土木構造物の耐震基準等に関する提言「第二次提言」解説
1. はじめに - 提言の背景と概要 -
われわれは自然という地球の営みの上に生活しており、多くの恵みを享けるとともに、自然による災害の危険にさらされてきた。自然災害の規模・激しさは自然現象の特性のみならず、、国土・地域の開発、社会活動、社会施設の整備状況などわれわれの生き方にも密接に関連している。活発に活動する地震帯に位置するわが国は地震被害については、1891 年の濃尾地震の翌年 、官製の震災予防調査会が発足して以来、国を挙げて地震学と地震工学の両面から被害原因の究明と対応策の確立にあたってきた。国内では 1923 年の関東地震、 1933 年三陸沖津波地震、1948 年の福井地震、1964 年新潟地震、1968 年十勝沖地震、1978 年宮城県沖地震、1983 年日本海中部地震など、国外にあっては 1971 年のサンフェルナンド地震、1989 年のロマ・プリエタ地震等被害地震の発生の度に、地震動と震害の研究から、被害のない構造物の築造を目指して、合理的な耐震設計方法の研究を進め、構造物に適用していて、最近の 20 数年間に著しい発展があった。その基本となる地震動の強さはわが国の周辺海域にしばしば発生するプレート境界での大規模地震と内陸に震源を持つ地震を対象とし、近年の地震および歴史地震の発生過程に基づいて、確率的に求めるのが一般的であった。地震活動の時間尺度に較べてわれわれが取り扱う時間の尺度が極めて短く、その間、地震活動は同じように繰り返されると想定しているからである 。 地震観測 から得られた資料は耐震設計基準に生かされていて、結果的に本邦に於ける震害が非常に少ないことに反映している。一方われわれの地震に関する知識が限られたものであることは言をまたない。震源域の地震動については、対象とする規模の地震の発生確率が低いこと、観測網の目をごく細かくする必要がある事などの理由により最近まで量的な記録を得る事ができていなかった。内陸部の直下の地震では活断層が 1000 年単位の間隔で活動するという要因 が加わって、地震動に関する数量的な資料が得られていなかったのである。
阪神・淡路大震災はこのような事情の下で発生した。野島断層の北の部分から六甲断層系の断層の活動により、淡路島北部 −大阪湾 沿いの神戸市から尼崎市に至る諸都市は直下型地震動に直撃され、甚大な被害を蒙った。特に六甲山麓から海岸に至る幅約 1.5 〜 2 kmの間に密に人口が分布し、高度に発達した社会基盤施設を持つ神戸市の被害は激甚であった。
土木学会は、この震害の重大性にかんがみ1995 年 3 月「耐震基準等基本問題検討会議」を設置し、社会の現状と将来に向けて震害の軽減を目指した耐震設計基準等の基本的方向について検討を開始した。同年 5 月、耐震設計にあたり、従来の設計対象地震に加えて、震源断層近傍での地震動を考慮すべきであることを中心とした「第一次提言」( 以下第一次提言と略記 ) を行ない、1996 年 1 月には第一次提言の内容を深度化して耐震性向上のための諸方策を具体的に示すとともに、広い視点から地震防災性の向上の基本方針を加えて「第二次提言」( 以下第二次提言と略記 ) を公表した。
兵庫県南部地震における激甚災害は、マグニチュード 7 級 の直下の地震に対し構造物の耐震性能が十分でなかったことが基本的要因であり、加えて都市の地震防災機能の不足、危機管理システムの不備が人的・物的被害を増大させた要因であると指摘されている。この震害と過去の震害の教訓に基づいて、提案は社会基盤施設の保有すべき耐震性能の評価、対象とする地震および地震動ならびに適用すべき耐震設計法、既存構造物の耐震性能の診断と補強および都市の地震防災性向上について、今後進むべき基本的方向を検討した結果をまとめたものである。
以下に提言に示された各事項についてその概要を述べる。
- (1)土木構造物の耐震性の照査にあたっては、レベル1地震動とレベル2地震動の2種類の地震動を適用する。
レベル1地震動は、多くの土木構造物に対して従来から設定されていた地震外力にあたる。過去の地震発生の時間的経過に基づいて、構造物の使用期間中に1〜2回発生すると考えられる強さの地震動である。
レベル2地震動は、陸地近傍で発生する大規模なプレート境界地震に加えて、兵庫県南部地震のような内陸の直下の地震による地震動も対象とした発生確率の極めて低い地震動である。
内陸の直下の地震による地震動の策定にあたっては、活断層を同定しそのメカニズムを想定して、発生する地震動を予測することを基本とする。したがって、その適用範囲は地域によって差違が生ずる。活断層の情報から直接地震動を決定できない場合は、兵庫県南部地震などの断層近傍の強震記録を基に、震源断層近傍で予想される地震動を作成してレベル2地震動の基礎とすることができる。陸地近傍で発生する大規模なプレート境界地震の震源域の地震動については、上記の内陸の震源断層近傍の地震動とは異なる特性を持つことが予想される。 1993 年釧路沖地震 では震源が深く、 通常の震源深さを持つ地震の記録はまだ得られていない。このため、プレート境界で発生する巨大地震の断層近傍地域の地震動の観測と研究を進める必要がある。
- (2)土木構造物の保有すべき耐震性能と耐震設計法は、橋梁、ダム等の地上構造物、ライフライン、トンネルなどの地中構造物、堤防、盛土等の土構造物、港湾構造物等構造物の種類が多く、また、構造形式も多様であって、そのうえ、建設環境、使用環境も異なるため、それぞれ構造物ごとに評価し、適用すべき耐震設計手法を選択しなければならない 。レベル1 および 2 の地震動に対して 次のように対応するものとする。
レベル1地震動に対しては、すべての構造物を対象とし原則として構造物の機能が維持されるものとし、現行の耐震設計方法を適用して所定の安全性を持たなければならない。
レベル2地震動に対しては、当該構造物の重要度を考慮して保有すべき耐震性を評価しなければならない。
構造物の重要度は、 1)構造物が損傷を受けた場合、人命・生存に与える影響の度合い、2)避難・救援・救急活動と二次災害防止活動に与える影響の度合い、 3)地域の生活機能と経済活動にあたえる影響の度合い、4 ) 都市機能の早期復旧に与える影響の度合いおよび復旧の難易度等、を総合して決定する。
耐震設計にあたっては構造物が損傷を受けることおよび機能が低下することを前提としてその損傷過程に立ち入って耐震性能を照査することが必要である。許容される損傷ならびに機能低下の程度は各構造物の重要度、機能の早期の修復の可能性、経済性の評価により定めるものとし、構造物全体系が崩壊するようなことがあってはならない。
このため、レベル2地震動に対する構造物の合理的な耐震設計手法を確立する必要がある。
橋梁についてはレベル1地震に対し動的応答が弾性範囲のあるものとし、レベル2地震動に対しては崩壊しないことを限度として、重要度の応じて、動的応答解析から得られる塑性変形および保有耐力が所定の範囲内におさまらなければならない。
地中構造物については周辺地盤の地震時の変位と安定性が耐震設計の基本であり、レベル1地震動については構造の機能が維持され、レベル2地震 動については構造物が損傷しても機能に重大な支障が起らず短期間の復旧が可能な範囲でなければならない。
構造物基礎はレベル1地震動に対しては機能の維持を目標とする。レベル2地震に対しては上部および地中構造に重大な損傷が生じない事を目標とし、液状化防止が困難な場合には上部構造に重大な被害が生じないよう基礎の強化等を行うものとする。
岸壁、堤防、盛土等の土構造物では一般に復旧が容易であることを考え、重要度に基づき、重点的に対応すべきであるレベル1地震動 に対しては一般には軽度の損傷があっても早急に復旧できるものとし、レベル2地震動については支持する構造物や周辺の諸施設に重大な被害を生じないことを目指し、災害時の救援、復旧に必要な重要施設はその機能を維持することを目標とする。
- (3)阪神・淡路大震災における土木構造物の被害を踏まえ、既存土木構造物の耐震診断を早急に実施し、結果に応じて、構造物の重要度の評価と想定するレベル1およびレベル2の地震動とに基づいて設定された耐震性能を保持するように、適切な優先順位に従って耐震補強を行わなければならない。 一次および二次の 二段階の耐震診断により耐震補強が必要な構造物を選定し、新設構造物と同等の耐震機能を目標に、経済性、施工性を勘案し、機能の代替性の整備などソフト面を含めて、撤去、新設も視野に入れた対応が必要である。このためには、診断に必要なデータベースの構築、耐震補強技術の開発が必要である。
- (4)自然的に発達したわが国の都市では、都市の計画性、社会基盤の整備の状況は現在の社会活動には十分でなく、地震防災性に劣っている。
土木構造物の耐震性の強化と併せて、想定を超える外力への対応も考慮に入れ、より広い視点から総合的な地震防災性の向上を計るべきである。
- 1)自然条件、住宅条件、社会基盤施設の諸条件を総合した、区域ごとの災害安全性の評価、分析の実施、公表を柱とした災害アセスメント制度を導入して、適切な土地利用および施設配置を促進し、地域防災計画を都市・地域計画と連携させて地震防災機能を計画の基本に取り込むべきである。
- 2)災害に関する複数の機関、組織の情報の整合性を確保し、災害時の一元的活用を可能にするシステムを構成するとともに、大震災という非常事態への対応の論理( 災害管理の論理 )の構築と社会的合意の形成について検討すべきである。また、防災訓練の内容を改善し防災専門家を養成してその位置付けを適切にし、より高い防災体制の持続的維持を計るべきである。
- 3)地震国としてのわが国の特殊性を考慮して、構造物の補強費用や災害復興費用の負担ルールの明確化などを早急に推進すべきである。
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第2章:耐震性能照査で考慮すべき地震および地震動