2023年8月号 新会長インタビュー


「異なる意見」を歓迎する土壌をつくり
社会課題解決へ向けたイノベーションを


第111代土木学会会長
田中茂義
[聞き手]岩城 一郎  土木学会誌 編集委員長


谷を越えて人をつなぐ橋のロマンに魅せられて

―ご就任おめでとうございます。会長が土木の道を志したのは、どのような理由でしたか?
田中―私は山梨県の出身で、子どもの頃に父のバイクの後ろに乗って、大月にある「猿橋」を見に行ったことがあります。猿橋は深い渓谷の両側から梁をせり出し、真ん中でつないだ刎(はね)橋で、「一体どうやって造ったんだろう」と感嘆しました。その頃から、谷を越えて2地点間をつなぎ、人を渡す「橋」というものの概念に魅力を感じるようになりました。
大学で土木へ進んだのは、そんな原体験が関係しているかもしれません。
卒論は、橋梁の架設方法やその歴史について研究しました。
―大成建設に入社してからは、橋梁技術者として活躍されたのですね。
田中―入社2年目で南北備讃瀬戸大橋下部工の現場に配属されるなど、いろいろな経験をしました。なかでも印象深いのは、1992年から担当した北海道の十勝大橋の工事です。幅員約33m、中央径間約250mの大きなPC斜張橋でした。
この工事では、3回も巨大地震の影響を受けているんです。釧路沖地震では、橋脚全体が垂直に10p沈下し、支保工をすべて組み直しました。翌年の北海道東方沖地震では共振現象でワイヤーが外れてタワークレーンのブームが折れ、原因究明に追われました。阪神・淡路大震災では、閉合に必須なPC鋼棒を製作する神戸の工場が被災しました。
これらの経験を通して、現場の責任者として工事を無事に竣工させることがいかに大変かを痛感し、また、大きなやりがいを感じました。
―当時は橋梁も、新技術が目白押しだったでしょう。
田中―そうですね。1997年に作業所長として手がけた第二名神高速道路揖斐(いび)川橋は、PC・鋼複合エクストラドーズド橋で、セグメント1個が400tにも及ぶ大きさでした。大成建設としても初めてのことで、施工法を検討するため、1年間かけて海外を視察しました。
その結果、プレキャストの実績が豊富なフランスのブイグ社と提携することに決め、プレキャストセグメントの型枠装置や形状管理、堤防を跨(また)ぐ側径間の施工法などの検討を重ね、ようやく竣工させたのです。ビジネス習慣の異なる外国企業との協働は大変でしたが、いい刺激になったし、日本の関係各社が学んだことも大きかったと思います。

[日 時]
2023年4月24日(月)
土木学会役員会議室にて

「心理的安全性」を確保し自由に発言できる場に

―会長に就任された現在の率直な心境はいかがでしょうか。
田中―古市公威に始まる歴代会長の系譜に自分が連なることに、身の引き締まる思いです。よく言われるように、土木学会は産官学の"土木屋"が集結していることが最大の特長です。だからこそ、技術のことでも何でも、困ったときに聞けば答えてもらえるような、土木技術者全員の心のよりどころにしなければと思っています。
―「土木の魅力向上」を掲げた会長特別プロジェクトを立ち上げる予定と伺いました。
田中―まずは土木技術者自身が楽しく働ける状況を整え、その面白さを実感してもらうことが大切です。そうすれば彼らを通じて自然と世の 中に魅力が伝わるでしょう。土木学会としても、国民にアピールする継続的な仕組みをつくるつもりです。土木の良さが浸透すれば、社会からの評価が上がり、技術者のステイタスも上がるはず。私のプロジェクトがそうした好循環のきっかけになればと思います。
具体的には「魅力ある土木の世界発信小委員会」と「土木技術者ステイタスアップ小委員会」を立ち上げます。土木の魅力を伝えるコンセプトムービーを制作するとともに、アンバサダーも選定する予定です。本州四国連絡橋や黒部ダム、青函トンネルといったビッグプロジェクトの技術を後世へ遺すためのアーカイブづくりにも、着手するつもりです。また、地方で活躍する技術者に焦点を当て、能力向上や技術継承などさまざまな角度から議論を進めます。
―学会誌には何を期待しますか?
田中―最近の学会誌は、表紙や誌面に人がたくさん登場していますね。土木は個人にフォーカスしてこなかった結果、一般の方は土木や土木技術者と聞いてもイメージが湧きません。もっとアピールすべきです。現状では学会誌の配付は会員限定ですが、できるだけ多くの人に読んでほしいですね。
―編集委員会では、学会誌の電子化やオープン化を進めるための議論をしているところです。
田中―今の若者は、いわゆる「デジタル・ネイティブ」です。例えば、ダムやトンネルの工事で機械化・自動化が驚くほど進展している現状は、彼らにとって魅力的に映るのではないでしょうか。DXを取り入れたこれからの建設業の姿を、若い技術者たちが率先して伝えていくといいと思います。
一方で、若手に自発的な情報発信を促すには、「心理的安全性の確保」が何よりも重要です。「どんな発言をしても大丈夫」と思えたら、活発な議論が実現します。100人いれば100通りの意見があって当たり前。学会の委員会活動でも積極的に「異なる意見」を求める土壌づくりを進めてほしいですね。
―最後に、会長としての抱負をお聞かせください。
田中―土木の世界からイノベーションを起こし、それによってさまざまな社会課題を解決したいですね。今こそ、人口が減少しても国を衰退させないような社会基盤整備が求められています。われわれは変わることを恐れず、勇気を持ってイノベーションを起こしていく。今回の魅力向上プロジェクトをその起爆剤にしたいと考えています。
―ありがとうございました。
© Japan Society of Civil Engineers 土木学会誌編集委員会