平成15年7月20日 九州北部、中部豪雨土砂災害 緊急調査団速報

災 害 速 報
2003年7月28日
社団法人土木学会(斜面工学研究小委員会)
1.はじめに
 平成15年7月20日未明に発生した九州北部、中部の豪雨土砂災害に関して、善功企(九州大学教授)を団長とする緊急調査団が結成された。地盤工学委員会斜面工学小委員会(後藤聡委員長(山梨大学))もこのメンバーに加わり、急遽予察的に7月25日〜27日にかけて現地調査を実施した。その結果をここに速報として報告する。調査員は同委員会の計5名である。調査箇所は被害の大きかった熊本県水俣市宝川内、同市深川新屋敷、鹿児島県菱刈町前目前田である。また、1997年に同じような土砂災害があり、地質状況が類似する鹿児島県出水市針原川地区についても比較調査を行った。(※本文中の諸数値は概略値であり今後の詳細調査により変更になる可能性があります)
2.水俣市宝川内集地区

1)崩壊地の地形・地質
 崩壊地は、宝川内川の支流集川上流部の右岸側斜面である。この斜面は標高400m程度の山頂の平坦な尾根の東側に位置している。崩壊地の地質は、新生代更新世〜鮮新世の火山岩類から成る。崩壊地下部の渓床には比較的堅硬な安山岩が分布し、その上位は厚さ数十mの凝灰角礫岩が挟み層として分布している。さらにその上位には再び緩く(傾斜10〜20°程度)流れ盤で傾斜した安山岩が頂上まで分布している。この上部の安山岩は節理が発達する部分や強風化し、一見崖錐堆積物と間違えるほど土砂状を呈する部分が認められる。岩盤内に多くの空隙をもち、地下水の滞水層になっている。それに対して、挟み層の凝灰角礫岩は安山岩直下が安山岩溶岩によって焼かれて赤色粘土化している。この部分が滑り面になりやすいほか、岩盤全体に割れ目が少なく難透水層となっている。斜面全体に被覆層は厚くない。特に、斜面下部の表層は1〜2m程度であったと考えられる。
2)崩壊地の植生
 崩壊地の植生は、樹齢数十年、高さ18−20mにも及ぶスギとヒノキの人工造林地である。斜面下部にスギ、上部にヒノキが造林されている。スギとヒノキとの造林の境界は、斜面の傾斜、土壌条件などの境界部とおおむね一致している。ここでは安山岩の岩塊部が明瞭な境となっていた。境界部から上部ではヒノキの造林地で林床はヒサカキ型、最上部の尾根部は安定斜面で、林床型はウラジロ型である。一方、下部斜面はスギの造林地である。ここでは堆積土壌があり、林床はアオノクマタケラン型で植物の生育条件はより良好と判断される。しかし、ここでのスギは過熟気味で立ち枯れ、倒木、破損木が目立っている
 集川沿線の土地利用として、急傾斜地(凝灰岩の露出面)では、造林はされておらず、コジイ、アラカシの自然再生林となっている。
最初の崩壊で流出したのはスギの造林部で、スギは下流の集落部まで流出したと考えられ、崩落現場には残っていない。現在、現場に残る樹木はヒノキで、下部の土砂崩壊によって誘発され、二次的に崩落したもので、損傷がほとんどない状態で倒れている。

土砂流直撃で残った樹木: 
 土石流の強さは、主流部の周辺部では同等ではないが、山麓部で土石流の直撃を受けて、残存した樹木がある。左岸側川辺りの樹林で、その構成種は、アラカシ、イチイガシ、コジイおよびホルトノキであった。
3)崩壊・土石流

・崩壊状況
 崩壊の発生地点は遷急線上部の緩斜面を含めた風化帯の厚い部分で、崩壊規模は幅65〜90m、斜面長約150m、最大崩壊深約20m、崩壊規模約5万立米である。崩壊形状は末広がりの台形であり、安山岩の高角度の節理系に支配されている。
 崩壊地直上斜面を主体に周辺には段差10〜80cm、開口幅5〜20cmの亀裂が発達しており、滑落崖周辺の小規模な土塊が不安定化している。崩壊地内部には最初の崩壊後に二次的に崩壊した不安定な土塊が堆積し、一部の樹木は倒れずに残っている。
 崩壊機構の素因と誘因は次のようである。
 (素因):難透水性の凝灰角礫岩の上位に節理の発達する安山岩が分布し、両者は流れ盤構造にある。尾根部は広い緩斜面を形成し、いわゆるキャップロック構造を呈する。
 (誘因):安山岩は全体に風化して緩んでおり、沢地形が認められず雨水が浸透しやすい状況にある。このような安山岩中の開口節理に雨水が流入し、水圧の作用により流れ盤上の安山岩ブロックが滑動して崩壊したものと想定する。

・土石流状況
 集川の崩壊地直上には崩壊土砂の堰き止めによる湛水痕跡は認められず、崩壊土砂はそのまま対岸に乗り上げて土石流化し、振り子状に左右岸を侵食しながら渓床堆積物をも巻き込んで流下しており、渓床には基盤岩が露出している。土石流は宝川内川に達して河道を閉塞して小規模な天然ダムを形成しており、堆積物には巨礫が多く含まれ、最大径は4m程度の安山岩である。天然ダムは巨礫により構成されており破提しにくい状況にあり、貯水量が少ないものの、早期の復旧対策が望まれる。
3.水俣市深川新屋敷地区

1)崩壊地の地形・地質
 崩壊地は、湯出川の中流域右岸の標高300m程度の山頂の平坦な尾根の南西側斜面に位置しており、小集水地形を呈している。崩壊地の下方には沖積錐の地形が認められ、新屋敷集落の土地が土石流の積み重ねで形成されたことをうかがわせる。崩壊地周辺の基盤岩は宝川内地区とほぼ同様であり、下位に難透水層の凝灰角礫岩があり、その上位に安山岩が緩く流れ盤で分布している。ただし、ここでは安山岩の風化帯は薄く,堅硬な新鮮岩が浅所に分布する。したがって、深層崩壊はおきにくいが、開口した割れ目が多く、地下水の貯留層となるため、表層崩壊の可能性は高い。ここでも、安山岩の直下の凝灰角礫岩は赤色粘土化している。
2)崩壊地の植生
 崩壊地の植生は、樹齢数十年、高さ十数m程のスギとヒノキの人工造林地である。材としての伐期を迎えた過熟気味の造林地である。急傾斜となる尾根近くの斜面上部がヒノキの造林地であり,林床は夏緑性のイワガサ型である。斜面下部一帯がスギの造林地であり、林床はフウトウカズラ型である。いずれも林床の植被率は、100%近くあり、多数種の植物が混生している。林床型から現場は、伏流水があるなど常時も湿性状態にあると考えられる。直下の集落では、湧水の施設がある。ここでの崩壊は、稜線近いヒノキの造林地で発生しており,土石とともにヒノキも流下し、直下の集落まで達している。スギもヒノキも直径30cmにも及ぶ大径木が多く、これらが直下の民家を直撃している。
3)崩壊・土石流
 崩壊位置は遷急線直下の急斜面であり、風化帯の浅い部分に当たるので崩壊規模は小さく、幅6m、斜面長10m、崩壊最大深1.5m(平均1m程度)、崩壊土量60立米程度である。崩壊土砂は平滑な斜面で樹木や表層の土石を削剥して途中で流路をわずかに「く」の字形に変えて流下し、湯出川右岸の集落付近で停止している。倒壊家屋の西側2棟の隣接家屋にも土砂が衝突しているが倒壊はまぬかれている。
 崩壊機構は宝川内地区と基本的には同様であり、崩壊地にはパイピング孔が認められることから宝川内と同様な地質構造での浸透した雨水の作用があげられる。
4.菱刈町前目地区

1)崩壊地の地形・地質
 崩壊地は、山田川沿いの沖積低地に面する南向き斜面中腹である。斜面傾斜は約30°程度であり、山頂は標高350m程度の定高性のある平坦地形を形成している。この斜面には深く切れ込んだ沢はないが、不明瞭ながら集水地形を呈している。崩壊地の基盤岩は宝川内、新屋敷地区と同様であり、下位に凝灰角礫岩があり、その上位に安山岩が緩く流れ盤で分布している。崩壊地滑落崖中央付近にはV字状の沢を埋めるように同時期であるが新たな安山岩が堆積している。凝灰角礫岩および安山岩は風化し粘土化が進んでいるため、難透水層となる。谷埋安山岩は割れ目が多く、地下水の貯留層になっている。このため、この安山岩の埋めた旧谷は崩壊地上方の北東部から崩壊地まで続いており、谷埋安山岩が水みちになり崩壊のきっかけになった可能性が高い。この斜面の山腹や山裾には厚く崩積土が堆積しており、この部分が崩壊土砂となっている
2)崩壊地の植生
 崩壊地の植生は、樹齢30年、高さ18m程の比較的若いスギとヒノキの人工造林地である。急傾斜となる斜面上部がヒノキの造林地で、林床はウラジロ型である。緩傾斜の斜面下部がスギの造林地である。林床はアラカシ型だが、植被率10%以下でほとんど植生がない状態である。周辺にはモウソウチクの植栽地もある。最初の崩壊で流出したのはスギの造林部で、誘発で上部のヒノキが崩落、損傷の少ない形で現場に残っている。
3)崩壊
 道路からの比高約40mの斜面が、幅約40m・長さ約30m・深さ約5mにわたり崩壊し、多量に水を含んだ土砂が約130〜140m斜面下方に流下したものである。その流路上にあった家屋は押し流され、土砂はさらに道路を横断して水田で停止した。崩壊土砂量は約3000立米と推定される
4)水の集中原因
 崩壊原因は、豪雨によって地盤内に大量の地下水が供給されたことによるものと考えられる。崩壊箇所の地形は、不明瞭ながら集水地形である。ここに,地下に水を通しやすい地層(谷埋安山岩溶岩)が分布していたため、大量の地下水が集まってきたと考えられる。崩壊は、この大量に地下水をもった地層と、その下に分布する水を通しにくい地層(凝灰角礫岩)との境界に高い水圧が作用したために引き起こされたものと推定される。
5.今後の課題・提言

 今回3箇所の土砂災害を主に調査したが,一番痛切に感じたことは,このような土砂災害は異なる場所でこれからも起こる可能性が高いということである。1997年7月10日に発生した鹿児島県出水市針原川土石流は,今回の集川土石流の崩壊地と非常に似た現象であると思われる。今後今回のような大規模土石流が起きる可能性は十分に考えられるが,全ての危険地域に砂防ダムを建設することは不可能である。このような大規模土石流災害がこれから繰り返さないように以下のような提言を行いたい。

・土石流防災としてのソフト対策が必要である。
 土石流危険渓流は,熊本県内でおよそ4千箇所もあり事前に十分な対策を施すことはできない。そこで,土石流危険地域では,雨量による警戒を地域住民の方でも意識できるように日頃の防災教育が重要である。
・今回の土砂災害と地質学的および地形学的に類似した土石流危険地域を抽出する。
 特に,そういう条件をもつ箇所は、非常に長いスパンで崩壊を繰り返すと考えられるため、過去に被災した記録がなく、「安全な場所」と思い込むことによって避難が遅くなる場合があるため,そこに住む地域の方に情報を公開して防災意識を深める。
 
 最期に,今回崩壊した箇所の周辺にも不安定化していると思われる斜面が存在する。今後秋雨や台風時期を迎えるに当たり早急な応急対策が必要と考えられる。また,ハザードマップ作りなどによりその地域が潜在的にもっている危険性を把握し、その地域に住む人たちが実際に裏山を歩き危険な地形・地質や植生分布を知ることにより防災意識を高め、維持する仕組みをつくることが必要と考えられる。
6.おわりに
 今回の土砂災害では多くの方が犠牲となりなられました。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに,一日も早い復興,住民の方々の精神的・肉体的な回復を願っております。

メンバー

土木学会 地盤工学委員会 斜面工学研究小委員会

稲垣秀輝((株)環境地質;副委員長)
上野将司(応用地質(株))
太田英将((有)太田ジオリサーチ)
後藤 聡(山梨大学工学部;委員長)
佐々木寧(埼玉大学工学部)