第3回 体感してみよう!『ファシリテーターって何者?』
鈴木 崇之 水谷 香織
経歴 |
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1969年10月 | 福岡県に生まれる.以後,大学卒業まで過ごす. |
1992年4月 | 進学のため上京. |
1994年3月 | 日本大学大学院教育学専攻 博士前期課程修了 |
1994年4月 | 武蔵大学総合研究所 兼任研究員 国立教育研究所 客員研究員(1年間) |
1996年4月 | (株)計画技術研究所に入社 参画文化研究会(NPO 申請中)コアメンバー
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ファシリテーター
ファシリテーターについて教えてください.
話し合いの促進役,集団で問題解決していく場面での
支援者とでも言いましょうか….私の中でなかなかしっ
くりくる日本語訳がないのですが,一つは,参加者一人
一人が想っていることを引き出し,表現できるようにお
手伝いをする役割.二つめは,いろいろ出てきた意見
を,参加者の合意を得ながらみんなで整理したり,そこ
から新たなアイデアを生み出せるように支援する役割が
あると思います.私は仕事柄「住民参加のまちづくり」
の場面でファシリテーターをさせていただくことが多い
のですが,活躍の場は,生涯学習や学校教育,福祉の現
場から各家庭内でもあると思います.ただし,どんな場
面でも,あくまでその場の「当事者」の主体性を尊重し
ながら関わるというスタンスが大切だと思っています.
ファシリテーターへの歩み〜竹迫さんの場合〜
始めから,ファシリテーターになりたかったのです
か.
本当は幼稚園の先生になろうと思っていたんです.で
すから,大学時代の専門は教育,特に児童学で,まちづ
くりの専門的な勉強はしていませんでした.
では,大学ではどんなことをしていたのですか.
一言で言えば,「当事者参画型の場づくり」のトレー
ニングをやっていたと言えるでしょう.どういうことか
というと,1年生の時,林義樹先生(現 武蔵大学教授)
と出逢い,先生が進めていらっしゃる『学生参画授業』
というスタイルの授業を体験したのです.それは,『自
分たちの学ぶ場は自分たちで創る』というコンセプトの
もと,1年間の授業のカリキュラム,1回1回の授業運
営,授業後の評価,最終的には授業の報告書作成を学生
主体で進めていくものでした.このコンセプトと方法論
が,今の私に大きく影響しています.大学という「コミ
ュニティー」の住民である学生に一番欠けていたことは,
自分が学びたい内容と環境を伴った授業という「場」を
自ら創り出す力:「場づくり力」だったんです.
4年生の時には,これまで授業づくりを通して学んだ
「当事者参画の場づくり」のノウハウを社会に還元しよ
うと,『福岡SANKAKU(参画)-JUKU(塾)』という学
生組織をつくったんです.そこに九州圏内でまちづくり
をがんばっている市民グループから,ノウハウの講習を
依頼する話が少しずつ入ってくるようになったのです.
このノウハウというのが,ラベル(付箋)に意見を書き
出して整理する「ラベルワーク」という手法で,今も仕
事の中で多用しています.
どうやってプロのファシリテーターに?
『福岡SANKAKU-JUKU』の活動を通じて,まちを愛
し誇りをもってまちづくりに取り組んでいる方々とお逢
いして,この人たちの力になれる仕事をしたいと強く想
うようになりました.そういう仕事ができる職場を探し
ていたところ,いろいろなご縁で,浅海さん(7月号
「土木とコミュニケーション」に掲載)のワークショッ
プに参加した時に,今の会社の所長さんに声をかけてい
ただき,現在の職を得ています.会社では,無理を言っ
て純粋にファシリテーターとしての仕事だけをさせてい
ただいています.さらに,個人でもファシリテーターと
して仕事をすることを認めていただいています.このよ
うな環境にいられることは,本当に有難いことだと思っ
ています.
ファシリテーターという役割
みんなの意見を一つにまとめることをするのです
か?
私の場合,意見を一つにまとめることはしません.私
は「ラベルワーク」という手法をよく使います.これは,
各自,ラベル(付箋)に自分の考えを書いてもらい,4〜5人のグループになってラベルに書いた内容が似た意
見を集め,整理していくやり方です.こうすると,大抵
七〜八つの大きなカテゴリーと,どこにも集約されない
ラベル(意見)が出てきます.後は,これらのカテゴリ
ーと単独のラベルの内容を見て,さらに議論を深めたり,
内容に優先順位をつけたり,誰が何をやるのか役割分担
を話し合ったりします.これらには,みんなで合意形成
しながら行っていく手法があります.
意見を一つにまとめるというのは大変危険なことです.
一つにしようとすると,少数意見や奇抜なアイデアは,
消去されてしまいます.どこにも集約されない意見こそ,
行き詰っている課題をブレイクスルーできる可能性をも
っていることが多いのです.
写真-1 ファシリテートする竹迫さん
自分の意見を出すこともありますか.
自分の意見というよりも,みんなが参画できるための
「場づくり」に必要なことは発言します.例えば,あか
らさまな個人批判や,話し合いを妨害するようなことを
言われたりされたりする場合です.言うべきときにタイ
ミングを逃さずに言わないと,後々その「場」自体が壊
れてしまう危険があります.話し合いの内容面に関して
は,参考となり得る情報の提供は行うことがあります.
しかし,ファシリテーターの発言で結論が左右されてし
まうこともあるので,発言は慎重に行うべきだと思って
います.
女性のメリット・デメリットはあるんですか.
女性としてのデメリットは,今の段階ではほとんど感
じていません.逆に,女性であるというメリットは,多
様な層の輪の中にも,比較的抵抗なく入っていけるとこ
ろでしょうか.男性の方は構えてしまったりすることも
あるようですから.いずれにせよ,ファシリテーターは
男性でも女性でも,相手に安心感を与え,聞き上手であ
ることがポイントだと思います.
コラム:体験!「ファシリテートしてもらう」 |
今回,ファシリテーターについてのお話を伺いましたが,なんだか
わかったようなわからないような気がします.そこで,来年1月号で
企画している学生による特集の企画・構成に関する打合せに,ファシ
リテーターとして入っていただきました.この特集の内容は今まで何
度か議論してきましたが,なかなかまとまらず,かなり苦労していま
した. |
●打合せの目的:1月号の特集にむけて,学生編集委員各自の想いを
反映する内容・構成を決定する. |
●手法と手順:まず,各自の想いを反映する内容にするために,「ラ
ベルワーク」を行った,次に,構成を考えるために「ファシリテー
ショングラフィック」を利用した.
(1)ラベルワーク
私たちがやったこと:今回のテーマ(どういう企画にしたいか)に
対し,各自思っていることを一枚のラベル(ポストイット)に一
つ書き,それを一つ一つ出しながらみんなで同じような内容と思
われるものをグループ化し名前をつける.これらの関係を話し合
いながら自分たちの想いを図解化する.
ファシリテーターの役割:場をなごましながら,その人が想ってい
ることを質問することで引き出し表現させてゆく.また,助言な
どをしてより具体的な考え,想いを出させグループ化する.
(2)ファシリテーショングラフィック
私たちがやったこと:(1)を基に具体的な内容・構成について話
し合った.ここでは模造紙を用いて内容を書き出し,流れをつか
みながら決定していった.模造紙には文字の羅列でなく,図,色
も利用し,イメージしやすい形で表現した.
ファシリテーターの役割:自分たちが出したアイデアがどう他と結
びついてゆくのかを一緒に考えながら進めてゆく.また,時には
アイデアを出し,新たな構成を提案する.
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ラベルワーク |
●結果:これらを通じて,みんなの意見を取り入れた方向性が定まっ
た.構成,内容についても個々の想いを融合させ,全体を見ながら話し合ったことでスムーズな流れができた. |
●学生編集委員の感想:
岩本:最後に「竹迫さんのおかげで話がまとまりました」とお礼を
言うと,「みなさんの意見がまとまっただけですよ」と仰ったのが印象的でした.
鈴木:みんなの意見をまとめた内容・方向性を決めるには,言葉だ
けでなく文字・図にする効果は大きいと思いました.
春井:議論を進行していく,意見を集約していく,会議に一定の
結論を出していく,実はこれらの作業には“技術”が必要なんですよね.
水谷:試行錯誤の中で,とても自然にみんなの想いが形になってい
く創造的な時を過ごしました.なんだか不思議です.
吉村:企画内容だけでなく,もっと深い部分にある「特集への想
い」もみんなと共有できたのが今回の収穫でした.
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住民参画という場のファシリテート
現在はどのような内容のお仕事が多いのですか.
自治体の都市計画マスタープランづくりや総合計画づ
くりが多いですね.10〜20年後のまちの将来像を,住民
参加で策定していく仕事です.それと,ワークショップ
の手法やファシリテーター養成のための研修会の仕事が
多いです.
どのように住民参加の機会を作るのですか.
間接的な参加としては,アンケートを実施したり,ヒ
アリングを行ったりしますが,直接参加の機会として,
ワークショップを開催することが多いです.このワーク
ショップの基本的な流れをお話しすると,1年半くらい
の時間をかけて,数回のワークショップを実施します.
1回のワークショップは3時間程度ですが,その限られ
た時間の中で,そのときのテーマにあった「参加の手法」
を導入し,皆さんが対等な関係で議論できるような運営
を工夫します.
徐々に,参加してくださる住民の方々の個性が見えて
くれば,部分的にワークショップの運営面にも関わって
いただくようにします.そうすることで,私のような部
外者なしでも自前でワークショップを運営できるノウハ
ウを知ってもらえるからです.
うまくいくと,計画づくりに参加した住民が,策定作
業終了後もできたプランを実現するために地域で活動し,
計画をさらに育ててくれる展開が生まれます.例えば,
愛知県岩倉市では,「第3次総合計画」策定後,『いわく
ら塾』という市民グループが誕生し,まちの将来像の実
現に向け,活動を行っています.そういう方々とは,仕
事が終了しても個人レベルでの交流が続いています.
理想は住民が独自に進めるということですか.
一番良いのは,住民が主体的にまちづくりを考える場
(ワークショップの機会等)をつくり,行政や企業の方
にきてもらい一緒に関わりながら進めるというスタイル
だと思います.
利害関係がある場合など,場の雰囲気が悪くなるこ
ともあるかと思いますが,かつて修羅場ってありましたか.
ありましたよ.ラベルを破られました.「こんなことや
ってられるかー」と.でもそういう人は,そんな行動に
走らざるを得ない怒りや不満がたくさんあるんだと思い
ます.ですから,その気持ちを吐き出してもらう一方で,
話されたことを壁に貼った模造紙に,マジックで大きく
記録していきます.そして最後に「こういうことがおっ
しゃりたかったんですね」と,視覚的に見られる形で確
認するようにしています.不思議なことに,最初は否定
的な人ほど,最終的には頼れる協力者になっているパタ
ーンが多いんですよ.
ファシリテーターになるためには…
誰でもファシリテーターになれると思いますか.
人と人との間に入ってコミュニケーションをとりたい
と思う人ならば,誰でもファシリテーターになれると思
いますよ.最近は,「ファシリテーター養成」のための
勉強の機会を設けている自治体や民間企業も増えていま
す.まちづくりのワークショップでは,まちづくりの専
門家がファシリテーター役をすることが多いのですが,
本当は地域住民の中で生まれるのが一番よいと思いま
す.私は,数回のワークショップを通して,徐々にファ
シリテーターが生まれてくる運営を心がけています.
ファシリテーターの質を高めるために独自にやって
いることはありますか.
あたり前のことですが,行った仕事の記録をきちんと
まとめるようにしています.どんなプロセスを経て,ど
ういう成果があって,今後の課題は何かをファイリング
しています.そして,しかるべきところに公表して,ご
意見をいただくように心がけています.自分の中で成果
を溜め込まないようにしていますね.自分を他人にも評
価してもらうことは大切なことだと思います.
竹迫さんの「心得」 |
待つ |
対話をしながら,その人の意見や,思っていることが出てくるように手助けをしようとは思いますが,基本的に自然と出てくるのを待ちます. |
今後の展望と課題
竹迫さんの目指すものはなんですか.
私が目指しているのは『身近な所からの参画社会づく
り』です.住民一人一人がこれまでに培った知恵や経験
を生かしあい,互いに参画しながら暮らせる社会づくり
を目指しています.そのためには,まず身近な地域に
「参画」する楽しさを一人でも多くの住民の方に実感と
してもってもらうことが第一歩だと思っています.ファ
シリテーターは,あくまでそのような場づくりの一つの
促進力にすぎません.とは言いつつ,現実的にはその職
能に対する評価基準が曖昧で,経済的自立が厳しいとい
う現状もあります.まだまだ課題は山積みですね!
学生へのメッセージ
最後に学生へのメッセージをお願いします.
「参画力=場づくり力」をつけてほしいと思います.
この力は,ファシリテーターの資質にも大きく影響する
ものです.具体的に言うと,『場』と『人』にしっかり
関わる(参画する)経験を多くしてもらいたいというこ
とです.この「参画力」は,これからどういう職業や生
き方を選ぼうとも,必ず重要になってくると思います.
私の場合,学生時代の4年間,授業という「場」を創っ
ていく経験と,そこで学んだノウハウが,今の自分のベ
ースとなっています.自分が真剣に関われる,自分自身
を賭けて関わる原体験を学生時代にこそしてほしいです
ね.それから,いい先生といい仲間に出逢うことですね!
写真-3 集合写真
(後列:左より水谷委員,吉村委員,春井委員
前列:左より岩本委員,竹迫さん,鈴木委員)
取材を終えて
今回の初取材がファシリテーターという,聞いたこと
もない内容で,こんな仕事もあるんだなぁというのが第
一印象でした.始めは自分でもできそうだと思いました
が,人が思っていることを引き出す微妙な心遣い,さま
ざまな話をリンクさせていく力は意識していかないと身
につかない力だなと思いました.
【学生編集委員 鈴木崇之】
初めて竹迫さんにお会いした瞬間に,自分の全てを打
ち明けたくなりました.優しい笑顔の奥に確固たる信念
を感じたからでしょうか.男性中心の土木界に欠けてい
るものがあるとしたら,この受容力・包容力かもしれま
せんね.ファシリテーターの職能を認め,暖かく厳しく
育んでいく社会になったらいいなと思います.
【学生編集委員 水谷香織】
(1) |
林 義樹:「参画教育と参画理論〜人間らしい“まなび”と“くらし”
の探究〜」,学文社 |
(2) |
ロジャー・ハート:「子どもの参画」,萌文社 |
(3) |
世田谷まち作りセンター:「参加のデザイン道具箱part1〜3」 |
Copyright 2001 Journal of the Society of Civil Engineers