提言:環境マネジメント専門家
平成13年7月
コンサルタント委員会第5小委員会
1.環境マネジメント専門家とは何か
環境マネジメント専門家と言う用語は、未だ定着していないので、ここでは途上国において開発調査を行う調査団における環境配慮チームのプロジェクトマネージャートと定義する。即ち、開発調査において環境部門の技術者が担当する「環境分野に限定されたプロジェクトマネジメント」を第一任務とし、個別の専門分野における「環境配慮に係わる業務」を第二の任務とする。
1.1 国際協力機関に勤務する技術者の意見
技術者と専門家:Environmental
Engineerは技術者であり、その分野で学位を有する者の呼称である。ただし、Engineerの場合、単独で社会科学等を含めた広い分野の業務に対応出来るかどうか疑問が残るが、別途必要分野の技術者を参加させることにより解決可能である。一方、Environmental
Specialist
は広範なバックグラウンドを有する専門家または科学者であり、理学・生物学・社会科学等の広い分野の人達で構成されている。
必要な能力:住民意見をまとめるだけで、合理的対策を行うことが出来ない者は専門家とは言えない。従って、@知恵及び情報の提供のみならず事業の可否・施工法の優劣・構造物の形式の選定等、最終的に判断と決定を出来る能力、A報告書を一読して与えられた環境条件に違反する事項を、速やかに発見できる能力、B問題点を瞬時に把握し、対策可能範囲・技術的限界・社会的コンセンサスの限界に基づき環境配慮を行う能力が求められる。
必要な技能:自然環境と社会環境の両方を理解していることである。具体的には、@環境配慮に関する積算・資金計画・法規制・担当官庁について記述出来ること、A環境影響評価に至るまでの経過について記述出来ること、B定量的に評価出来ること、C初期環境調査(IEE)及び環境影響評価(EIA)の本質を理解していることが必要である。
必要な経験と資格:国際金融機関の資格に対する考え方は、組織と審査員によって異なるが、類似プロジェクトの経験実績を重視する審査員が多い。即ち、類似プロジェクトの調査内容、対象国におけるプロジェクトの経験が重要である。学位と学歴に関心を持つ審査員もいるが、米国のProfessional
Engineerや日本の技術士資格は、重要視しない場合が多い。
日本の技術者/専門家:英語による文章能力が不足している。環境アセスメントは、環境工学のみならず社会経済的な側面も非常に重要であるが、不満足なものが多い。例えば、住民意見・少数民族・生態系の問題等の社会経済的分野や自然保護の観点に関する記述が不足している。技術支援プロジェクトでは、トレーニングの実施や新しい法制度の構築等の社会科学的分野またはソフトウェア分野が弱点である。ただし、インフラ整備プロジェクトの計画・設計・製図等は優れている。
1.2 コンサルタント技術者の意見
技術領域:技術領域の拡大化について、環境社会学・環境経済学等も対象領域に含まれつつあることを認識している。例えば、開発調査では住民移転が環境項目に含まれている。また、過疎問題は従来型の環境領域ではないが、過疎を引き起した環境問題や過疎が原因で発生する影響は環境領域に含まれる事項が多い。一方、技術領域の細分化の観点では、@社会環境は環境マネジメント専門家の総括領域であるが専門領域ではない。A住民移転は環境問題ではなく社会問題である。従って、社会問題の専門技術者が必要である。また、環境マネジメント専門家は総括担当者であり、専門技術の担当者ではない。B社会問題に対しては社会学・社会環境の専門技術者が担当すれば良い。C過疎は社会問題であるが社会環境とは言わない。過疎問題については工学でなく、福祉や社会学の領域である。D社会環境に対する配慮という言葉は、プロジェクト推進の阻害要因になる等誤解を招きやすい。環境という名称を拡大利用することよりも実際に社会的配慮を行うことの方が重要である。E環境プロジェクトでなければ、一つの調査団における環境専門家の人数には事実上限度がある。F開発調査の作業管理委員会の構成は、現在、開発を推進する側の人間だけである。環境影響を受ける側の人間(地域住民)も参加させる必要がある。
技術水準:資格制度の観点から見ると日本は技術士であり、アメリカは
Professional Engineerである。また、環境に係わる専門家はEnvironmental
Specialist と Environmental Engineerの二職種であるが、その区別は不明確な点がある。その他、環境マネジメント専門家に相当する資格が必要である。
精神的側面:@環境マネジメント専門家をコンサルタントとして尊重すること、A中立性を確保するために環境配慮技術者と計画設計技術者とは別の会社から選定すること、B欧米諸国のように環境マネジメント専門家の独立性と社会的地位を高めることを要望する。
一般的事項:事業目的が明確になった時点で、環境マネジメント専門家を参加させることにより、建設事業に対する環境影響評価を確実に実施することが出来る。なお、
環境配慮では、世銀やアメリカのEIAの考え方が優れている。
1.3 要求事項の整理
環境マネジメント専門家に対する要求事項(1.1)を、コンサルタント技術者の意見(1.2)に基づき、技術領域・技術水準・精神的側面・言語に区分整理し表−1に示す。これらの要求事項に対応するための教育・資格・登録制度及びコンサルタント技術者の意見を対比することにより、環境マネジメント専門家に必要な能力等を明らかにすることが出来る。
技術領域:自然・生活・社会環境を合わせて修得することが求められている。基本的には学校教育に期待するが、現在の大学や大学院の改善が必要である。それ以上の発展は、企業内教育と自己啓発により行い、その結果は公的資格や登録制度により証明されねばならない。
技術水準:高水準で広領域の技術者を求められる傾向にあるが、その内容は不明確である。従って、高度の技術水準とは学位保持者(博士)が経験年数・類似経験を付加して到達するレベルであり、広い技術領域とは自然・生活・社会環境を含む範囲と想定する。これらの習得は大学や大学院における教育を基本とし、その後の発展は企業内教育と自己啓発により実行しなければならない。また、公的資格や登録制度も必要である。現状では、高水準で広領域の技術者を確保することは困難であり、各レベルの水準と領域の程度を組合せて、個別のプロジェクト毎に必要な人材を確保することになる。
表−1 環境マネジメント専門家への要求
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要 求 事 項 |
|
技術領域 |
自然環境 |
動植物、生態系等 |
生活環境 |
公害等 |
|
社会環境 |
社会、経済、貧困等 |
|
技術水準 |
専門技術の水準と領域 |
高い水準、広い領域 |
高い水準、狭い領域 |
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普通水準、普通領域 |
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浅い水準、広い領域 |
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経験年数 |
大卒13年〜22年 |
|
大卒13年〜17年 |
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大卒8年〜22年 |
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大卒8年〜17年 |
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類似経験 |
類似プロジェクト |
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対象国プロジェクト |
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精神的側面 |
社会的地位 |
有資格者以外の業務禁止 |
倫理 |
対象国の倫理に注意 |
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道徳 |
対象国の道徳に注意 |
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中立 |
厳正中立 |
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言 語 |
日本語 |
正しい日本語 |
表現力、交渉力 |
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外国語 |
会話・討論・報告書における正確な表現と理解 |
精神的側面:コンサルタント技術者は、個別の技術や技能について公的資格により社会的に認知されているが、総括的技術者としては公的資格がなく社会的にも認知されていない。なお、有資格者以外の業務を禁止し尊敬される技術者と位置付けられることを期待している。技術者個人は日本及び欧米流の倫理と道徳に基づき開発プロジェクトに従事することになるが、途上国では国際的通念と乖離している場合があるので、事前調査により確認しなければならない。なお、技術分野における教育・資格制度は整備されつつあるが、社会的使命の重要性等の倫理・道徳に関する教育が不足しているので、教育制度の見直しが必要である。
言語:外国語能力の不足は従来から指摘され改善傾向にあるが、日本語能力についても問題が残されている。即ち、日本語による正確で高度な会話能力は当然として、会議での討論や報告書の作成において正確に表現し理解する能力が不足している。日本語の基礎は小中学校、応用は高等学校と大学の教育に期待する。なお、討論・発表・論文作成能力を重視する。
2.環境マネジメント専門家のイメージ
環境マネジメント専門家は、環境分野におけるプロジェクトマネージャーなので、管理能力の優れていることが最大条件であるが、付加的条件として広範囲の技術を保持することが必要である。それに加えて、多数のプロジェクト経験・公正な精神的側面・高度の言語能力が必要である。
社会的要求事項では総括責任者である環境マネジメント専門家に対して、管理能力に加えて高度で広範囲の個別の専門技術者であることを期待している。それに反し、個別の専門技術者は高度の技術を保持することが最大条件であり、付加的条件として再委託業者に対する管理能力が求められる程度である。即ち、高度の専門技術に関する期待が第一である。しかし、保持可能な技術水準と技術領域に係る問題が残されている。例えば、高度で広範囲の技術の意味、具体的定義、評価方法等の問題が残されている。
一般的には環境マネジメント専門家と個別の専門技術者が一体となり混在した理想的かつ非現実的人格を、環境マネジメント専門家としてイメージする傾向が見うけられる。それに反し、環境問題に携わるコンサルタント技術者の実務経験によれば、一人の専門技術者が管理能力に加えて、社会環境・自然環境・生活環境の全般に渡り高度の専門技術を保持することは困難と考えられている。また、豊富な経験・強固な精神・高度な言語能力に関する期待についても負担を強いられるものである。これらの矛盾する要求事項について、コンサルタント技術者の実務経験に基づき区別整理し、理想とする環境マネジメント専門家が必要とする能力についてまとめた結果は、表−2に示すとおりである。
表−2 期待される環境マネジメント専門家
|
必要とする能力 |
管理 |
@
業務体制を確立し計画・実行・検証・見直しが出来ること |
技術 |
@
高度の専門技術を有すること |
経験 |
@
類似プロジェクトに関する豊富な経験を有すること |
精神 |
@
中立的立場でプロジェクトを評価出来ること |
言語 |
@
正確で正しい日本語の読み書きが出来ること |
3.事例調査
ここまで、環境マネジメント専門家に対する社会的要求事項に基づく期待されるイメージを設定し、また、現状と課題について述べた。次に、環境マネジメント専門家の任務やチーム編成の現状について事例調査を行い、それらについて考察を加える。
3.1 環境項目と技術者の関係
社会的要求事項によれば、一人の技術者が社会・自然・生活環境のすべてについて専門家であることを求められている。一方、技術者は複数以上の専門家を要望する場合が多いので、解決策を検討するために現状を把握する。そのため、開発調査の環境配慮ガイドラインに示されたスコーピング・チェックリストの評定結果を数量化し検討する。ここでは、廃棄物処理・都市交通・道路部門の開発調査について事例調査を行い、その結果を図−1に示す。この縦軸の環境項目分担率は、社会・自然・生活の各環境項目が33%であれば、重要度が等しいことを意味する。また、重要度が等しいと共に各環境項目が高度の技術を必要とするプロジェクトであれば、環境項目毎に1名の環境配慮要員を必要とすることを意味する。このような観点からプロジェクト別に考察する。
プロジェクトC-1,C-2,C-4,C-8:環境項目分担率はいずれも30%程度であり重要度は等しい。実際の調査は1名で行われた。従って、重要度が等しく技術水準が標準的プロジェクトであり、1名の環境配慮要員で可能と判定されたものと考えられる。ただし、技術水準の高度または標準の客観的判定は困難である。
プロジェクトC-7:環境項目分担率は生活環境60%、社会環境40%、自然環境は0%である。実際の調査は2名で行われた。このケースは生活環境と共に社会環境が重要かつ困難なプロジェクトなので、2名の環境配慮要員が適当と考えられる。
プロジェクトC-3,C-5:環境項目分担率は、生活環境が59%で特に重要、他の環境項目は平均以下の数値であり、調査は1名で行われた。特に重要な環境項目の専門家1名の環境配慮要員により、他の環境項目についても処理可能と判定されたものと考えられる。
プロジェクトC-6:環境項目の指標は、社会と生活環境の2項目が42%で平均以上、自然環境は16%で平均以下であり、2名の環境配慮要員により業務が行われた。重要度の高い環境項目に各々1名の技術者を割当て、どちらか1名が重要度の低い環境項目を担当することが適当である。
これらの事例から、現状では1〜2名の環境配慮要員により、環境調査と環境保全の措置が実施されていることが判明した。
3.2 業務と技術者の関係
計画や設計技術者が主体の開発プロジェクトにおける環境配慮要員の立場を考察するため、都市鉄道建設に係るF/Sの事例調査を行った。その業務分担は表−3に示すとおりである。
表−3 都市鉄道F/S調査団のチーム編成
1 |
団長 |
総括 |
9 |
団員 |
電化計画 |
2 |
副団長 |
基本計画 |
10 |
団員 |
電化設計 |
3 |
団員 |
路線計画 |
11 |
団員 |
財務分析 |
4 |
団員 |
路盤設計 |
12 |
団員 |
交通調査 |
5 |
団員 |
停車場計画 |
13 |
団員 |
需要予測 |
6 |
団員 |
停車場設計 |
14 |
団員 |
自然環境 |
7 |
団員 |
車両計画 |
15 |
団員 |
環境配慮 |
8 |
団員 |
輸送計画 |
16 |
団員 |
通訳 |
団長は調査全体を総括管理すると共に鉄道の権威者として専門技術者の役割も果たしている。副団長は、総括補佐及び鉄道分野の管理と共に鉄道維持管理に関する専門技術者の役割も果たしている。
土木・停車場・車両(3〜8)は、いずれも鉄道固有の技術分野であり、各々2名の専門技術者で編成されている。電気・通信・信号(9〜10)は鉄道や道路に共通な技術であるが、ここでは電気・通信・信号に関する鉄道技術者が必要であり2名が参加している。交通計画(11〜13)の需要予測や経済財務分析は普遍的技術であるが、この調査では鉄道固有の知識が必要であり、3名の専門技術者で編成されている。これらは、すべて副団長が鉄道分野のマネジメント専門家の役割を果たすことが出来る。
自然環境(14)は、地形・地質・気象・水文・地震の担当者であり所謂環境配慮要員ではない。地質調査はローカルコンサルタントが実施すること、国内作業期間中は各分野の専門技術者の参加が可能なので、主要な任務は専門技術者であるが、実質的には自然分野におけるマネジメント専門家と見なすことが出来る。環境配慮(15)は、騒音・振動・電波障害・地域分断・住民移転・景観・車両基地の排水・大気汚染・残土処理について担当する。環境影響評価書はローカルコンサルタントが担当し、国内作業期間中は各分野の専門技術者の参加が可能なので、主要な任務は専門技術者であるが、実質的には環境マネジメント専門家の役割を果たしているものと言える。両分野共に鉄道固有の分野ではないので、副団長がマネジメント専門家の役割を果たすことは困難である。
考察:鉄道技術者は全13名であり、そのうち団長を除く12名は、鉄道分野のマネジメント専門家(兼専門技術者)である副団長によって管理されている。一方、自然環境と環境配慮の専門技術者は、広範囲の分野を担当すると共にマネジメント的役割も要求されている。この現状を改善するため、図−2に示すように環境部門では専門技術者と共に環境マネジメント専門家を加え、団長を補佐し助言出来る体制を構築する必要がある。
図−2 提案するチーム編成
4.総括と提言
過去及び現在において、環境分野の技術者が「環境マネジメント専門家」として社会的に明白に認識されているとは考えられない。それに反し、集団で調査研究が行われる場合のマネジメントの重要性に対する認識と必要性は強化されつつある。この要請にこたえるため、環境マネジメント専門家について定義し必要性を提言するものである。
調査団の構成:現在、開発調査に参加する環境分野の技術者は、管理技術者と専門技術者が区別されない場合が多い。今後はPMとしての環境マネジメント専門家及び各分野の専門技術者(社会環境・自然環境・生活環境)による調査チームの編成を提言する。これが実現すれば、環境マネジメント専門家は、環境分野を総括し中立的立場で団長に対して助言出来る体制(図−2)に基づき、対象事業の建設・運営を計画する技術者とは独立した集団として活動することが可能となる。
調査団の派遣時期:環境マネジメント専門家と必要な専門技術者により編成された適正な調査団であっても、対象とするプロジェクトの内容が既に固まりつつある段階で調査した場合には、適切な環境配慮を提案しても実現困難なことが多い。従って、調査はプロジェクトサイクルの初期の段階に実施すべきである。
調査団と再委託:海外プロジェクトにおいては、相手国の法律等に基づき環境影響評価書の作成を、ローカルコンサルタントに再委託しなければならない場合がある。このようなケースでは、環境マネジメント専門家及び専門技術者は、実務よりは技術移転が重要な業務となる場合があるので、適性を考慮した団員選定が必要である。
以 上