建設年代が古く、構造物等に関するデータが不明な場合についての扱い方を述べ、耐震診断で必要となる建設年代、準拠年代、設計図書、施工記録などのデータベ ースの早急な整備の必要性を示した。
構造物の全体系としての性能とは、橋梁・基礎構造物の場合は上部構造、支承、橋脚、基礎の全体としてのバランスを保持するように考慮し、一部位の補強が他の部位の損傷に大きな影響を与えることがないよう全体系としての配慮が必要としている。
また、液状化の可能性がある地盤における構造物については液状化を考慮した地盤も含めた全体系での耐震性能の検討が必要である。
道路や鉄道施設の場合は線的に連続しており、橋梁・基礎構造物や盛土等の土構造物 およびカルバ ート等地中構造物により構成されている。このような場合では耐震性能が異なる構造物で構成されいること、また、代替施設の有無と迂回路距離が異なること等を考慮して、システム全体の地震防災性の効果的な向上を考慮する必要があるとした。
既存の土木構造物はそれぞれ建設年代が異なり、その種別や環境条件、使用状態、メンテナンス状況等によってその構造物が今後使用可能な期間である耐用年数( 平均余命 )も異なる。また、構造物としては健全であっても、使用環境の変遷に伴う機能不足が顕在化することなどにより、残された供用期間は異なってくる。
一方、構造物の耐震設計( 新設 )に用いる設計地震動として、供用期間を確率変数に含むと考えられるレベル1地震動と、供用期間には関わらず地理的条件等から設定される低確率のレベル2地震動を考慮すべきとしている。この基本思想を既存の構造物の耐震補強に適用するにあたり、以下のような2通りの考え方が提示された。
第一は、残された供用期間が短ければ、確率論的にはその構造物が遭遇する地震動のレベルは低くなり、それに応じて耐震補強レベルはある程度異なってくるのが当然との考え方である。たとえば、数年後に再建が予定されている構造物の耐震補強には限界があるだろうとの常識論である。
第二は、新設構造物、既設構造物を問わず大地震が発生すれば同程度の地震力を受けるのであり、レベル2の地震動を想定することに決めたかぎりは新設と既設の区別はないという原則論である。
想定地震動レベルを上げた新しい耐震指針が適用された場合、それ以前の指針で構築された構造物の実質的な強度が高いとしても、構造体の経年変化等を考慮すれば、新しい耐震基準が要求している水準を満足しない既存構造物が相当数存在することは明らかである。ただし、これらの構造物全てを新しい耐震水準に引き上げるには多くの困難が伴い、現実性がないこともまた事実である。一方、地震直後の救援活動に不可欠となる通信、交通ル−トの確保や救急施設などについては、通常の耐震基準以上の性能が要求される場合もあると考えられる。
構造物が地震を受けた際の想定被害を低減する選択肢の一つが既設構造物の耐震補強ではあるが、想定被害の程度に応じて地震後の応急復旧や再建を選択する場合もあり得る。また、直接対象構造物を補強するのではなく、代替機能を有したバックアップシステムの構築なども広義の耐震性向上対策と考えられる。
これらの討議を踏まえ、構造物の耐震補強の検討に際しては、原則として新設構造と同様の耐震性能を追求すべきものとした。耐震性向上対策としていったん耐震補強を選択した場合、その補強程度による工事費の差異は一般に小さいと考えられ、まずは新設構造物と同等の耐震性能を目指すべきであるとしたものである。したがって、このことは自動的に新しい耐震基準を満たさない全ての構造物を一律に耐震補強すべきであるとしたものではない。
前項の耐震診断では、構造物の耐震性を種々の指標で判定し、耐震性が不足する可能性がある場合に耐震補強の検討に進むが、対象構造物が供用中であることを考慮すればその補強方法は自ずから制約されるし、現状の技術水準では十分な補強効果が得られなかったり、構造的なバランスや合理性に欠けることも想定される。このような場合には、構造物あるいは周辺地盤の耐震補強というハ−ド面の直接的な対策ばかりでなく、対象構造物の補強レベルを多少低下してでも、代替システムの整備や早期復旧法の開発など、柔軟で合理的なソフト面での対策をも検討すべきであり、総合的な価値判断が重要となってくる。
耐震補強の実施にあたっては優先順位を決めて取組まざるをえないが、この決定過程を客観的に明示することが、耐震性向上対策事業を効率的かつ社会的に受 け入れられる形で進めてゆくうえで今後重要になるものと考えられる。
アメリカ合衆国連邦道路管理局発行の『道路橋耐震補強マニュアル』( 1995 )では事前評価手法の中で、道路橋の想定地震被害度の程度によって幹線道路網の橋梁 に優先順位を付けるための数量化手法( 優先度指標 )を示している。これは耐震診断の段階で、構造上の脆弱性および地震活動度に基づく等級付けを行い、次に構造物の重要度( 社会的、経済的要因 )、非地震関連の構造要因、その他ネットワ−クの代替機能性等の要因を加味して優先度指標なるものを算定するとしている。
河川堤防、護岸、岸壁、擁壁、盛土などの土構造物は、延長が長大であり、大規模地震に対応できるように耐震性を向上させるには現状の技術水準では財政的負担 が大きすぎることから、その崩壊が甚大かつ長期、広範囲に及ぶような影響を及 ぼしたり、地震後の救急活動に不可欠な部分を優先させる考え方が要求される。
ライフライン等の構造物については、個々の構造体の耐震性以前に供給システムとしての強靭性を維持・確保するため、ルート別の優先順位が検討され、局部的な崩壊がシステム全体の機能麻痺に陥らないように補強すべき構造物を特定してゆく手順が必要となろう。
構造物の耐震補強は、地震時に部分的な損傷は受けても急激な全体崩壊を回避するなどの相対的に望ましい破壊形態に導くような補強方法を模索すべきである。これまでの震災事例などから、甚大な被害に結びついた構造要素( たとえば剪断耐力が不足した橋脚、地下鉄の中柱、落橋に至った支承周辺構造等 )が着目され、これを効果的に補強する以下のような対策が検討されている。
橋梁・基礎構造物の鉄筋コンクリート脚柱では、鋼板や鉄筋コンクリートあるいは炭素繊維を巻立てて補強する工法が実用化されている。鋼製橋脚では、コンクリート中詰めによる橋脚柱の座屈防止が図られている。
土構造物の護岸・岸壁では、背面土圧や液状化圧力等を軽減する地盤改良、既存護岸の変形を抑制する異種構造物の併設、既設構造物の一体化などが考えられている。
耐震補強は、現状構造物の地震時の危険性を減少させる一つの方法として選択されるが、地震時に想定される損傷形態や被災程度とそれが及ぼす影響度合い、復旧の難易度によって現実にはその補強程度や方法が変わってくる。最近注目を集めつつある免震構造化や地震荷重を適切に分散化する構造等も有効な選択肢の一つとして検討されるべきと考えられる。
耐震補強工法の選定にあたっては、今回の地震で比較的被害が軽微であった構造物の分析結果などが参考になる。たとえば、地中埋設管路におけるフレキシブルジョイント、地下鉄におけるコンクリ−トが充填された鋼管柱など、今回の地震でその耐震性が評価された構造を、積極的に取り入れることも考えられる。しかしながら、今回の大震災において大きな損傷を受けた構造物と比較的損傷程度が低かったものの差異が全て解明されたわけでなく、耐震性能を適切に予測する技術の確立が一層望まれる。
また、これらの耐震補強は、既設構造物であるため、多くの場合、構造物を供用しながら、耐震補強工事を実施することが要求されるため、施工期間、施工スペースが制限され、かつ振動・騒音等に対する周辺環境からの規制条件も厳しくなると考えられる。このため、施工性、安全性、経済性、周辺環境への影響度および維持管理の容易性を考えて選定することが望ましい。
耐震補強では、維持管理の容易な方法を採用することも重要である。これは現時点での知見に基づいて施された耐震補強法でも、技術開発の動向( 新工法、新材料 )によって見なおす必要が生ずる可能性があること、および、重要な箇所であればあるほど補強後のモニタリングが不可欠となるからである。たとえば、ライフラインについては、可能であれば重要な幹線ラインは共同溝に改変して維持管理が容易になるシステムをめざすことが望ましく、現実の予算面、既設のル−トの制約を考慮に入れた上で対象部位を選択する必要がある。
補強された構造物は、新設構造物に比べより複雑となるため、従来の設計式や新設構造物に適用される評価式では対応できない場合がある。補強された構造物の耐震性能評価は、耐震診断の二次診断に用いる手法に基づいて実施するが、より詳細な挙動を把握するため、構造物や地盤の非線形性を考慮した数値解析も有効と考えられる。また、必要に応じて模型実験や実物載荷試験を実施したり、あるいは地震観測によって得られた知見に基づき耐震性評価の妥当性を再評価・検証することが望ましい。
補強部材の取付け加工などによって構造本体の強度の低下を招いたり、補強された構造部材の耐荷性能が向上しても、これを支持する未補強部材の負担が大きくなり、結果として構造全体の耐震性能が不足する場合があり得る。また、特定の構造物補強工が隣接するより重要な構造体の損傷を誘発する可能性や、補強対策工の影響程度を総合的に評価しておく必要がある。
補強された構造物に対しては新設構造物と同様あるいはそれ以上の頻度で定期的な点検を行い、劣化等に対する維持管理を適切に行い、必要に応じて補修を行なうのが望ましい。
特に人的災害への影響、社会経済的コストへの影響が大である重要な構造物、施設については、地震観測を併用したモニタリングを行い、中小規模の地震に対する挙動のデータを蓄積・分析し、目標とした耐震性能が保持されていることを確認すべきである。さらに、維持管理の過程で得られた新しい知見に基づき、構造物の耐震性能評価手法や補修方法を見なおして行く姿勢も重要である。
今後、兵庫県南部地震による強震動を想定してわが国の地震防災性の向上を図るためには、多くの既存土木構造物の耐震診断と耐震補強が不可欠である。しかしながら耐震診断と耐震補強は容易な事業ではない。補強を必要とする構造物の数量は全国規模で考えれば膨大な量に達する。高速道路橋、鉄道、地下鉄、各種コンビナート施設など緊急な補強を必要とする構造物は無数に存在し、かつ構造物も多種・多様である。さらに耐震診断と耐震補強が容易でないことの原因の一つとして、ほとんどの構造物、施設をそれらの機能を停止することなしに実施しなければならないことである。道路、鉄道等にしてもそのほとんどは供用しながら補強工事を行うことが要求される。このため、補強工法や施工時間が大きく制約を受けることになる。阪神・淡路大震災のような悲劇を二度と繰り返すことのないように地震に強い国土を建設するためには、耐震診断と耐震補強が国家的事業であることは明白である。このためにはこれらの困難を克服して、施工法、経済性に優れた耐震診断と補強技術を開発することが急務である。
現在、コンクリート橋脚や地下鉄柱部の鋼板巻きによる補強が関係各機関によっ て積極的に進められている。未着工の関係各機関もこれらの新工法の有能性を十分に確認のうえ積極的な採用を図るべきであろう。また、新工法の有用性の確認のためには、実物大に近い載荷実験や数値解析を行うことも必要となる。
土木構造物の耐震補強において大きな課題の一つは基礎や地盤の補強である。
兵庫県南部地震では液状化した地盤が水平方向に数メートルのオーダーで移動する現象、すなわち側方流動が生じ、水際部の建物、橋梁の基礎に極めて深刻な被害を発生させた。液状化や側方流動に対して十分な強度を持たない構造物基礎の補強が急務であるが、しかしながら、側方流動が構造物基礎に及ぼす外力の特性など未解 明な点が多く 、合理的な補強方法を確立するための 基礎的な知見が著しく不足している。このためには、兵庫県南部地震によって被害を受けた基礎構造物の逆解析、模型実験あるいは数値解析を行って、液状化や側方流動が構造物基礎に与える影響を明かにしていく必要がある。
液状化対策が全く施されていない地盤、特に危険物や高圧ガス施設の地盤の改 良も重大かつ緊急な課題の一つである。阪神・淡路大震災ではタンクヤードに液状化が生じ、さらに側方流動が発生して、多くのタンクが移動・傾斜した。幸いにも内容物の重大な漏洩は発生しなかったが、液状化対策が施されていないコンビナート施設および地盤の耐震補強が極めて重要な課題であることを示 した。さらに、このような未改良埋立地盤に埋設されているライフライン管路の補強 も緊急な課題である。東京、大阪などわが国の大都市域には海浜部や河川を埋立た地盤が存在する。これらの埋立は古くは江戸年間から行われており、液状化に対して何らの考慮もされていない。これらの埋立地には既に多くの構造物が建設され、敷設年代が古くかつ強度の低い管路が埋設されているのが現状である。このようなライフライン埋設管は順次高強度の管路に敷設替えすることが必要であるが、敷設替えの必要な路線数が多いため、この場合もまた耐震補強は容易ではない。
土木構造物の供用時の定期的な維持・点検のための管理データベースの構築はすでに各公的機関で進められているが、地震防災、耐震診断、耐震補強を目標とする構造物や都市施設に関するデータベースの構築は遅れている。耐震補強法 や優先順位を決定し、総合的な補強戦略を立案して行くためにはこのようなデータベースの構築は不可欠な課題である。さらに、これらのデータベースの整備は地震後の復旧・復興戦略にも極めて重要である。阪神・淡路大震災において神戸市庁舎が崩壊し、水道関連の図面など資料の喪失は復旧作業に極めて深刻な影響を与えたことは記憶に新しい。
都市施設のデータベースの整備はガス事業などを中心に一部のライフラインおよび建設省など幾つかの公的機関で進められているが、すべてが相互の連携なしに独立して進められている。地震に強い都市と地域作りには、ライフライン、危険物、交通など都市施設を総合化した、共通データベースの構築が必要であることは言を持たない。しかしながら、縦割り社会というわが国の行政上の組織の問題もあり、統一的な都市データベースの構築には多くの障害がある。このような現状を打破するために、土木学会などの中立的な学術的機関が中心となった「地震防災のための都市と地域のデータベースの在り方に関する研究会(仮称)」を組織し、関係各機関の参加を得て、防災データベースの基本的な構想をまとめることを提案したい。