本作品は、宿泊者のための有料施設であることから「公共性」が議論になった。デザインの質が低ければ議論にならない。議論になったということは、デザインの質が高いからである。現場に立って、大地を基盤とする土木デザインの力を見た思いがした。
東西を丘陵に囲まれた谷間の空間地形、敷地の東側を湯川という清流が沿う。湯川から引いた発電用水を導いてつくられた二つの池を軸に、集いの館、スパ棟、宿泊棟が配置されてこの空間は成り立っている。「谷の集落」をイメージしたという。流水と落水と静水面で構成されたこの水景は実に見事である。西側の丘を背に配置された宿泊棟は階段構造になっている。斜面地形を尊重した結果である。既存樹木の保全、ムササビの止まり木、水力発電と地下熱利用で約8割をまかなう自給エネルギーなど、本作品には、基盤となる土地の形とそこに成立している生態系や自然資源を活かすという一貫した考え方が形となって現れている。この空間は美しく心地よい。それが大事である。
川を本業とする私が感心したのは、湯川との関係性である。湯川は河畔林の中を流れる。絶滅危惧河川といってもよい。川と敷地の境界に余計な造作をこらすものだが、そういう無粋なことはしていない。川を大事にしている。川の地形に合わせて境界をデザインしている。そして、川にさりげなく近づける。この関係デザインも好ましい。(吉村)
「星のや」の素晴らしさは、何といっても自然地形を活かした、水の処理にある。処理と言っても、それは造形表現とも言えるほどに巧みなものである。それは、あくまでも自然を基調としながら、意図された精緻な造形に満ちている。しかも、どこか日本庭園にも通じる感性を感じるものだ。山あいの落差を利用し、水の「動と静」を見事に作りだし、その場を訪れた人の心を引き込まずにはいない。
「星のや軽井沢」を巡る「公共性」の議論は、総評に書いたとおりであるが、「土木」の対象領域特性と、「デザイン」の質的価値の挟間に議論が沸騰した対象であった。実際、私自身も、当初「土木学会デザイン賞」の対象とすることに懐疑的な立場とっていた。しかし、現場に立ってみると、そんな疑問は吹き飛んでしまった。やはり、「デザイン」の力は大きいと言わざるを得ない。この「星の屋軽井沢」は確かに、宿泊客のみを対象とした空間である。しかし、90パーセント近い稼働率を誇り、年間4万人を超す人々が滞在している。単純に数字を問題にすることはできないが、メディアへの露出も含めて考えれば、十分に社会的に認知されていると言えよう。さらに、この地が「土木学会デザイン賞」を受賞することによって、土木業界にも広く知れることとなろう。そのことが「土木デザイン」の発展に寄与することを願うばかりである。(田中)
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