次はWater Qualityです。これは人間が生活を営むことによって河川の水質に影響を 与えるわけです。Water Qualityには,水温,pH,DO,塩分濃度,それから有機物,有 害物質と様々なものがあります。 次にHabitat Qualityと言われているものがあります。生き物は,その生息の場所に 大きく影響を受けます。そのHabitat Qualityの変化が,生態系に大きなインパクトを与えるわけです。河川改修や土砂採取によってHabitatのmorphologyが変わります。 Habitat Qualityというのは,そのmorphologyに,更に流速とか,その場所が時々か ん水するのか等,ひとつの環境のシステムを含んだものです。すなわち,ハビタット の形態に水位変動やハビタットのネットワークなどハビタットの質を含めた概念を Habitat Qualityと呼んでいます。 そして,Flow Regimeといわれているものがあります。上流にダムが出来たり,上流 の流域の改変などによって,Flow Regime,つまり,流量や渇水の程度,といった流れのパターン,流量のパターンが変わることです。 次にSediment Transportと書いていますが,アメリカではSediment,つまり土砂の 問題というのはあまり重要視されていません。しかし,日本の場合には,土砂の移動 のシステムが変わるということによって,生態系が大きく影響を受けることがありま す。 次にBiotic Interactionと言われているものがあります。人間が魚を放流したり, 外来魚を持ち込んだりすることで生物の相互関係が変わります。 最後にHuman Useと書きましたが,色々な形で川を人間が利用することによる生態系 へ影響を与えるわけです。 以上,人間が与える7つのインパクトがありますが,こういうインパクトを峻別し ながら,人間がどういう行動をすれば,どのようなものがどのようなインパクトを与 え,それに対し河川がどう応答するのかを明らかにしようと言うのが,私共が考えて いる研究のひとつの流れです。
2.2 インパクトのレベル インパクトのスケールレベルにはいろいろあります。河道レベルのスケールでのイ ンパクトということでは,圃場整備,河川改修,砂利採集,生き物の乱獲,種の導入, 農薬や有害物質などが,河道のレベルでのインパクトと考えられるものです。 少しスケールが大きくなると流域レベルでのインパクトになります。森林の伐採, 土地利用の変化,人口の増大,非浸透域の増加,ダムの建設など,様々な流域レベル でのインパクトが与えられることがあります。そういう流域レベルでのインパクトに よって,Flow Regimeが変わったり,Sediment Transportが変わったりします。その結果,Habitat Qualityが変わったりということが起こるわけです。 もう少し大きく見ると,地球規模の気候変動や酸性雨のような,もっと規模の大き なインパクトが考えられます。 行政の対象としているのは(私共が対象としている研究は),流域レベルのインパク ト,あるいは河道レベルのインパクトが,どのように生態系に影響を与えるのかとい うことを予測して,それに対してどのように対処していくかということを考えて行く ことです。
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図−2 典型性 | |||
上位性というのは生態系の上位に位置するという意味で,通常は猛禽類等があげら れます(図−1)。例えば,クマタカというものを抽出しまして,それがどういう影響 を受けるか,インパクトの重ね合わせによって,直接消失する場所は利用形態別の範 囲のどこか,それ以外の騒音等で影響を受けるのはどこか,というようなことを検討 しているわけです。 一番難しいのが典型性です(図−2)。その場所の典型的な環境(生態系)が守られる のかということで,ダムや大きな事業の影響がどう出るのかを予測するという考え方 です。 例えば,川でダムを作ると,大きく分けると2つの影響があります。ひとつは,直 接その水面によって水没することによる影響であり,もうひとつは,他と分断される ことによる影響です。 一つの事例を示してみます。ここでは典型性を捉える際に,川をいくつかの典型的 な環境に分けて考えます。非常に源流的な川,渓流的な川,里山を流れる川と3つく らいに分けています。その3つの区分は,川の特徴,生き物の豊富さ,種類などで分 類し,そういう環境が守られることによって,そこに生息する生態系が守られるとい う考え方です。 その影響の検討の1つとして,先ほど述べました重ね合わせによって,その貯水池 が出現することにより,もとの生物がいなくなるのかどうかというような検討があり ます。同時に間接的な影響も検討する必要があります。これはダムや川のアセスメン トと道路のアセスメントとの大きな違いです。ダムの場合,間接的影響を見る必要が あります。例えば,ダムを造ったことで流況が変動し,それによって下流の生態系が どう変わるのか,土砂を留めたことによって,下流の河床材料の構 成が変わり,それによってどう生物に影響を与えるのか等で,それらについても色々検討する必要があ ります。
2.4 実施例 以上のような評価は,今までの解析方法でなかなかできずに,「本当に出来るの?」 と言われたときに困っているところです。実際,どのように行ったという,あるダム の例を紹介します。 図−3に予測図を示します。点線のところが貯水池です。この河川を,源流的な川, 渓流的な川,里山的な川という分類で区分していくわけです。区分したものが正しい かどうかということを,生物の方からダブルチェックかけます。確かに魚が住んでい るということをチェックして,それからそれぞれの環境がどうなるかを予測していく わけです。 例えば,源流的な川だとイワナしか出てこない,渓流的な川だとイワナとヤマメ, 里山的な川だとアブラハヤとカジカが出てくる,というようなものです(表−2)。こ のケースですと,この車沢という所だけが最初,想定したのに比べて,源流的な川に 入るのかということになります。両生類については,里山を流れる川だとカジカガエ ルしか出てこないのが渓流的な川,源流的な川では色々な両生類が出てきます。こう いう結果から最初に仮説として選んだ環境区分が正しいかどうかということをチェッ クし,それぞれの環境がどうなるかを予測していくというストーリーです。
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図−3 河川域の予測例 | |||
表−2 類型環境区分の検証の例 | |||
3.1 河床問題 堰の基本的な環境への問題の1つとして河床の問題があります。図−5のピンクの 線がある堰の現在の河床を示したものです。ここに堰があるために,ここで河床高が 4メートル程度,その上下流の間で上がっているわけです。例えば,この固定堰を撤 去したときにどのような変化が生じるかという問題があります。その固定堰を撤去し たときに上流に溜まっている土砂が下流に移動し始めます。そうすると,下流の河床 は当然あがるだろうと言うことが予測されるわけです。どのような時間スケールでど の場所がどのような粒径で上昇するかという点が予測の中で一番難しいところなわけ です。 現在ある堰より上流は,交互砂州が出来て,砂礫堆がある河道です。それより下流 が干潟になってくるわけです。図−5を見ていただきますと,黒い線が昭和40年, 一番上のオレンジの線が昭和30年ですから,ここ数十年で河床がおおきく低下して きているのが分かると思います。現在の堰より下流で,河床高がほぼ4メートルから 3メートル低下しているということがわかります。数十年前には河床高がそれ程低く ありませんでしたから,堰の前後での河床高の差というのは,わずか2メートルくら いだったわけです。それが現在は4メートルくらいの河床差になっています。この河 床の形態を見ていただきますと大体分かるのですが,河口から0キロから5キロくら いまで,ほぼ河床が水平になっているのがわかります。これは海の影響を強く受けて いるからです。いわゆる干潟のある区間になります。それから5キロくらいから10 キロくらいまでは水平ではなく,少し勾配がついている区間です(昭和40年の河床高 さを参照)。河床材料で見ますと,昔砂だった区間です。ここから下流がシルトが溜 まっていた区間です。丁度,遷移域的なところです。10キロからほぼ一様の勾配で, 河床材料が礫の区間になっております。私共が予測しているのは,現堰を取ると上流 の河床は当然下がり,下流の河床は上がるだろうということです。しかも,河口から 11キロくらいまでは,おそらく砂礫堆が出来るような河道になってくるだろうと予 測しています。 現在,河床が下がってきたために海の影響が11キロまで出てるので,昔,砂だっ た区間がどうなるかという予測は非常に難しいのです。私は砂が上に若干かぶるだろ うと予測しています。土研の藤田室長はかぶらないだろうと言っております。この点 に関するシミュレーションをどうするかということが現在議論になっています。
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3.3 生物への影響(カニを例に) また,干潟にはいろいろなカニがおります。シオマネキとハクセイシオマネキとい うレッドデータのカニがいます。彼らは砂に付いている藻類をはぎ取って食べるんで す。藻類をはぎとる器官が砂の粒径に対応してますので,彼らの生息分布というのは 河床材料の粒径に対応し,住み分けをしています。よって,粒径が変わると種が変わ るということです。この点を正確に予測してくれと言われますが,現在のところ困難 な状況です。”海の近くですから海の力が強く,多分変わらないでしょう”というよう なことしかいえないんです。特に,淡水と海水とが混ざる干潮域のWash Loadと呼ばれる細粒分がどう溜まるかという現象を面的にかなりの精度で予測することは難しい状 況です。 生物側の方では,一度に30センチ程度までだと,殆ど底生動物は死なないという 情報を出してこられます。彼らは,物理環境の予測の精度の方がずっと高いだろうと 思い,そういう要求をもってくるのです。しかし,結果的に見ると,我々の持ってい る精度はそれ程高くありません。非常に概略的な予測しかできないのです。土砂と水 理の面的な分布がどういうシナリオの時にどう溜まるかということが要求されるわけ です。ですから,大潮の時で中小洪水が来たような時に溜まるんじゃないかとか, 様々なことが言われているわけです。そのようなシナリオ書きも含めて,うまく体系 化されていないのが現状です。
3.4 まとめ 堰撤去による河床変動の問題も,もとの平らな河床になればほとんど影響ないと思 われますが,数十年間にいろいろな変化が見れると言うことで,現在,途中で見れる 変化はある程度予測することが必要だと考えています。これに関しては苦労していま す。非常にBasicなところで意外に困っているのです。土砂でも混合粒径の土砂移動は どうなるか,それもかなり粒径分布の広い,例えば100倍くらいの土砂移動はどう なるのかとか,ということも問題になります。また,ダム直下でアーマーコートが形 成されて,それが破壊された時には細粒分が出て来るんじゃないか,ということも言 われています。そういう問題も含めて今までの大きな出水があった時の洪水流量のと きどうなるのかではなくて,ひとつのシナリオを描き,その流量パターンの中でどう なるか,しかも,それがどういう確率で起こるのか等,そういうシナリオ書きも含め た議論が必要になってきています。平衡解の議論から平衡に至る動的な課題を記述す るいくつか答えのある問題に移ってきた感じがします。
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