土木学会誌
第3回 金融工学編「土木的金融工学とは?」

岩本 直樹 春井 雄介

小林真五さん
ファイナンスと土木の関係について熱心に語る小林真五さん



日本政策投資銀行とは

日本政策投資銀行についてその業務内容を教えてください.
日本政策投資銀行とは,景気回復や不良債権問題な ど,わが国を取り巻くさまざまな政策的な課題を金融的 なアプローチで解決していく政府系の総合政策金融機関 です.
金融的アプローチといいますと.
長期・固定の融資がベースですが,最近はプロジェク ト・ファイナンスや証券化など,新規の金融手法も導入 しています.
小林さんはどのような仕事に携わってこられたのですか?
長期資金の融資について,その審査を行ってきまし た.具体的には,プロジェクトの運営や,最適な投資 額,償還期間を最適化するためのコスト分析といった事 柄です.
その後,主にファイナンスと公共政策の勉強をするた めに留学してきました.現在は仕事のかたわら,建設マ ネジメントの研究会に参加して,土木の方と共に学んで います.

金融工学のいろは

“金融工学”というのは,いったいどういった学問なのですか.
その前に金融工学のベースとなるファイナンスの定義 からお話しましょう.ファイナンスというのは,狭義で とらえると三つの分野から成っています.投資理論,資 本市場理論,そしてコーポレートファイナンス(企業金 融理論)です.これら三つを合わせたものが一般にミク ロ経済とよばれています.一般に銀行・証券業務という のは,これらの理論に基づいてなされていますね.また, もう少し広義の意味でファイナンスという言葉が使われ る場合,マクロ経済理論(金融論,銀行論につながる) が加わってきます.
金融工学とは,これらファイナンスの理論を定量的ま た実践的に活用していく手法なんです.つまり,理論を 実務に適用可能にする手法について研究する学問と考え てください.その意味では,「大学において金融工学を 研究している」というのは実務の部分が見えにくいとい う点で若干矛盾しているかもしれませんね.ただ,私の 参加している建設マネジメント研究会の小林潔司先生 (京都大学)は,実務者を交えて研究会を運営されてい ます.これは,日本では珍しいし,素晴らしいことだと 思いますね.
「実務に適用する」ということについて,もう少し詳 しく教えていただけますか?
現在の日本経済は,不確実性が高くなっています.この不確実なものを把握するために,証券投資分析によく 用いられるオプション理論を応用する研究が行われてい ます.この理論は,研究する方が増えてきています.こ れは確率微分方程式などを用いて不確実なものを定式化 できるため,さまざまな分野に応用できるからなんです.
難しい話になってきましたが,土木とかけ離れている わけではないのですか?
土木では,維持,補修という分野がありますよね.こ の分野でも「いつ補修すべきか」という問題,すなわち 土木構造物の劣化プロセスには,かなりの不確実性があ ります.この補修に至る過程を確率微分方程式で定量化 していくことができるのです.例えば,トンネルを考え てみましょう.トンネルの劣化過程は環境変化の度合い により亀裂の発生時期などきわめて不確実です.ただ し,この劣化プロセス自体は確率微分方程式で表現可能 です.これを解くことにより最適な維持・補修のタイミ ングを図ることができる.確率微分方程式は元来株価の 変動を表現するもので,その不確実性を定式化する理論 ですが,これを実物投資理論に応用するのです.つま り,何かを造る場合でも,金融と土木は同じアプローチ ができるんですよ.

銀行が担保を取らない−プロジェクト・ファイナンス−

最近,プロジェクト・ファイナンスということをよく 聞きますが,わかりやすく説明していただけますか?
プロジェクト・ファイナンスとは,イニシャルコスト (初期投資額)だけでなく,その後の維持管理までを考 慮し,関係当事者間でリスク・リターンを分担し合うフ ァイナンス手法のことです.
それでは,プロジェクト・ファイナンスの手法を取り 入れると,どんな変化があるのですか?
そうですね,最も違う点といえば,お金を貸すとき銀 行は担保を取らないことですね.従来,銀行は融資する 際,ある意味ですべてのリスクを背負っていました.そ の代わりに土地や株式などを担保に取っていたわけです. しかし,プロジェクト・ファイナンスでは,収益に対す る信頼がある種の担保になるのです.だからこそ,金融 機関もプロジェクトの中味がはっきりわからなくては, お金を貸せないし,事業者側も金融機関の考え方を知っ ておかないと責任が取れないのです.この手法では,金 融と土木のどちらかがイニチアチブをとるということは ありません.プロジェクトに参加するすべての企業が事 業の成立可能性を見極め,負担できる部分のリスクを分 担して負っていくのです.

契約書は厚さ50cm!

事前に,発生するかもしれないリスクに対する責任を どのように細かく分担するのですか?
考えられるあらゆるリスクについて,一つ一つその可 能性とリスクの負担先を決めていきます.
例えば,コストオーバーランというリスクがあります. 完成時期が延びると,それに伴い収益の減少などの損害 が発生しますね.遊園地の建設が遅れ,開園が延びれ ば,見込んでいた収益がなくなりますよね.このような 発生するかもしれないリスクに対して,事前に責任関係 を考えていくのです.他にも,運営していくうえで収益 が天候によって左右されるような事業であれば,天候デ リバティブを導入するなど,もちろんそれに伴うリスク を考えヘッジ(回避)しなくてはいけません.このよう に,プロジェクト・ファイナンスでは,もしリスクが実 際に生じた場合のことを考えて,契約の段階で責任の所 在を可能な限り明確化しておきます.
今までは,こういう契約スタイルが定まっていなかっ たので,なにか問題が起きたときに関係当事者間の議論 が紛糾して,すぐに問題解決ができず,結局,膨大な費 用が発生したりしました.
でも,すべてのリスクを考慮するのは非常に大変そう ですね.
これは非常に大変な作業です.実際,プロジェクト・ ファイナンス手法を用いた事業の契約書は,厚さ50cmを超えるものもありますよ.

プロジェクト・ファイナンスの土木への応用−PFI−

では,PFI(プライベート・ファイナンス・イニチアチブ) もプロジェクト・ファイナンスと同じものなのですか?
それは少し違いますね.PFIとは,公共事業の建設や 運営に民間の資金,経営手法や技術的能力を活用して行 う新しい手法です.プロジェクト・ファイナンスの考え 方はPFIと親和性が強いので誤解されやすいのですが, 必ずしもPFI=プロジェクト・ファイナンスではありま せん.PFIの考え方を実現するためにプロジェクト・フ ァイナンスを用いることが多い,と考えてください.PFIというとコストが下がるだけのものだと思われてい ますが,それも少し違います.結果的に,コストは減少 することが多いのですが,コストが下がるのがPFIとい うわけではありません.
なぜPFIが注目されているのですか?
公共事業には(良い悪いは別として)バランスシート や損益計算書という企業会計の考え方がもともとありま せんでした.自治体は予算が単年度主義であるために, ストックとフローの関係をきちんと見るという発想があ まりないんですね.加えて,建設事業は,イニシャルコ ストに対して,その後の維持管理のコストも非常に高く つくことを考慮しなければなりません.そのため,維持 管理までを考慮した手法(ライフサイクルコストを最小 化すること)が必要だったのです.これらの考え方を公 共事業に充当していく手法,それがPFIです.こうした 手法をとることによって,効率的な行政サービスを長期 にわたって行うことができるわけです.


土木工学について

土木の世界へ抱くイメージと,こう変われば,と考え ることはないですか?
土木は,岩盤を砕いたりトンネルを掘ったりする際に もきちんと数値的理論に基づいて計画が策定されてお り,本来きわめて専門性の高い素晴らしい科学的アプロ ーチを行っていますよね.ただし,土木は,その広さゆ えに土木の専門能力を外から見る目が不足している気が します.つまり,フットワークが軽くなかった.今後は, 自分の所属を超えて外に出て行く必要があるのではない でしょうか.土木の方もファイナンスを勉強しなくては ならないし,われわれも土木の技術や契約形態を勉強し ていく必要があるでしょう.ただ,日本には,外の世界 に触れるようなビジネススクールなどがまだまだ少ない ですね.だからこそ,人材の交流ができるような風土を 作っていく必要があると思います.
個人的な意見ですが,理系から文型に転向するのは簡 単ですが,文系から理系にいくのは非常に難しいと思い ます.その意味で,土木工学を学んでいる人は,非常に 有利な位置にいるのではないでしょうか.
ファイナンスの分野で,活躍している工学系出身の方 はおられるのですか?
当行にも工学の分野の出身者はいます.主に,都市工 学,社会工学,経営工学を学んでいた方ですね.都市開 発関連融資等の分野で活躍していますよ.
土木を学ぶ学生が,これから金融の分野で活躍できま すか?
土木工学出身者の必要性は,間違いなくあります.た だし,そのためには企業で,数年間働いて実務経験を広 く積む必要があるのではないでしょうか.そこで,企業 の実態はどうなっているのかを見る必要がありますし, 理論と実務の両方を体験することが重要です.可能な ら,企業,大学,国の機関など,いろいろと見ていけれ ばいいですね.

土木を学ぶ学生へのメッセージ

最後に,土木を学ぶ学生へメッセージをお願いします.
これからも土木の分野の方は日本の公共政策を立案し ていける立場にあると思います.現在,日本のプロジェ クトが批判の対象にあるのは,それが真に不要だからで はなくて,効率的なプロジェクト運営がなされてこなか ったからです.日本の将来にとって,何が必要なプロジ ェクトなのか,これを考えるのに一番良い位置にいるの は土木の学生ですよ.
ところで,将来,大規模なプロジェクトがなくなると 心配する学生がいらっしゃるようですが,そんなことは ないと思います.絶対に必要なプロジェクトは残ります. 大きなプロジェクトも厳選されるというだけです.将来 の収支を厳密に計算して,リスクを分担し,そのうえで きちんとしたニーズがあれば,どんな巨大プロジェクト でも成り立ちますよ.
加えて言えるのは,最後は『人』だということです. 人のマネジメント能力が問われる時代です.今までのモ デルが根本的に変わることはありません.これからも従 来に増して理論展開力を身につけ,多角的プロフェッシ ョナルを目指して頑張ってください.

取材を終えて

当初は,馴染みの薄かった言葉が飛び交う金融機関へ 取材に行って,うまくインタビューできるのか不安でし た.しかし,小林さんはとてもわかりやすく話を展開し, 説明してくださいました.
これからは,建設プロジェクトも絶対に必要なものだ けが残り,淘汰されていく時代です.それでも「厳しい 時代が来るなぁ」とは感じていません.小林さんのおっ しゃったとおり,既存の枠を飛び越えた人材の流動化な どを通し,多角的なプロフェッショナルを目指して,勉 強していきたいと思いました.

←戻る