第1回 化学編「変幻自在材料と土木の調和」
春井 雄介 岩本 直樹
ゴムの世界を熱く語る生駒信康さん
◆化学の魅力・ゴムの魅力
--大学で化学を専攻する学生というのは,どういう人が
多いのですか.
私の場合,もともとは大学では応用化学科で石油化学
に興味をもっていました.原油というのは,精製温度を
変えることで,ポリエチレンやポリプロピレンなどいろ
いろなものが合成できるんですね.その専攻の流れで,
ゴムを扱う会社に入って,以来ゴムと関わっています.
一般的に化学を専攻する人というのは,理系でも数学
が苦手なのだけど,高校生の時点で化学は非常に得意と
いう人が多いですね.
--生駒さんは,ゴム材料のどのような所に,惹かれたのですか.
ゴムは,配合の度合いによって,欲しい物性を作り出
すことができるんです.一つのゴムには,20種類ほどの
薬品が入っています.その調合によって,伸びないゴム
や,非常に跳ねるゴム,無反発ゴムなどができていくん
ですね.これが魅力でした.
ところでゴムというのは,非常に古くから用いられて
きたんですよ.例えば,インカ帝国ですでに用いられて
いた記録もあります.それにどんな人でも,身の周りを
見渡してみればゴム製品が必ずあるはずです.例えば,
シャーペンの握りの部分とか,机の脚の先に付いている
滑り止めとか.それぐらい,ゴムというのは非常に身近
なものなんですよね.
◆土木とゴム
--土木分野とゴムの分野というのは昔から関わりあいが
あったのですか.
構造物の中の細かいパーツとして,土木とゴムの関わ
りあいは以前からありました.例えば,港湾の岸壁に付
ける防舷材や溜池の底に引く遮水シートなどです.ただ,当時は土木の人にとって,化学の分野は“信用でき
ない”世界だったんです.というのは,土木での変位と
いうのは,大きくてもせいぜい数十%のオーダーのお話
です.ところが,ゴムでは数百%のオーダーで変位が出
てあたりまえなんですね.しかも,当時のゴムは利用者
不在の理論,つまり化学の人が理想と考えるゴムの研究
開発が主体だったんです.
--では,なぜ,生駒さんは土木分野に深く関わるように
なったのですか.
ゴムシートなどで関わりあいのあった電力会社のある
設計課長に“ゴムを用いながら土木の変位に対応する製
品を作ればいいのでは”と言われ,土木に関わりはじめ
ました.1988年頃のことです.
◆異業種との交流
--異なる業種と交流してみて,わかったことはどんなこ
とですか.
交流をしなくても,お互いの技術はそれぞれ伸びてい
きます.でも,そこにはどうしても溝ができてしまうん
です.相手の分野が何を求めているのかを理解していか
ないと新しい技術は進んでいかないんですよ.例えば,
先ほど話をした防舷材の開発では,造船の分野の方と意
見交換することによって,技術革新とともに船の鋼板が
薄くなってきていること,その分,エネルギー吸収効率
のよい防舷材が求められていることがわかってきました.
メガフロートなどで用いられているラバーチェイナー※1)
も鉄鋼の分野の方との交流によって生まれたゴムとチェ
ーンの複合製品ですね.
--土木分野では,どのような例があるのですか.
土木の話でいうと,圧縮空気の貯蔵施設※2)の例があ
りますね.貯蔵タンクの気密材としてゴムを利用したん
ですが,この時は想定される現象に対してどんな試験を
どんな装置で実験し,何を評価すればいいのか,ゴムの
分野の発想では全くわかりませんでした.そこで,何度
も話しあって,それぞれの立場から問題を提起して試行
錯誤を繰り返しました.
複合素材というのは,できた材料がどこで使えるのか,
異分野の方と話し合うことによってはじめてできるので
す.そういう点で,技術の溝を埋めるのは結局は人と人
との会話なんですよね.好奇心をもって,お互いに話し
合うと,新しいものが見えてくるんです.
※1)ラバーチェイナー:チェーンをゴムの中で弛ませた状態
で,チェーンとゴムを完全密着させたもの.チェーンリ
ング間のゴムによる対衝撃緩和効果などが期待できる. |
※2)圧縮空気貯蔵施設:発電の際,ガスタービンに送りこむ
圧縮空気を,深夜電力を使って地下に高圧(8MPa)で
貯蔵する施設.北海道上砂川町にて2001年度実験終了. |
ラバーチェイナー(概念図) |
圧縮空気貯蔵施設模式図 |
◆土木の発想・化学の発想
--土木の分野と交流されてわかったお互いの分野の特徴
を教えてください.
土木の人は,自然界に起こっている出来事を言葉に置
き換えることはできるんです.つまり,マクロ的なもの
の見方は非常に上手ですよね.それに対して,化学の人
はある現象を深く深く見ていくのが得意です.例えば,
物の破断点などをくわしく見たがるのは化学.でも,実
際に使っていくためには,そんな破断点の部分などは使
えない.
土木の分野というのは,フィールドの学問なので,機
械などと違って,定量化をするのが非常に難しい分野で
す.そこで,求められる条件,自分の考えなどをきちん
と相手に伝えていくことが大切です.
ゴムには,“許容”という考えはありません.示方書のようなマニュアル的なものも存在しません.現場の状況にあわせて,耐用年数や設定条件を作るのは,土木の
仕事なんですよね.
--土木の分野と化学の分野が協力していくために大切な
点はどんなことだと思われますか.
一つは,土木の人には,ぜひとも材料に対する違和感
をもたずに,柔軟に発想して欲しいということですね.
土木の人は,いまだにゴムのことをパーツとして見てい
るような気がします.しかし,土木の材料というのは,
決して鋼とコンクリートだけではないんです.ゴムとい
う素材は,土木の授業の中では教えられていないことも
あって,土木の方には違和感があるようですが,歴史的
には非常に古くから使われている素材です.工業製品と
してゴムが使われ始めたのは今から150年も前の話です.
それと,土木の方にゴムの話をすると必ず言われるの
が,耐久性の話です.でも,シドニーの鉄道橋の支承と
して99年間使われていたものを調べてみたら,表面の
数mmは変化していましたが,中は全く問題なかったと
いうデータもあります.そういう点で,土木にゴムが使
われてこなかった理由は,ゴムに耐久性がないのではな
く,ただ使われてこなかったという実績の問題だけなの
ではないでしょうか.ゴムは配合や複合化によって強く
することができる材料だし,強い材料だと思います.
--他にあるでしょうか?
そうですね,もう1点,あげるとすれば土木は自分た
ちの分野の中だけで議論が終わっている傾向があるよう
に思えます.これは,きっと土木という分野が非常に広
い範囲にわたっているからだと思いますが,ぜひとも改
善して欲しいです.
逆に化学を専攻している人には現地を見ることがとて
も大切だと言っています.土木の構造物というのは必ず
しも,設計のとおりにはいかないんです.例えば,ケー
ソン同士が施工中にぶつかったりしますね.でも,現場
にいったことのない化学屋には,こんなことは想像もで
きない.現場に行けば,どんな使われ方をするのか,土
木との常識,許容誤差の違いなどがわかってきます.
--土木分野を専攻している学生が,ゴム業界に就職する
ことは可能ですか?
全然問題ないと思うし,かなり活躍できると思います
よ.スターの誕生のようなものですから.ただ,いくぶ
んやわらかい頭は必要かもしれませんね.
--では,最後に土木を専攻している学生に向けてメッセ
ージをお願いします.
土木の学生さんには伸びて戻るゴムにもっと興味をも
って欲しい.そしてふとした時に,自分の研究内容の中
に,ゴムがあったらどうなるのか,そんなことを考えて
欲しいんです.例えば,防舷材は今では何百トンもの重
さにも耐えられるものになっています.だったら,家の
柱として使ってみることはできないでしょうか.
取材を終えて
生駒さんは,とても話題の豊富な方で,ゴムの魅力・
異分野との協力の大切さについて熱く語って下さいまし
た.土木の分野では,学校の課程でゴム材料についてほ
とんど触れられないこともあってなかなか主材料として
ゴム材料を使うという発想は出てきません.しかし,土
木もゴムのようにもっと柔軟に,フレキシブルな発想で
新たなものを取り入れていかなければならない,と強く
感じました. (文責 編集委員 春井雄介)
Copyright 2001 Journal of the Society of Civil Engineers