関東の土木遺産 関東の土木遺産
土木遺産の概要 施設位置図 施設一覧
   
群馬県渋川市/榛東村/吉岡町/高崎市
はるなさんろくさぼうえんていぐん
榛名山麓砂防堰堤群
平成16年度認定(2004年)
 榛名山麓は、土屋文明の「ふる里を歌う」にあるように、わが国の経済を支えた養蚕の産地であり、古墳時代の榛名山の火山による噴出物のために脆弱な土地で、毎年土砂災害に見舞われていた。また、物資輸送は利根川の舟運によって行われており、その航路の確保が急務であった。内務省の石井局長の提言に応えてデ・レイケは、「利根川流域も山林を保護しなければならない」。
 デ・レイケの指導を受けた内務省の技術者によって、明治15年(1882)から36年(1902)にわたり現地産の巨石等を使用した石堰堤・土堰堤等の施設が整備された。現在も24基の巨石堰堤がその使命を果たしている。
 一帯の地形や土地の安定化が図られ、戦前から戦後における輸出産業の花形であった生糸・絹織物の原料である繭の供給を果たしてきた。高崎市箕郷には、その往時を記念して「日本絹の里」資料館が建設された。
 現在は、陸上自衛隊の駐屯地や梅・梨・葡萄等の果樹園芸に替わり、さらに、群馬用水の新設により水田にも替わり農産物の供給地として栄えている。
 
■悪沢 7号堰堤  悪沢 7号堰堤
■自害沢 3号堰堤  自害沢 3号堰堤
■悪沢 8号堰堤  悪沢 8号堰堤
所在地: 群馬県渋川市/榛東村/吉岡町/高崎市
竣工年: 明治15年〜35年
構造形式等: 重力式巨石積砂防堰堤
(高さ) 2.73m〜5.82m
(長さ) 6.92m〜21.84m
授賞理由: 明治期にデ・レイケの指導を受けた技術者によって造られた砂防堰堤群。自然石を用いたアーチ形状と、天端の縄たるみ形状が美しい。
管理者: 群馬県
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