論文番号 94

著者名 小野信幸

論文題目 海底の傾斜に伴う砂れん間の砂分散量の差を考慮した底質移動モデル

討論者 出口一郎(大阪大学,工,土木)

質疑

 モデルの展開の中で,掃流と浮遊は独立であると考えられています.掃流砂と浮遊砂の関係を議論すると非常にやっかいなことになるとは思いますが,独立に評価できるのでしょうか?.Madsen らの漂砂量式は,明らかに砂れんが存在し,その上で顕著な浮遊がある場合にも適用されます.この式を用いると浮遊砂量を2重に評価することにならないでしょうか.

回答

 ご指摘の通り Madsen らの式は,底面せん断力により掃流・浮遊状態で移動するすべての砂を対象としております.本研究でもこれを前提としてモデル構築をしております.すなわち砂れんの頂部でせん断されて移動する砂のうち,ある割合R(0<R<1)のみが砂れんの後流渦に巻き込まれ,残りは底面に沈降してしまうと考えています.砂れんの後流渦に巻き込まれた砂は,次に流れが反転する位相で渦に巻き込まれつつ砂れんの反対側に運ばれ,渦の拡散と共に拘束が解かれて沈降する分と上方に巻上げられて浮遊する分とにわかれるものと考えます.この上方に巻上げられて浮遊する分と浮遊砂が沈降する分とは,底面からある高さのレベルで釣り合っているものと思われます.

 砂れんの後流渦に巻き込まれた砂の挙動を数値モデルで再現し,2次元的あるいは3次元的な海浜変形を論ずるまでには,まだ多くの課題が残されております.そこで,本研究では,移動床と同じ形状をした固定床の砂れんをつくり,その上に適量の砂を置き,波の作用の下での総体的な砂移動速度を実験的に定式化し,これを数値モデルに組み込むというハイブリッドモデルを構築しております.固定床砂れんの場合,砂れんの後流渦に巻き込まれる砂は,砂れんの谷部に置かれた砂からのみ供給され,移動床の場合のように砂れんの頂部からは供給されません.したがって,砂れんの後流渦に巻き込まれる砂の挙動のみを物理的に取り出すことが出来るものと考えております.移動床に比べ,浮遊砂の濃度の絶対値は小さいのですが,時事刻々のプロセスにおける砂の空間的濃度分布は固定床と移動床とで相似となっているものと思われます.そうであれば,砂の総体的な移動速度は等しいと考えてよいと思われます.速度が求まれば,移動床における浮遊砂量の鉛直分布の経験式を用いて,実際の移動量を求めることが出来ます.勿論その場合,掃流により浮遊にあずからない分(1ーR)も考慮します.また,このRは,水平移動床の漂砂量に関する実験値を用いて定量評価しております.

 

討論者 服部昌太郎(中大,理工)

質疑

 式(13)中の J が本研究の目玉と思われる.この J の物理的意味付けと,本研究では如何にして J の評価を行ったのかを,ご説明下さい.

回答

 このモデルでは,水平床における砂れん1波長内での掃流・浮遊で移動する砂全体の平均移動速度を VTG で示し,これに海底勾配θによる効果Jtanθを加算することで速度調整し,勾配があるときの岸沖方向の移動速度 VTG’を表示しております.このようなやり方は,P.S.Eagleson [ASCE,1963] により海浜の平衡勾配を論ずるときに試みられたことがあります.Eagleson の場合,Jは勾配の存在による重力の影響度を示す係数で,波の周期の逆数の3乗に比例すること,すなわち水粒子速度が大きくなれば海底勾配の影響は減少するものとなっております.著者らが,北大の山下他による傾斜U字管を用いた研究[第33回海講,1986]の結果を参考に検討した場合も,同様の特性が得られております.

 しかし,実際の水槽内での海浜変形を対象としたとき,Jの特性は,このような単純な原理に基づくものとは考えられません.そこで,本研究では,Jは与件として扱います.

すなわち,本研究の目的は,水槽内にモデルとして造られた平衡海底地形および漂砂現象をハイブリッドタイプの数値モデルで再現し,養浜,土砂採取,海面上昇等の新たなインパクトに対する海浜変形を数値計算で予測することにあります.勿論ある限られたケースについては,計算と実験を比較し,再現性のチェックも行ないます.したがって,同一断面で数値モデルに再現すべき海底地形は,水槽実験から与えられることになり,局所的な漂砂現象さえ正しく数値モデルに再現してあれば,Jの特性は容易に求められることになります.

本研究は,従来移動床実験による漂砂対策工法の代替案比較が,同じことを2度正確に繰り返すことの困難さ,時間と労力を多大に消耗すること等の難点を克服することを目指しています.さらには,海浜変形の予測結果の正しさを実験的に随時チェック出来るシステムともなっております.この手法による検討は,あくまで室内スケールの域を出ませんが,それでも多くの困難な海浜変形に関する課題に答えることが出来るものと信じております.

 

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