会長からのメッセージ
バランスとハーモニー
あるものやことを表す言葉を得たことで、見方、考え方、そして行動が変わります。つまり、そのことがイシューになります。私たちの毎日には、そうしたイシューになる言葉が次々と生まれ、程なくそれは当たり前のことのように受け取られていきます。その一つにワーク・ライフ・バランスがあり、これについて考えてみました。というのも、9月に開催されたD&I勉強会の講師、矢島洋子さんのお話(1)から気付きを得たためです。
ワーク・ライフ・バランスという時にライフは子育てというイメージを持たれやすいが、それだけではなく、介護、自身の治療あるいは地域活動、自己啓発や副業など、多種多様である、と矢島さんは指摘くださいました。そのため、ワーク・ライフ・バランスをある年代層の要望というようにくくってしまうことはできない、とも。なるほど、その通りですよね。
さて、そこから私の思考はバランスという言葉に向かいました。バランスというと、相反する性質を持つものを調整して破綻しないようする、というニュアンスがあるように思われます。ヨガのバランスポーズは、前後や左右にかかる力を意識して倒れないようにします。バランスの取れた食事は、偏りがないように必要な栄養素の量を調整します。この時、バランスさせる対象は、互いに独立する変数のように見なされます。
一方、異なるものの関係を表すには、ハーモニー、つまり調和という言葉もあります。私の専門分野である景観においても調和はとても重要な概念です。例えば1936 年に書かれた加藤誠平の『橋梁(きょうりょう)美学』という本には、風景の中での橋梁の調和の考え方に、消去、融和、強調という三つがある(2)と示されています。加藤誠平は上高地の梓川にかかる河童橋のデザインに関わった方です。この場所は、美しい自然風景の中に人工物である橋梁が加わったことで、より魅力的な景観として愛されています。
学会活動の一風景。オープンキャンパス土木学会2023にて(撮影:土木広報センター)
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この時の自然と構造物は確かに別種のものですが、デザイナーはこれらを互いに独立する変数と見なすというよりも、互いを尊重して良い関係を作り出すパートナーのように捉えるのではないでしょうか。音楽のハーモニーはまさしくそうですよね。
そう考えたのちに、ワーク・ライフ・バランスに戻ってみると、ワーク・ライフ・ハーモニーのような場合もあるのではないか、と思えてきました。もちろん仕事とプライベートを、オンとオフを、くっきりと分けることも重要です。しかし仕事がレイバー(苦役)でなくワーク(創造的行為)であるならば、それとライフ(人生)はパートナーといえるようにも思います。耳慣れた言葉こそ、折に触れ、それが意味することを改めて考えることで、概念は深まります。
では、学会活動はワークでしょうか、ライフでしょうか。この時のワークも、所属組織のワークの一部と一会員としてのワークとがあるかと思います。時にはレイバーと感じることもあるかもしれません。
さまざまな学会活動の中に、「これは私のライフでもあるかな」と会員の皆さんが思っていただける場面が増えるとうれしいな、と思っています。
(1)矢島洋子:DE&Iを進める取組〜事例に学ぶ、第2回D&I勉強会、第112代土木学会会長特別プロジェクト連動プログラム、D&I委員会、2024年9月17日(会員限定で動画公開中)
(2)加藤誠平:橋梁美学、山海堂、1936年(土木学会附属図書館戦前土木名著100書としてオンライン公開)