土木学会土木史研究委員会 |
平成14年4月26日
福岡県志免町 町長 南里 辰己 殿 (社)土木学会 土木史研究委員会
委員長 佐藤 馨一(北海道大学教授) 志免竪坑櫓の保全的活用に関する要請    初夏の候、志免町長南里辰巳様におかれましては益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。    さて、(社)土木学会土木史研究委員会では『日本の近代土木遺産―現存する重要な土木構造物2000選』をまとめ、平成13年3月に刊行致しました。その中で志免竪坑櫓はAランクに評価されています。これは現存する炭鉱櫓の中で飛び抜けて規模が大きいだけでなく、わが国の鉄筋コンクリート構造学、炭鉱技術史においても優れた近代化遺産として評価されたことによります。ちなみにAランクに相当する構造物は全国で432件現存しており、いずれも文部科学省指定の重要文化財に該当するものと本委員会では位置づけております。しかし貴町におかれましては、志免竪坑櫓の撤去まで視野に入れた跡地の再利用計画を進めておられると伺いました。    撤去を視野に入れた将来構想を論じられておられるのは、巨大な構築物を安全性に将来にわたって保存するには巨額の費用が必要になり、それが町財政にとって重い負担になるとの懸念をお持ちのためと拝察します。また万一、撤去・解体しようとしてもかなりの経費が必要となります。こうしたご理解、背景があるため貴町では竪坑櫓を「負の遺産」と捉えられているのではないでしょうか。    志免竪坑櫓は、見方を変えれば過去からの素晴らしい贈り物とも言えるものです。例えば、鹿児島県では当初、甲突五橋を都市計画上・治水上の「負の遺産」とみなし、撤去する方向で事業が進められました。しかし平成8年以後方針が転換され、石橋を「正の遺産」と前向きに受けとめ、移築・公園化が実現しました。九州エリアでは他にも北九州市のように、門司レトロ事業を全力で展開している自治体もあります。    21世紀の地域計画では、その地域のアイデンティティをどこに求めるかということが最も重要なポイントになります。20世紀までは、健康で暮らしやすい町を目指してきましたが、それは必要条件であっても、十分条件ではありません。暮らしやすくても、個性のない町には魅力はありません。暮らしやすく、かつ他のどこにもない魅力のある町、住民が「誇り」を感じることができるような「プラスα」の存在する町こそ、これからのまちづくりに大切です。志免竪坑櫓は近代化遺産としての重要性、そのランドマーク的なスケールから見て、「誇り」や「プラスα」となるだけの資質を十分に備えています。実際、これほどの「正の遺産」を受け継いでいる町は稀であり、そのことを是非ご理解いただきたいと思います。    本研究委員会では、稀少な地域資産というプラス要因と維持・保存のための出費というマイナス要因をどのように摺り合わせるか、という問題について多くの研究事例を有しています。志免竪坑櫓の維持・保存のための技術や費用に詳しい学識経験者がおります。是非、私どもとの経験や学識をご活用いただき、志免竪坑櫓の再生をお願い申し上げる次第です。    地域住民、観光客等の安全確保を最優先事項として、志免竪坑櫓の近代化遺産としての評価と魅力を多くの人々に知って貰う方法はあると思います。具体的には、万一竪坑櫓が崩壊しても危険の及ばない区域に「花の公園」を設けたり、夜間のライトアップなどを行うことは地域のシンボル性を高める上で有効な手法になると考えられます。昨今、「先送り」は良くないと言われていますが、近代化遺産の保存・再生に限っては、「撤去の先送り」こそ英断ではないかと思われます。一旦壊してしまえば、後でいくら悔やんでも取り返しはできません。性急に結論を急ぐのではなく、将来の住民となる人々の意見も反映できるように、しばらく時間をかけられることを切望するものです。    以上、宜しくご配慮・ご検討賜りますよう、心からお願い申し上げる次第です。 |
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