会長からのメッセージ


デジタルで土木の世界を変革する


田中 茂義 TANAKA Shigeyoshi 第111代土木学会会長

ICTやAIなどのデジタル技術の活用で従来のやり方が大幅に見直され、人々の生活や産業界が大きく変化する時代が到来しています。建設の世界でも、ダム工事などで複数の重機が自動連係する無人化施工が実現しており、トンネル工事においても削孔やロックボルト打設などの一連の施工サイクルの自動化が進み、安全性や生産性の向上が図られています。BIM/CIMによるプロジェクト管理やデジタルツインを活用した設計・施工計画の検討、日常の業務管理のデジタル化など、建設システム全域にわたり技術革新が進展しています。われわれはこの変化を自分事と捉える必要があります。
現在、産業界で試行されるデジタル技術の活用事例として、小売り(リテール)と技術(テック)の融合であるリテールテックを紹介します。あるドラッグストアの天井にはAIを搭載した多数のカメラが吊(つ)り下げられ、陳列棚にある商品や客の動きを見ています。カメラがデータを収集してAIが解析し、来店客の年齢や性別、入店から売り場までの到達時間、売り場での滞在時間など、店内での動きを追い続けます。買わなかった人の動きも追って、「買わない理由」を分析します。このような活用が商品の購入を促す売り場作りに成果を上げているそうです。
また産業界だけでなく、コンマ1秒を競うモータースポーツにもICTやAIが活用されています。F1ではエンジンの回転数やブレーキ圧など、1レース当たり数百ギガバイトものデータを瞬時に解析し、最適なレース戦略を策定します。またレース中のドライバーに生体情報を計測できるアンダーシャツを装着させ、メンタル情報などのデータを可視化します。ドライバーの経験や勘でマシンを仕上げた時代は去り、AIを駆使したデジタル革命が進められています。

写真1 未来の土木技術者・横須賀工業高等学校の生徒との懇談

建設業界においても、AIを用いて熟練技術者の技を見える化し、若手への技術継承に生かそう、という動きがあります。建設機械のICT化、AIによる施工状況の安全確認などは既に現実化しています。
土木技術者も人口減少社会に備え、変革に舵(かじ)を切らなければなりません。効率的にインフラシステムを整備し、人々のウェルビーイングの実現に資することがわれわれの使命だからです。変革への舵取りには、仕組みと手段、物の見方や意識の変化が重要です。この上で、おのおのの立場を越えて協働する必要があります。
「ミネルヴァのふくろうは、たそがれがやってくるとはじめて飛びはじめる(1)」、ローマ神話に登場する知恵と工芸の女神ミネルヴァは、一つの時代が終わると夕暮れにふくろうを放ちます。ふくろうは空から地上を見て、何が終わり、何が始まりつつあるのかを確認して戻ってくるのです。女神ミネルヴァはふくろうの情報を聴いて知恵を絞り、次の時代に備えます。われわれ自身が女神ミネルヴァとなり、近未来へ備えなければなりません。
変革とは、従来の考え方ややり方に固執せず、捨てるべきものは聖域を設けずに捨て去って環境の変化に対応し、変化を先取りする行為です。過去の成功体験に固執しては新しいことにチャレンジできませんし、時に敗因となります。変化を受け入れるメンタリティを持ち、リスクを取って第一歩を踏み出していきたいと思います。



参考文献
(1)G・W・F・ヘーゲル(著)、藤野渉、赤沢正敏(訳):法の哲学I、中公クラシックス、Kindle版、中央公論新社、2013年

会長プロジェクトでは動画配信中。会長が土木の魅力を語っています(QRコード参照)。
© Japan Society of Civil Engineers 土木学会誌編集委員会