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公共事業の削減に思う -学会誌5月号・特集「岐路に立つ大学教育」を読んで-

 5月号の総論(森地氏)と「公共事業の将来展望」(藤田氏、p41)を読み、公共事業費の40%削除が、今後20年間を目途に現実化することを知った。公共事業の減少は財源不足などの理由から、やむを得ないとの認識はあったが、具体的な“4割減”というデジタル値に接し、容易ならざる事態であると思いを新たにした。
 公共事業は事業規模50兆円(民間合わせた建設事業としては80兆円近い)で、これはGDP(国内総生産)の15%にまで上る。
 建設関連業は、雇用600万人(土木技術者数20万人を含む)、建設会社数56万社で、わが国の一大産業と云える。この600万人は事業削減の嵐を前に、何を考えなければならないのだろうか。
 わが国の完全失業率は、最近若干の好転があっても、いまだ史上最悪と云われる4.8%、失業者は約346万人である。概算になるが、現在600万人の雇用者の40%(事業量の減少率と同じと仮定)である240万人がさらに失業したら、590万人の失業者を国内に抱え、完全失業率は急騰してしまう。人材の他産業層への「移転」も考えられ、そこまで行かなくても失業率は7〜8%近くにまで跳ね上がるだろう。かすかに見え隠れする景気好転の気配も消え去ってしまう。
 こうならないために、建設業界のみならず関連の官庁、大学、コンサルといった全部門の内部改革と相互改革が必要になってくる。税金の投入という“点滴”に期待できない事態と認識すべきだ。
 評論家の発言の中に、建設業界でリストラされた人員は他の情報産業が吸収し、産業全体を“活性化”すべきだという意見を聞いたことがある。一般の方には心地よい響きのある意見だ。しかし、この意見の底流には建設産業縮小の狙いがあるだけで、そこには携わる多くの人間(労働者、技術者)の生活、働き甲斐などを無視した思考だけを感じる。
 「公共事業抑制論」には賛成はできないが、今の600万人体制というのが、将来をも視野に入れたとき、その一部の就業者は余剰(大変嫌な言葉ですが)と判断されれば、建設産業から他産業への移転はやむを得ないだろう。
しかし、その「移転」人員数の規模にもよるが、これは20年ほど前の国鉄民営化の比ではない社会混乱を引き起こす懸念を感じる。

 このような情勢を踏まえ、以下のような課題を考慮しておくべきだと思う。社会環境の問題なので、個々の企業経営者や技術者に解決できない問題だが、自覚することの意味は大きいと思う。
@ VE(Value Engineering)制度導入の可能性(発注者・受注者の双方への課題)
現在の一般の建設工事をみると、建設会社が自社開発工法を提案し、その採用が認められてもその効果は、工事会社の省力化という成果に反映されるだけで、当初工法に比べた優位性に対し、直接的な対価は支払われない。だから、建設会社とすれば工法の開発と開発費の償還、受注成果に明瞭な相関関係が見い出せない。従来工法で施工しても、現場実行予算は適性利益を出し、従来工法の方が現場は面倒くさくない、といった困った現象がでる。ゼネコンを除く建設会社が、本格的な開発部門を持たず、技術開発費や開発スタッフを育成しない遠因はそこにあると思う。
はやり、対価の支払いを前提にするアメリカ型のVE制度の普及が望ましい。結局は、よく考え、有用な、いい知恵(たとえば工法、材質)を世に出した会社(または技術者)が「その分の適切な対価」を受け取るという具体策が必要である。 また、周知の通り、工事費を左右してしまうのは、工事段階でなく計画・設計段階である。VEと言えば、まず「設計VE」の施行が望ましい。わが国では、建設業の透明な競争原理発現のため、設計・施工分離発注を原則としている。建設コンサルタント業の限界を把握しつつも、この業界の健全な発展(経営体質の強化、技術力育成)を願いたい。
現在は大型の特殊事業にしかVE制度は適用してないのが現状である。これは運用や評価をするかなど発注者の体制作りや第三者の評価基準の必要性など問題も多いからだと思う。発注者の受け入れ体制整備、受注者側の提案力向上が早期に実現し、どの事業でも安易にVE制度の採用ができるようになればいいと思う。これが、コスト縮減の面で納税者に直接、利益還元ができると思うからである。
そして、工法案の評価をする第三者的な立場の技術者とし、土木学会会員の方の多くは、それにふさわしい技術能力や資質をお持ちだと思うので、是非こういった場所での活躍を望む。 A情報技術革命と建設関連就労者の関係
 現在わが国は、「IT(情報技術、Information Technology)革命」という言葉が普及している通り、電子・通信技術は一層の飛躍を遂げ、これを大きなビジネスチャンスとして、企業のみならず、この健全な成長のため行政も支援体制を布くという動きがある。不況、雇用、財政問題は“なんでもIT革命で解決!”という空気が感じられるが、本当だろうか。
 最近の通産省・アンダーセンコンサルティング社の協同調査結果を見ると、今後5年間でIT革命で流動化が予想される雇用数は以下の通りである。
創出される雇用 249万人(電子商取引105万人、新製品・サービス業68万人、情報通信産業76万人)
削減される雇用 163万人(企業の情報化53万人、電子商取引110万人)
差し引き86万人(新たな雇用が創出される。この数字を見て政府も強気になっているフシがある)
 これを見ると、創出される雇用が望める場は具体的には、流通業・小売り業・一般商業・サービス業を想定していることが分かる。
 ここで、建設業、建設コンサルタント業(調査、設計業)の建設関連業の業種は、これらにどうフィットしていくかは冷静に見なければならない。設計・解析、施工管理、研究、営業・総務業務、契約業務などに、ITは大いに役立つだろう。これは建設省の「建設CALS/EC」が、電子納品・電子契約をベースとする具体的な指針を示し、2004年を目標に完全実施(直轄工事)を目指し推進している通りである。
 しかし建設関連業においては設計、調査、研究、事務部門に携わる人間の割合は少なく、ITによって「削減する雇用」、「創出される雇用」共に少ないのではないかという予想をしている。土木構造物の特徴(現場施工、巨大、単品)が全面的にはITにフィットしないと推察している。
 ここで公共事業の4割削減の問題(命題)が加わる。受注量が横這い程度なら、成果物(生産物)の付加価値向上、品質向上のため、企業は前向きの投資(必要人材の雇用、ハードの導入)をするだろう。しかし、受注量が4割減って、かつ建設CALSに従え、となると業界の多くの中小規模企業をより苦境に追い込むことになる。特に建設業においては、資本金一億円以下の企業が99%である。受注量は減らしたが、人は新たに雇うという経営方針は選択できないはずだ。ここに、「創出する雇用」は微増で、多くの「削減する雇用」(解雇)が発生するという問題視すべきシナリオが予想される。
 建設CALS/ECの目指すところは、標準化と、高品質化、成果の電子化によるライフサイクルコストを勘案したコスト縮減であり、高技術力保有の企業の雇用は確保される傾向はより顕著になるが、建設CALSによって建設関連業全体の雇用確保を保証するものではない。
 したがって、建設関連業からの失業者がさらに増える傾向は否定できず、今からこれに備えることが必要である。例えば離職者のスキルアップに「IT再教育費制度」のようなものを創設することも必要だ。仮に40万円を200万人の離職者に再教育費用として給付しても8千億円である。不運にも建設業界からの離職者の方も、さらに技術力を修得することにより他業界で活躍できれば、それはいいことだ。
 個々の技術者はIT関連技術の習得が急務であるが、建設関連産業の将来を考えれば、土木工学的な観点に立脚した技術ノウハウの育成・修得、その活用の方が価値あるものだと思う。再教育すべきはITテクニックのみではないと言いたい。
 「ともかくも建設CALSに乗り遅れたらお終い」という意見は聞くが、大局観や融通性といった柔軟な思考を、特に企業経営者の方には望みたい。
B地方の状況と直面する課題
 公共事業の4割減が現実として突きつけられ、新規工事には着手できないといっても、地方の中山間部の集落では狭窄なコミュニティ道路や、氾濫して二年に一度冠水する河川などを目の前にし、何年にも渡り改修を県や市に求めている所は多くある。一本の橋がないために、通勤や通学に苦労している例もある。
 税負担は平等であるが、その受益を考えると地方の置かれた環境は相当厳しいと云える。地方は、地方財政の収入が少ないということ以外に、過酷な自然環境・居住環境下に置かれている現実を、多くの方(特に都市住居者)が認識して欲しい。
公共事業を地方や地方建設会社への“利益誘導”という表現をする論を聞くが、これら生活上の障害の是正に税金を使うことは肯定されるべきことだと思う。
 「もう既存構造物の保守のフレーズであって新規工事は不要」と涼しい顔で言えるのは、都市住民の考えである。念願の土木工事(新規事業)を、口をあけて待っている地方はいまだに多い。ただ、その人口が都市在住人口に比べ少ない(または分散している)ため声が大きくならないのである。
 主にマスコミや官庁が云う投資効果分析(CBA)の過度な運用は都市是認、地方否定の考えに短絡しやすい問題を内在しているにも関わらず、財政逼迫下の集中投資の考えを促進すれば、地方の県の中山間部が求める公共工事は、いつまでたってもOKが得られない。こんな構図が予想される。
 また、都市部であっても、新規事業ができないために生活環境は悪化する、建設技術の継承ができない、一極集中が是正できない(国土の均衡ある発展はできない)という、問題がある。
 今後20年間で公共事業の4割減が経済理論や政策からして望ましいといっても、私は簡単にこれに賛成できないのは、これら問題が懸念されるからである。

 封建制であった江戸時代でも、幕府や藩の予算の多くは農業生産や民衆生活のための社会資本整備に費やしていた。武将や藩主にも卓抜な土木技術者であった人物は多かった。全国のどこの藩でも、用水開鑿・治水工事を積極的に推進しないと、税収が上がらず、民生不安(一揆など)が起き、これが表面化すれば、為政者が改易となるのが普通だった。時代劇で遊興に耽溺する殿様が登場するが、このタイプは実際にはほんの一握りであった。
 しかし、21世紀を迎える現在のわが国は、財源不足のため情報通信事業・生活関連分野(上下水道、福祉、住宅、文教他)・防災分野など以外の公共事業は、その必要性を多くの納税者に理解してもらえないのが現実ではないか。決して諸外国に比べ、これら施設が充実しているわけではないのに、この予算を削減しなければならない。
 古今東西、社会資本整備を軽視した国はない。アメリカ合衆国でレーガン大統領時代の一時期、社会資本整備の予算を削減し、軍備・宇宙開発にそれを注いだため、建設構造物の劣化と建設技術力の低下が、同時に国民生活に降りかかり、市民の社会生活上支障をきたしたのは記憶に新しい。
 人間は室内でのみ生活はできない。自然と適度につきあう(融合、ふれあい、隣り合うなど)ために、特に地形的特徴で住空間に制限を受けるわが国では、国土の高度利用のために必須である社会資本整備を軽視してはならない。
 公共事業のコスト縮減効果の成果としての事業費節減と、事業自体を軽視した事業費削減は全く別次元の話であり、2つを混同してはいけない。だが、個人的に“4割減”という数値に接するとき、後者の思考を感じてしまうのである。
 できれば、学会内でこの“4割減”にはさらなる検討(雇用の面の他業界を巻き込んだ業種転換、雇用再配置などの議論)も展開して下さればありがたい。堅調に推移するアメリカ経済の基礎条件に、この雇用再配置の成功があるという。
 どうしたらいいのだろう、わが国の、この業界は? 多くの方の英知の集約を望みたい。
(桜井測量設計 飯野己子男)
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