「牧野富太郎記念館」は、高知市五台山の北斜面にへばりつくように在る。威容を誇る現代建築といった様相ではなく、敷地となる場所の風の流れを考えるなかから発想された。場所特有の条件を、技術と発想から形態化した作品である。外見的美しさを誇示するのでもなく、樹林の中に垣間見せ、むしろ、壁や屋根、自然に囲まれ、空を含む自然に抜けた、半屋外的空間が気持ちよい。シークエンスを含めて、すぐれた空間の質を獲得している作品であり、デザインの社会性は高い。ただ、2つの環境ゾーンをつなぐスロープ状の渡り廊下部分がなぜか、少し質の違うデザインであったことには疑問が残った。いずれにしても、この作品のように、地形や場所の条件に応答しながら優れた社会的空間(屋外、もしくは半屋外、屋内と屋外が連続し一体的な空間を形成しているもの)を創出しているデザインもまた、土木学会デザイン賞の領域として定着するならば、賞の社会性はいっそう向上することと期待される。(江川)
駅舎のように、インフラストラクチュアの一部としての建築施設はあっても、単体の建築物への授賞、しかも最優秀賞は初めてのことだ。土木学会のデザイン賞を、建築に与える意義を問われるだろうことは重々認識した上での結果である。評価のポイントは明快であった。建築で最優秀賞を与えるとしたら、まずこの牧野富太郎記念館をおいてあるまいということだ。地形に対して埋め込まれたかのような造形と配置は、そのディテール、設備計画に至るまで徹底して、強風豪雨を旨とする高知の風土に対して持続性を得ようとする技術的アプローチに他ならない。と同時にそれは、環境への負荷を最小限にするミティゲーションであり、美しい五台山のランドスケープを尊重する景観的配慮、のみならず牧野富太郎という植物学者の思想性に通じる造形であるとも考えられる。複合的なコンセプトを一つの建築構造物としてエンジニアリング的に収斂しつつ、高度な造形性に昇華させたその力量は、本授賞制度の目指すものと完全に一致すると判断した。(小野寺)
その土地のもつ、自然的・社会的条件の丁寧な読み取りを行い、現地形の巧みな活用による大胆で繊細な建築造形の導入と、これを支える周辺環境整備が見事に心地よい新たな風景として創造されたプロジェクトである。
当作品の舞台となる牧野植物園は、1958年に高知県が生んだ植物学者牧野富太郎博士の業績を顕彰する施設として、高知市五台山に開園された。
台風銀座といわれる過酷な気候条件のもと、地場産杉材の活用や五台山の自然植生との共生等を目標として掲げた強いリーダーの存在と、これを実現する有能な建築家、造園家なくしてはあり得ない作品である。地域性のこだわりを建築造形として表現し、周辺の自然環境と造園計画が共存する心地よい、新たな「建土築木」風景がつくられたことが高く評価される。
五台山のもつ、牧野富太郎の執念のごとき、植物の生命力に対して設計者が「この大気と一体となり、共に環境を育むような建築を目指した」とされるが、まさにその意図が見事に実現され、「森で覆わせた立面のない建物」として深い緑の中に存在感をもって、“地面の力”と共生しながら息づいている。(佐々木)
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