有する市民となることを手助けするために,現代民主主義社会を支える市民的資質としての知識と技能と価値を,自らの人生や,学校や近隣,さらにはより広いコミュニティに積極的に関わることを通して学ぶ教育」のことである。この独立教科としてのシティズンシップの成立に大きな貢献を果たしたB.クリックの考え方にもとづいて,さらに噛み砕いて述べるなら,シティズンシップ教育の核となる要素には,民主主義の擁護に不可欠な「知識」と「技能」と「価値」があり,これらを「政治的リテラシー」「コミュニティへの関わり」「社会的・道徳的責任」に組み換えることを通して,単に知的であるだけでなく,積極的・能動的・活動的な市民性を育成する教育のことである。

これらの定義に明らかなように,「コミュニティへの関わり」は,シティズンシップ教育にとってその本質につながる中核的要素であり,子どもたちはコミュニティに関わることを通して活動的な市民性を獲得する。その際,「まちづくり」に注目することの意味は大きい。なぜなら,コミュニティへの関わりを抽象的な文化論や態度論に留めず,具体的に目に見えて形あるものとするためには,「まちづくり」は最適のテーマであり,ツールであるからである。

本発表においては,英国のシティズンシップ教育において「まちづくり」が,内容や方法としてどのように取り入れられているかを,シティズンシップのテキストにおける扱いと,NGOと学校の協働の事例から報告し,検討する。

 

*1:Department for Education and Employment/Qualification of Curriculum Authority (DfEE/QCA),1999, The National Curriculum for England.

 

 

 


報告3

子どもが楽しめる社会資本学習の方法 −体と地図を使う学習法−

 

寺本 潔

 

玉川大学

 

道路や港湾、そのほかのいろいろな土木構造物・公共的な建築物などを通して社会基盤整備の意義を学ぶ社会資本学習は、大人でも難しい側面を有している学習である。その第一は力学的な構造に関する内容、その第二は社会資本整備に必要な費用や便益に関係する内容、その第三には建造に必要な技術や工法に関する内容などである。これらをまともに扱っていては高等学校の土木や建築学科の内容と似たようなものになってしまう。

小学校や中学校段階に社会資本学習を下していくためには、「楽しさ」が不可欠である。児童生徒が興味を覚えて学習対象として捉えてもらうための工夫が必要になってくるのである。発表者は、平成15年ごろより、中部地方整備局や中部建設協会からの要請で教員のための社会資本学習指導研修会を夏季に実施してきた。そこで研修会参加の対象としたのは一般公立小中学校の先生方である。この方々に関心を持ってもらわなくてはこの種の教育は一歩も進展しない。小中学校の教員に対してどういった研修内容を用意すればよいか、それは児童生徒が楽しく学習するための教材とその指導方法を獲得することにつきる。この要望に対して発表者は、児童生徒の身体を使った学びと地図帳を活用した学びの二つを教員に向けて推進している。

 

●体を使う学習法

アメリカの建築学界で紹介された「建築と子どもたち」(ニューメキシコ大学アン・テーラー博士考案)を取り入れて学習する方法がある。これは子ども自身の身体を駆使し、建築物の構造を体感させるもので、参加型の学習と言える。そのため、子どもたちが楽しく学び、実感できるメリットがある。柱と梁、トンネル、ドーム、トラス構造などを数人の子ども同士の関わりのもとで構築する学びである。一見、運動会で実演する組み体操のようにも見えるが、きちんと解説しながら進めることで子どもたちに構造物の力学を実感させることができる。

 

●地図を使う学習法

これは発表者が考案したワークである。小学4年以上に配布される地図帳を社会資本学習に活用する方法である。例えば、地図帳に掲載されている高速道路を指でなぞり、大きな河川と交差する地点に着目させ、その地点に必ず高架橋が設けられていることに気付かせる指導や、埋立地の土地利用を地図帳で判読し、埋立地は何のためにあるのか、発電場や工場の立地に寄与している事実に注目させる指導、空港の数を都道府県ごとに調べさせてカウントさせ、空港が地域の発展にいかに大切であるかを考えさせる学習、また架橋されていない橋梁の必要箇所はないか、トンネルなどの建設で地域が発展するのではと計画立案者になって建設を考える学習などがある。

当日は、参加者と共に体験的にこの学習法を学んで頂き、社会資本学習の楽しさを追体験してもらえればと願っている。