■ 土木学会第108代会長 会長就任にあたって
2020年6月12日
2020という年、土木学会は何をなすべきか?
2020年はどう位置づけられるのか? COVID-19災禍に総力をあげて立ち向かってきた私たちにとって、今それを見極めることは至難です。しかし、この2020年という年は人間の記憶に鮮明に刻まれるでしょう。 世界中に広がったCOVID-19は、現時点まで数か月間に41万人を超えています。国内では、5月末に全国の緊急事態宣言が約1ヶ月半ぶりに解除されましたが、第二波・第三波の災禍に対して予断を許しません。海外との人の行き来も止められたままです。依然として未知の要素も多く、また対応上の様々な課題を残しました。
一方で、約100年前のスペイン・インフルエンザの時代と比べると、医学の知見や医療システムはもちろんのこと、わが国では信頼に足る高度な上水道や下水道、あるいは電力・通信や運輸システムといった、各種の社会インフラが格段に整っています。これらの存在によって、感染拡大を一定程度に抑え、不便を強いられたとはいえ必要な生活水準と都市機能を維持できたこともまた明白な事実です。もし安心できる上下水道がなかったら、もし自然災害によって大規模な停電が発生していたら、などと考えると背筋が寒くなります。しっかりした運輸システムに支えられた流通体系が整備されていなかったら「ステイホーム」もままならなかったはずです。ソフト面を含めた各種のインフラの恩恵は絶大であると言えましょう。
今、私たち土木の分野にとって「防疫」のもつ意義を改めて強調したいと思います。戦前のインフラ政策全般に絶大な貢献をなした後藤新平は、内務省衛生局を行政・政治活動の出発点としました。アフガニスタンで長年にわたって医療活動に携わり、昨年テロリストの襲撃に斃れた中村哲医師は、疾病の潜在要因である栄養失調と不衛生を解消するため、「100の診療所より1本の用水路を」と唱え、彼の地に自ら、大規模な用水路を実現しました。「防疫」は、土木の根幹的目的の一つとして「防災」と並ぶものです。この状況下での私たちの緊急かつ重要な役割は、日本をはじめ途上国を含めた世界の人々を、感染症及び関連して生じる様々な災害から防護することであると痛感します。
外出自粛が続く中、私たちはこれまで無意識にどっぷりと浸かってきたわが国の暗黙の社会の理念とシステム、そして種々のインフラのあり方を反省的に振り返る機会を得ました。まず何といっても、人の往来とコミュニケーションの意義、そして人々の「連帯」の重要性が強く確認されました。私たちは、ライフスタイルとワークスタイル、そしてそれを支える社会システムが今後どのような方向を目指すべきか、共有したように思います。
一方で、これまで、ものづくり大国と称してきたものの、必要な財の生産能力やそのサプライチェーンには改善の余地が大きいことが明らかになりました。また、行政や家庭レベルの情報通信インフラをはじめ、社会システムの情報化が未熟であることや、情報社会に潜在する「危うさ」、そして、大きな恩恵をもたらすグローバル経済に潜むリスクも再認識されました。しかし、そうした中で、大都市圏では、テレワークなどの強力な推進により、交通集中を大幅に緩和することの可能性を実感しました。さらに、国土政策のレベルでは、大都市圏、とりわけ東京への人口と機能の集中がもたらす問題と地方充実の必要性が再確認されました。
世界中がCOVID-19災禍を経験した今、私たちは単に従前への復帰を目指すのではなく、ポストパンデミック社会における理念とシステムの再構築に向け、積極的にハード・ソフト両面のパラダイム転換を進めるべきではないでしょうか?
2020年は、残念ながら1年間の延期を余儀なくされた、東京オリンピック・パラリンピックの年でもあります。「TOKYO2020」を迎えるために交通分散を図る種々のTDM施策などを準備してきましたが、来年の大会実施においては、従来の大会よりもはるかに充実した衛生対策とともに、人や交通の流動管理を徹底して強化することが必要となるでしょう。
前回1964年の東京大会は、現代インフラ整備のスタート時期にあたり、以来、立ち遅れていた種々のインフラが営々と構築されてきました。それから半世紀が経過し、その間に社会環境も国際環境も、技術環境も、そして様々な意味でのわが国のポジションも極めて大きく変化しました。そうした時代認識からも、「TOKYO2020」の今年は、インフラにとっても、新たな社会のニーズに応えるために、再び新たなスタートを切る時期ではないかと思います。
COVID-19災禍は、1929年の世界恐慌クラスの甚大な社会的・経済的影響をもたらすことが懸念されており、各国とも強力な経済対策が不可欠な状況に至っています。その一環として公共事業も一定の役割を担う必要があります。近年頻発している激甚災害への対策強化や、高速道路延長の凡そ30%をも占める二車線区間の解消など、整備を急ぐべき事業も多々あります。また、インフラ全般が今後も健全な機能を発揮し、社会の安寧と繁栄を支え続けるためには、老朽化するインフラを「予防保全」さらに「改良保全」の考え方に基づいて維持・更新を確実に実施することが不可欠です。そして、さらに重要なことは、従来型のインフラを水平的に展開することに留まらず、既存の制度的制約を乗り越え、新技術をも駆使して、ポストパンデミック時代のインフラの進化と転換―「垂直的展開」―を進めることであると考えます。
さて、昨年6月より1年間、私は次期会長として、林康雄前会長をはじめ理事の諸氏や関連する研究委員会の方々とともに、今年度から始動する「JSCE2020」の着実な実施に加えて、土木学会はいま何をなすべきかについて縷々議論し、その一部については皆で協力・分担して進めてきました。改めてここでその要点をまとめます。
第一の重点ポイントは、「大災害への的確な対応と社会への発信」です。大災害にあたっては、しっかりした学術的な調査研究活動の実施と並行して、総合的な視点に立った検討を迅速に実行し、必要な声明や提言を、社会に向けて、時機を逸せずに発信することが極めて重要です。その発動の仕組みを学会に創設し、昨年10月の東日本豪雨災害では、林康雄前会長を団長とする総合調査団が編成され、治水政策の変革を求める提言を発信しました。大災害は、いろいろな意味で「転機」でもあるわけです。
今回のCOVID-19についても、この考え方に立脚して、「パンデミック特別検討会」を設置し、衛生工学、自然災害と感染症との複合災害、建設マネジメント、ライフスタイルと働き方の改革、国土・交通・インフラ政策など様々な視点に立ち、短期施策から長期的なインフラ整備のあり方まで多次元的に検討し社会に向けて必要な発信を逐次行っていきます。
第二は、「東日本大震災復興10年の総括と次なる大災害への備え」です。本年は2011年の東日本大震災復興期間の10年目という節目の年にあたります。これまで実施してきた復興活動の良き点と反省すべき点を総括し、南海トラフ地震・津波や首都直下地震など、今後予想される大災害への備えに積極的に活かすため、7月より1年間、4回にわたって「東日本大震災復興リレーシンポジウム」を行います。
第三は、「海外インフラ展開の戦略的推進」です。その重要性には多言を要しません。世界を俯瞰的に理解するとともに、自らの強さと改善すべき点を虚心坦懐に直視し、じっくりと腰を据えた海外展開の戦略的な推進が必要と考えます。このため昨年度より準備を進め、6月からは「今後の海外インフラ展開に向けた変革のあり方検討会」を正式に設置し、逐次、社会に向けて提言を発信していきます。
第四は、「インフラメンテナンスへの戦略的取り組み」です。メンテナンスは、片時も看過されてはならない必須の基礎的活動です。その重要性を再確認し、土木学会にインフラメンテナンスを力強くなおかつ恒常的に位置づけるため、既存の関連委員会を発展的に統合し、会長を委員長とする「インフラメンテナンス総合委員会」を常設することとします。
第五は、「JSCEの新たなパートナー展開」です。本来、インフラや国土の整備・マネジメントは、施設管理のサイドに立つ者と、インフラや国土そして私たちの仕事に関心を寄せ様々な協働活動をされている人たちの密接な協力があって初めて充実するものです。また、インフラメンテナンスなどの業務は地方公共団体など公共セクターの技術者や地方の民間企業などが主な担い手です。そういった方々や団体を土木学会のパートナーと位置づけ、より緊密な協力体制がとれるよう制度的充実を進めます。
以上、この大きなパラダイム転換の時代にふさわしい積極的な転換に取り組む所存です。会員の皆さまのより一層のご協力とご支援を賜りますようよろしくお願い申し上げます。
Last Updated:2021/06/11