第2回 医学編「悩める都会人と土木」
春井 雄介 水田 哲生
インタビューに答える高野先生
◆都市医学とは?
--まず,先生の研究している分野について教えてください.
国際的には,“Health Promotion”といわれていると
ころです.ただ,日本語に訳した場合,うまくあてはま
る言葉がないんですよね.大学内では,健康推進医学と
いう言葉でよんでいます.
そもそも,医学というのは,基礎研究,臨床医学,そ
して社会医学という,3,本柱から成り立っています.この
うち,私がいる分野は,社会医学の中の一分野である公
衆衛生分野の一部にあたります.
--“健康推進医学”といわれてもよくわからないのですが,どういったことをされているのですか.
現在は,WHO(世界保健機関)の協力センターとして,
開発と住民の健康は両立するのか,健康都市はどうやれ
ば実現できるのか,といったことに取り組んでいます.
また,災害からの安全の確保も大きな研究課題です.
よく誤解されるのですが,“タバコをやめろ”とか“体
重を減らせ”といった類のものではありません.それよ
りも政策形成過程についての研究が主です.
--もう少し具体的にいいますと?
ごみ問題や大気汚染,水質汚濁といった問題で健康を
重視した都市開発,地震などの災害に強い都市開発を行
うには,非常にお金がかかります.その一方で,産業を
重視した都市政策を行うと,公害などの問題が起きてし
まいます.計画と戦略が必要です.
いくら,医療で人の命を救っても,水俣病や四日市ぜ
んそくなどの公害で健康を害したり,地震などの災害で
多くの人の命がなくなるのは残念です.これらの方策を
考えるのも公衆衛生学の範囲です.
--例えば,どんな例があるのですか.
そうですね,東京都杉並区では,健康都市づくりを積
極的に実施しています.これなどは,行政の長のリーダ
ーシップによって健康都市が実行されている例ですね.
つまりは,“Good Health Promote Development.”と
いうことなんです.健康で働くということは,生きる活
力を与えます.そのための戦略が“健康都市”なんです
ね.
--その他の事例としてはどんなものがありますか.
熊本県の水俣市では,一般廃棄物を,23もの分類に分
けて収集しています.水俣市は,健康問題への市民の意
識が非常に高い.このことが,23分類を可能にしていま
す.そして,これは結果的に廃棄物処分場の耐用年数が
増したり,資源の有効利用が可能になるといった利点を
兼ね備えています.水俣の事例は過去の特別な事情から
出発しているため簡単には一般化できませんが,市長の
取組み方によって行政が大きく変わった例としてあげら
れます.
◆都市問題の処方せん
--現在の都市の生活環境がこれほど深刻化してしまった
理由はどこにあると思われますか.
これまでの都市政策は,経済成長や産業振興が最優先
され,住民の健康問題は後回しにされてきたといえます.
また,都道府県や市町村で健康都市というテーマについ
て独自の政策をもっている自治体はほとんどありません.
でも,これからは今までのような後追い的対処をやめ
て前向きな政策に転換していく必要があると思います.
地域バリアフリーのイメージ(資料:東京都「東京と地域バリアフリー化のためのガイドライン」(2000年))
◆都市医学と土木との接点
--では,次に医学と土木の関わりについて教えてくださ
い.医学と土木工学というと,一見すると何も関係がな
いように思われるのですが,土木工学が医学に関われる
部分というのは,どのような部分があるのでしょうか.
私の研究分野においては,土木工学が関われる分野は
たくさんあると思います.例えば,高齢者や障害者,病
気や怪我の患者も快適に過ごせるような都市づくり,こ
れを実現するには土木の知識が不可欠です.
また,健康都市づくりには,バリアフリーというのが
重要なキーワードです.その意味では,家族のみんなが
集まれるような家づくりや,公園をすぐそばにもってく
るといった人間関係を最優先にした設計というのは土木
工学が関われる分野ではないでしょうか.
--確かにこれらは土木の分野ですね.他には何かありま
すか.
例えば,良質な水の供給というのは,健康にとって非
常に大切なことです.人の健康=街の健康ですから.こういった点でも,土木の知識は,健康都市に大きく寄与できますよね.
--そうすると,土木に携わっている人が,都市医学とい
う分野に関して研究することは数多くある,と.
まさにそのとおりだと思います.
健康都市を実現していくためには,市民の参加が不可
欠です.市民参加で地域資源の発掘,活用をする際に,
GISを活用するのも一つの方法ではないでしょうか.
--これまで,土木工学を勉強してきて,医学に転身した
方はご存知ですか.
残念ながら,私の研究室には,過去にはおりません.
研究生として一時的に来ていた学生はいましたが.で
も,東京医科歯科大の場合,これからは東京工業大学,
一橋大学との,3大学連携ができるので,異分野の学生と
の人的交流は進んでいくと思います.
--人的交流という面では,他に何かありますか.
そうですね,土木工学とは直接関係ありませんが,海
外からはいろんな方が視察に来られますね.最近は,ア
ジア各国の市長が自ら私の研究室に来て,勉強をしてい
きます.それも,1週間や,10日も.そんなに長い期間こ
んなところにいて良いのか,という気もしますが,彼ら
は来た以上,一生懸命に勉強し,学んだことは母国で積
極的に展開させているそうです.これは非常にうれしい
ことですね.
◆土木工学について
--今回,私たちがこのような企画を立てた動機に,“土木
工学というのは,今まで自分たちの扱う領域を自ら狭く
してしまっていて,他の分野との連携をあまりしてこな
かったのではないか”という視点があるのですが,これ
についてはどう思われますか.
専門化,細分化していくことによって,研究を進めて
いこうとしたのは,あらゆる学問の傾向だと思います.
それは,土木工学に限らず,医学の分野でもいえること
です.その結果,学問がその範囲内で自己完結化してし
まいました.
--人々の暮らしからかけ離れてしまった,と.
そういうことですね.昨今,世の中の学問に対するリ
クエストが変わってきました.従来まであった学問に対
する要求も変わってきました.また,問題が複雑化する
中で,科学の進歩による効果が見えづらくなり,現実の
問題が解決しなくなってきました.従来型の努力だけで
は,社会に貢献するのが難しくなってきたのです.
現実の社会を見れば,あらゆるタイプの要求に応える
ためには研究者のすべてが変わらなければならないとい
えます.大切なのは包括的に研究をしていくことであり,
そのためにももっと学術交流をする必要がありますよね.
◆土木工学に携わる人へのメッセージ
--最後に,土木工学に携わる人へ,メッセージをお願い
します.
この分野は医学の知識だけでは解決できません.土木
工学をはじめ,いろいろな分野の知識が必要ですから.
そういった意味で,ぜひとも土木工学の人たちと共同研
究をやっていきたいですね.
確かに,今までは医学と土木工学の接点はありません
でした.でも,これからは絶対に必要です.限りある資
源を有効に使っていかなくてはいけないですから.
取材を終えて
高野先生のことを初めて知ったのは,新聞の記事で都
会暮らしの健康問題について研究している先生がいらっ
しゃるというのを読んでからでした.当初は,正直いっ
て医学と土木のつながりなどなかなか想像できませんで
した.しかし,高野先生がおっしゃるように,社会の抱
える問題はどんどん複雑化しています.そして,この問
題において,土木が力を発揮することのできる部分はか
なりあるということが,取材を通じて見えてきました.
医学と土木の協力は,まさに今こそ望まれていると強く
感じました.(2002. 3. 1・東京医科歯科大学高野研究室)
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