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土木構造物の耐震基準等に関する提言「第二次提言」解説

5. 地震防災性の向上に向けて

5. 1 土地利用 および施設の適切配置による面的な地域安全性の向上

(1) 地震災害アセスメント制度の導入に関する背景と解説

安全な地区をつくりあげていく基本は、公共側が住民自らの発意に基づいて地区計画を策定し、事業を実施することにある。しかし、このシステムをつくり上げさらに不適格建物を更新するためには、公共側の都市計画だけでは到底達成できない。
そこで、従来の水害に対する安全度と同様に、地震災害安全度( 敷地の地盤条件、地区の類焼危険度など )を不動産鑑定要因に明示的に組み込むことによって不動産市場に反映させ、安全度の低い物件ほど不動産価値が低く、安全な物件ほど価値が高くなる不動産市場が形成されるよう、鑑定評価が活かされる仕組みをつくりあげることが有効であると考えられる。こうすることにより、各土地所有者やディベロッパーが、より安全な建物および地区を整備する誘導策を与えることとなる。安全な建物・施設へ投資することにより地価が上昇することになるが、これは資産価値を高めると同時に固定資産税や都市計画税の上昇となり土地所有者の負担増にもつながってしまう。そのため、これを回避するために、地区の災害安全度を高めるような一定レベル以上の品質を有する建物に対しては、同時に課税の減免措置を施すことが必要である。
以上のようにして、災害安全度に関して住民参加によるアセスメント制度をつくり、これを土地市場へ組込むことによって、地震に安全な地区へと整備していくことを提案する。

(2) 都市・地域計画および各種施設の計画基準の点検と改訂
  1. 都市・地域計画の役割
    地震防災面に優れた都市・地域の形成のためには、各種基盤施設における個々の耐震性能の強化に加えて、都市・地域計画面での対応が重要なことはいうまでもない。その期待される役割は以下に示すとおりである。
    1. 都市・地域における機能、空間、および施設の適切な配置による、地域としての( 面的な )耐震性の向上
    2. 物的被害から生じる二次災害、機能停止、被害の広がりの軽減およびその期間の短縮
    3. 耐震基準を望ましい水準に高められない施設、地域への対応
    4. 耐震基準を越える災害に対する被害経験
  2. 都市・地域計画と地域防災計画
    都市計画においては、従来からマスタープランとしての「整備、開発、保全の方針(都市計画法第7条4項)」を定めることになっている。その中で、地域の特性に応じて定めるべき事項として、都市防災に関する方針を定めることが明記されている(昭和55年通達 )。一方、災害対策基本法(1961年)に基づく地域防災計画は、これまで、防災事務、災害予防、災害復旧およおよび災害応急対策を4つ柱とする計画体系で構成されてきた。その一つの柱である災害予防の中には都市の不燃化促進に関する事項等が含まれている。
    このように、両者は都市防災という共通の目標を持つものの、都市計画と地域防災計画との連携や、施策体系の接点では必ずしも整合がとられてこなかったと言えよう。
    1996年7月、阪神・淡路大震災の経験等を踏まえつつ修正が行われた防災基本計画(中央防災会議)では、災害に強い国づくり、まちづくりが明確に打ち出されている。このような気運を捉え、今後、都市・地域計画と地域防災計画がより一体的に連携して機能する仕組みにしていくことが強く望まれる。
  3. 市街地における物的被害と都市施設計画上の課題
    今回の地震による都市基盤施設および市街地の物的被害の特徴は次のように要約される。
    • 道路、鉄道、港湾、ライフラインなどの基幹的な都市基盤施設の倒壊、損壊により、都市機能を長期間に停止させ、都市システムそのものを破壊させるに至った。
    • 市街地全域にわたり、16万戸をこえる住宅・建物が倒壊・損壊、火災による被害を受け、なおかつ、その被害状況は地区によって様々である。また、建物被害による影響は 敷地内 にとどまらず、地区レベル、広域レベル の各種 施設の機能を著しく低下させた。
    そのような被害状況のもと、都市基盤整備における計画的な対応として下記の課題への再認識と今後の取り組みの重要性が明らかにされた。
    1. 道路、公園等の都市施設は、幹線道路から補助幹線道路、区画道路に至る体系や、広域公園から近隣公園に至る体系のように、本来、その施設規模およびサービス圏域による階層的体系をなすべきものである。わが国の都市の場合、広域的、幹線的施設から地区的施設に至る計画の階層的構成が十分に確保されていない。
    2. 都市計画として決定された施設計画に対して、整備の進歩状況が追いついていない。たとえば、現在、全国の都市計画決定されている幹線道路の計 画延長に対して、整備延長は概ね47%(1994 年 3 月現在 )に止まっている。
    3. 各種施設がもつ計画の目標水準と現況の計画水準との間には相当程度のギャップがある。
  4. 各種計画基準の点検と強化これまで、都市計画施設の計画基準として「都市計画道路の計画基準」(1974 年)、「区画整理計画標準(案)」( 1977 年 )等、それぞれの施設ごとに計画基準あるいは計画標準が作成・運用されてきた。それらの計画基 準の改善・拡充の必要性は従来より議論されてきたとおりである。しかしながら、災害時を考慮した最低限かつ緊急に確保すべき避難・救援用道路、オー プンスペース等を含む各種都市施設の計画基準が整備されているとは言えない。
    したがって、今回の震災の経験を踏まえ、地震防災性向上の観点から、各種都市計画施設はもとより都市・地域計画に関する計画基準の点検と強化を行い、都市計画の技術基準( 都市計画法第 13 条 5 項 )として位置づけていくことが必要である。
  5. 計画基準に関する研究課題
    計画基準の点検・強化にあたって、都市・地域の地震防災安全性からとりわけ次のような側面での計画技術の研究が強化されなければならない。
    1. 施設ならびにネットワークの代替性と選択性
    2. 平常時および緊急時における施設の機能的、空間的役割
    3. 施設と周辺空間との安全性と調和
    4. 機能の異なる施設空間の単独整備と一体化、複合化の適用性
    5. 施設におけるツリー型構造とネットワーク型構造の信頼性
    6. 施設の階層構造に応じた施設規模と配置密度のあり方
(3)地域安全性の再点検

阪神・淡路大震災以来、各地域において大地震を想定した安全性の点検が行われ、対策が講じられてきた。このような点検は、重ねて行ってこそ見落とし等がなくなるものであり、特に部局ごとの点検対象の境界域に注意が必要なことが多い。後述の危機管理体制の定期的点検の一環として、地域内の総点検が行われるべきであろう。
密集市街地に関しては(1)の対策により、従来の区画整理事業、再開発事業等に加えて、市場機構を通じた改善の仕組み作りを提言し、また、(2)の対策の重要性を述べている。しかし、被災地で特徴的であった、店舗併用住宅の被害の大きさ、高齢居住者の犠牲者の多さに対してこれらの対応では解決は困難である。しかも、後継者のいない高齢者の店舗の存在、都心の空洞化傾向等はわが国の都市および社会の構造的問題であり、都市計画と福祉政策の接点にまでその解決の道を求める必要があろう。このように本提言で取り上げた都市の地震防災計画上の課題は、ほんの一部であり、上記のように社会構造にまで遡る困難な課題も多い。それゆえに、各地域における専門家による点検に加えて、住民による総点検が望まれる。

5. 2 災害時の危機管理体制の改善による被害拡大の阻止

(1)各種防災情報の統合活用

阪神淡路大震災においては、発災当初、被害の規模や状況の把握ができなかった。また、情報伝達体制にも明かな欠陥があり、各方面で緊急初動体制の立ち上げが遅れた。このような事態の反省に立ち、国、地方公共団体は機動的で多様な情報収集を行うための体制整備を推進し、情報の蓄積・分析整理が円滑に実施されるようデータベース化、オンライン化、ネットワーク化 を推進することとが、新防災基本計画(平成 6 年 7月 )にも盛り込まれている。ただし、災害情報の収集、蓄積、連絡、分析等に関して以下のような点にも留意すべきである。

  1. 航空機による調査は、短時間で 100km×1km 程度の地域が調査できる利点がある反面、夜間や強風時には実施できないことや横転・倒壊以外の詳細な被害状況把握はできないなどの欠点がある。一方、オートバイやジープを用いる地上査察は、1時間当たり15km程度の沿道状況が連続して詳細に把握できる利点はあるが、被害状況や地形によっては移動の制限を受けるなどの欠点がある。したがって、
    1. 空中査察と地上査察を組み合わせ、双方の利点を生かした調査方法を確立するとともに、両者および対策本部との通信・伝送機能の向上を推進する必要がある。なお、異常状態の発見には、日常の正常状態の把握と訓練が不可欠である。
    2. 空中査察の欠点を改善するために、高解像度の撮影装置や夜間撮影に適した 特殊な照明方法なども早期に開発する必要がある。
  2. 激甚災害時には被災地域内( あるいは被災自治体 )の災害情報システムが有効に機能するとは限らない。また、被災した自治体による被害状況の把握は困難を伴い遅れがちとなる。そのため災害情報システムには、被災自治体にかわわって政府機関や周辺自治体が被害情報を収集したり、収集した情報を分析し被災自治体と関連機関に伝達することなどを想定した外部支援機能を組み込むことが望ましい。
  3. 中央省庁、地方自治体、大学、研究機関等で、各種地震計の設置や gps、 gis( 地理情報システム )などの構築が進められている。現状ではこれらのシステムは各機関ごとに独立で、共同利用や相互支援が意図されていない。しかし、相互に連結して統合し、インターネットなどを通じて広く共同利用や相互支援ができれば、その効果は極めて大きいと考えられるので、各種防災情報の統合システムにかかる体制整備を早急に行うべきである。
(2)災害管理の論理構築

災害管理の目標は、発災時の異常事態を速やかに収拾し、秩序だった復興過程に一刻も早く復帰することである。この目標達成のためには、事前の準備と発災時の臨機応変な対応が基本的に重要であり、これによって不用の混乱と災害の拡大が防止できる。

  1. 災害管理手法の一例として、救急医療分野におけるトリアージ( triage )がよく知られている。これは、一時に多数の患者が発生したような場合、医療によって得られる効果が大きい順に従って患者の治療や搬送の優先順位を分類するシステムである。実際には、トリアージ指揮者を定め傷病者に優先度を示す色別の札( タッグ )を付けることによって分類作業が行われる。
  2. 大地震時の救急医療と類似の状況は、同時多発火災に対する消火作業、避難車両や救援救急車両のための交通規制、ライフラインの応急復旧作業などに共通する。種々の応急作業の効率を最大限度まで高めるため、上記トリアージのような作業目標と具体的手順を事前に定め習熟訓練をしておくことが重要である。
  3. 阪神淡路大震災においては、消防や警察、自衛隊などによる救援が遅れた。震災犠牲者の死亡原因の 90 % 近くは家屋の倒壊による圧迫・窒息死であったが被災者の救出率は 表5-1 のように、発災後 24 時間を経過すると急激な低下を示した。救出作業は「発災後 24 時間以内が勝負」と言われてきたが、今回の震災でもそれが実証された。機動的な救援隊を迅速に派遣する体制づくりの重要性が改めて指摘される。
    表 - 5.1 日別救助出動件数および救助人員
    月/日 1/17 1/18 1/19 1/20 1/21 1/22 1/23 1/24〜2/10 合計
    救助件数 320 304 298 202 96 49 24 66 1,359
    救助人員 604 452 408 238 121 37 12 20 1,892
    生存者 486 129 89 14 7 5 2 1 733
    死亡者 118 323 319 224 114 32 10 19 1,159
    出典:神戸市:阪神・淡路大震災 − 神戸市の記録 1995年 −.
  4. 外国からの緊急援助隊派遣の申し出に対する処置にも混乱があった。救援物資の受付と配分、仮設住宅の数量不足と入居者選定、行政主導による復興町づくり計画などにも多くの問題がみられた。災害管理の観点から、今回の震災における各問題点を分析し、被災状況や復旧状況の時間的推移に適合した対応処置の基本方針と役割分担、手順などを具体的に明示しておく必要がある。(表5-2)

    表 - 5.2 被災状況と被災者対策の重点の推移
    概略時間経過 被災状況、復旧状況 被災者対策の重点
    災害発生〜 家屋倒壊、ライフライン遮断 生命維持/救出救援、避難誘導
    二次災害防止など
    数日間〜 道路啓開、電力・電話復旧 生活維持/避難所整備、防疫、
    補修、治安維持など
    数週間〜 水道・ガス復旧 生活向上/仮設住宅整備、復職
    義援金品の配分など
    数週間以降 復興町づくり 本格復旧/税軽減・金融補助、
    永久住宅建設など
(3)防災訓練の改善

大震災以前の阪神地域における地震安全神話の浸透状況は、防災意識の低下や防災訓練のマンネリ化による緊迫感の欠如などにも関連があると考えられる。以下の点に留意し、現状の防災訓練を早急に改善する必要がある。

  1. わが国の諸都市は年々めざましい変貌を遂げている 。人口の集中、都市化の進展、科学技術の発達などに伴い、都市災害は多様化、深刻化、国際化の度合いを強めている。阪神淡路大震災では、従来の地域防災計画の前提とされてきた被害想定( 被災シナリオ )にない事態が発生している。都市の変貌状況に対応して、防災訓練の内容を変化させることが重要であり、大災害がない場合にも被災シナリオを定期的に見直し、防災訓練の内容をこれに連動して変化させる。
  2. 従来の被災シナリオに沿う防災訓練( シナリオ演習型 )では、常に何らかの正常機能が暗黙に想定されているが、実際の震災では想定外の事態が発生し、臨機応変な対応が求められる。冷却水や燃料油の不足で非常用発電機が作動しなかったり、消防用スプリンクラーの配管が地震で損傷し予期しない浸水被害を招いた例もある。被災シナリオに想定されている正常機能を意図的に遮断して予期しない事態を発生させ 、それに対する臨機応変な対応 を習得する( シナリオ 欠陥発見型 )形式の実践的な緊迫感に溢れた訓練を行う。
  3. 被災地の混乱を軽減し早期復旧をはかるためには被災地域外からの支援が不可欠であり、都道府県の枠を越えた広域支援が重要である。近年、陸・海・空の自衛隊が共同で、さらに地方自治体なども含めた大規模演習が実施されるようになったが、このような大規模共同演習を一層推進する。その際、広域支援を要請する場合の手順や具体的内容についても訓練する。
  4. 阪神地域では、道路交通の規制が遅れたため交通渋滞が続き、救援・救出活動の支障となった。発災直後に警察官による交通規制が期待できないこともありうることを考え、自衛官や一般市民をも含めて交通規制の習熟訓練を行う。
(4)防災専門家の養成

阪神淡路大震災以前の京阪神地域における地震安全神話の浸透状況から、過去の震災の記憶の風化とそのことの危険性が明かとなった。これまで各地で地震被害を何度も経験しながら、その教訓が地震対策に十分生かされず他地域で同種の失敗が繰り返されてきたという学習効果の不足を今こそ改めるべきであり、そのためには防災専門家の養成と組織内での地位の確保などが不可欠である。防災専門家には次のような知識や能力、役割が期待されている。

  1. 防災専門家に必要な専門的知識
    • 地域の自然条件や土地利用、危険度分布などの特性や実状
    • 自然災害や人為災害による被害と対応の事例、教訓など
    • 災害対策に関する現行の法令と懸案事項
    • 防災対策の各種基準や運用規則、防災計画など
    • 国や自治体、マスコミなどの防災関連組織と連絡手続きなど
    • 災害情報システムなどの運用管理
    • その他
  2. 防災専門家の組織内での役割
    防災対策は、一般に各部局の共同作業で計画・実施されるものである。また通常、防災対策が施策の目玉になることは稀であり、予算規模や職務権限は極めて限られている。そのため防災対策を成功に導くためには、担当者の職業的使命感と洞察力、および企画、調整、渉外などの面での粘り強い努力が必要とされる。とりわけ、最近はマスコミを活用した効果的な広報や、「稲むらの火」のような良質な防災教育用教材の開発と活用、地域住民に対する液状化地盤図、想定震度分布図、洪水氾濫予想図などの災害情報の継続的発信が重要視されている。

5. 3 既存構造物補強費用と災害復興費用の負担ルールの明確化に関する背景と解説

(1)防災投資レベルに関する国民的合意
  1. ライフライン確保の経済的意義ライフラインはネットワークを多重にすることによってその被害や影響を著しく減少させることが出来るという特徴をもつ。そのため、しばしばフェイル・セーフ( 一次システムが故障した場合のバックアップ )やリダンダンシー( ゆとり、冗長性:システムの一部が故障した場合、代替システムまたは残りのシステムでカバーされる )の重要性が主張される。 この場合、ライフライン確保の経済的意義を防災投資レベルの面から考えるにあたって、次の 2 点について国民の理解を得ておくことが必要である。第一に、投資額には一定の限界があるため、すべての災害に対してライフラインの確保は出来ないということである。第二に、経済性の観点のみから防災投資の妥当性を論じることは困難である。それは以下の理由による。
    1. 阪神・淡路大震災の被害は 10 兆円とも 15 兆円とも言われている。しかし、こうした被害の生起確率は極めて低く、災害被害の期待値は計算するまでもなく極めて小さい。したがって、通常の費用便益比率で投資の妥当性は主張できない。
    2. 人的被害を金銭に換算( 計量 )することは社会的にはなかなか受け入れられない。もちろん他の事例に基づき換算することは可能である。たとえば、自動車事故においては多くの裁判事例もあり、最高額が2億円程度、平均的には1億円程度と言われている。これを阪神震災に適用すると 6,000 億円程度であり、上記の経済被害と比較していかにも少ない。
  2. 防災投資は社会的選択の問題 こうしたことから防災投資は社会的選択の問題であり、最終的には公共経済学にいう投票行動で決定する以外にないことがわかる。この場合も選択基準となるのは防災の効果と予算の機会費用である。防災の効果を計測することは困難ではあるが、過去の多くの事例から学べば不可能ではない。しかし、これも推定精度に多くの問題を残が残っている。
    防災投資の性格は通常の社会基盤投資より国防に類似している。国防のように国のあり方自体を左右する問題は単なる投資効果ではなく、「国の安全性に関するリスク」をどのように評価するかの問題であり、年次予算の枠組みを越えた議論(防衛大綱の論議に見るように)によって決定され、最終的には国政選挙や国民投票で決められる問題である。防災投資の社会的選択は 端的にいえば 次世代以降に生じる(可能性が高い)効果の1単位に対して現在いくら投資すべきか(どれだけの負担を後の世代に残すか)の社会的合意の問題である。ただ防災投資は次の 2点に関して国防と決定的に異なる点があり注意を要する。
    1. 防災投資は通常の社会資本と事業主体が同一であるため、予算的にトレード・オフ関係が生じる。
    2. ライフラインの防災は耐震基準の強化以外に、先の フェイルセーフ や リダンダンシーによる防災も有力である。この場合二次システムやゆとりのためのシステムは通常時においても利用可能であることである。たとえば災害時のための交通施設のゆとりは混雑緩和、通常の維持・修繕・管理の容易化、ピーク時対応など、通常時にも大きな便益を生じる。
    3. 危険度に若干の差はあるものの、国防は日本全体の問題であるのに対し地震の危険度( 被害の大きさ )は地域によって著しく異なる。したがって、防災投資のレベルに地域差が生じる。
  3. 個人・企業のリスクと保険
    防災投資に対する国民の考え方を知るにあたって、損害保険に対する支払意志額との比較は参考になろう。生命保険は個人のリスク回避とは考えられないため除外する。ここでは損害保険の損率、支払額に対する期待収入の比率、との関係を考察する。ただし、損率は企業の利益率と直結するため公開資料は存在しないため、以下は著者等が聞き取り調査を行った結果に基づくものである。
    交通保険は、対人、対物、車両保険等様々であるが多くの保険会社の最近の損率は 100 % を越えている。すなわち、日本全体でみれば掛け金より受取額が多い。一方、地震保険は火災保険の特約となっており、その最大限度額はわずか1,500万円である(地震に起因する火災は火災保険の対象とはならない)。しかも、その損率は一般にわずか40%程度といわれている(阪神淡路大震災前)。したがって、日本全体では 100の掛け金に対して40の払い戻ししかなされていない。地震特約の加入者比率は阪神淡路大震災の被害地域でわずか7%程度であったとされている。しかし、これらの人々はリスク回避に便益の2.5倍の掛け金を支払っていることになる。
    また、国際貨物輸送のオールリスクの標準保険料は貨物の cif価格(運賃、保険料込み価格 )の110%の0.5%(対安全国、欧米等は更に5割引)すなわち、0.55%である。大きな海難事故が続発した年の損率は 100%を越えた場合もあったが(1995年のロイド保険組合の危機 )通常年の損率は80%程度といわれている。
    以上から明らかなように、保険はそれ自体は投資に対して便益を生じるものではなく、通常の利益の何パーセントかを必要経費としてリスク回避に向けるかということである。すなわち、防災投資は投資に対してどれだけ被害を減少させられるかではなく、便益のどれだけをリスク回避に向けるかという基準による選択といえる。
  4. 阪神淡路大震災の経済被害

    表 - 5.3 は交通施設の被災による神戸市、西宮市、芦屋市の間接経済被害(平成7年3月の1ヶ月値)の推計結果である。ここで、被害額は入荷側の被害と出荷できないことによる被害の大きいほうを採っている。*印は出荷側を採用したことを示している。これによれば3月1ヶ月の製造業、卸売業、小売業の被害総額は650億円程度であり、最終的に被害が3年程度まで続くと考えれば、 1兆2千億円(18ヶ月分)となる。これに直接被害の2兆円、他地域、その他産業まで考えれば、最終的には4兆円程度と考えられる。いま直接被害2兆円をその部分の建設費として防災の経済効果を考えてみよう。わが国の一般の公共投資の利用経済効果(事業効果は除く)は投資額の3倍程度である。したがって 2 兆円の建設投資が社会的に是認されるならば6兆円程度の経済効果がその施設のライフタイムの間に期待されることになる。今回はその66%が短期間に失われた。いま公共投資の費用便益比率(利用経済効果の投資に対する比率)を2.5倍程度で社会的合意がえられると考えると2.4兆円の投資、すなわち2割増しの工事費が是認される。この2割の工事費を設計基準の向上等の防災投資にまわし、稀に起こる大震災にどれだけの被害が減少するかは不明である。しかし安全側をとり被害が半分になると仮定すれば、その防災投資はもし震災が起これば(この確率が非常に低いことはここでは考えない)2兆円すなわち5倍の便益を生むことになり、先の通常時の便益を考えたときは更に大きな費用便益比率となる。この生起確率と経済効果の関係が" 社会的に受容可能か? "の問題となる。

    表 - 5. 3 交通施設の被災による間接経済被害( 神戸市、西宮市、芦屋市 )
    (平成 7年 3月 の1ヶ月値:単位 100 万円 )
    業種 付加価値額(搬出) 付加価値額(搬入) 被害額 陸上
    減少額
    海上
    減少額
    震災前 震災後 減少額 震災前 震災後 減少額
    食料品製造業 23,442 16,638 6,803 23,442 13,790 9,652 9,652 1,252 8,400
    飲料・飼料
    タバコ製造業
    12,817 7,868 4,949 12,817 9,008 3,809 4,949 4,831* 118*
    パルプ・紙・
    紙加工品製造業
    2,438 2,074 364 2,438 1,703 736 736 502 234
    出版・印刷・
    同関連産業
    5,469 5,315 154 5,469 3,502 1,967 1,967 1,954 13
    化学工業 3,772 1,597 2,175 3,772 2,297 1,475 2,175 1,477* 698*
    ゴム製品製造業 10,642 6,700 3,941 10,642 8,681 1,961 3,941 237* 3,704
    なめし皮・同製品
    毛皮製造業
    2,741 452 2,289 2,741 1,076 1,665 2,289 0* 2,289*
    窯業・土石製品
    製造業
    1,833 1,825 8 1,833 866 967 967 40 927
    鉄鋼業 7,652 4,303 3,350 7,652 2,061 5,591 5,591 120 5,471
    金属製品製造業 5,697 4,270 1,427 5,697 3,867 1,831 1,831 1,691 140
    一般機械器具製造 33,451 30,122 3,329 33,451 30,074 3,377 3,377 2,882 495
    電気機械器具製造 18,767 16,597 2,169 18,767 13,552 5,215 5,215 4,613 602
    輸送機械器具製造 6,421 3,837 2,585 6,421 4,570 1,851 2,585 1,683* 902*
    その他の製造業 7,960 3,033 4,927 7,960 3,516 4,443 4,927 992* 3,935*
    製造業合計 143,101 104,631 38,470 143,101 98,563 44,538 50,202 22,274 27,928
    卸売業合計 34,943 32,583 2,360 34,943 30,609 4,334 4,334 3,516 818
    小売業合計 0 0 0 35,276 25,373 9,903 9,903 8,448 1,455
    合計 178,044 137,214 40,830 213,320 154,545 58,776 64,439 34,238 30,201
  5. 国民的議論の必要性
    経済性の観点から防災の意義を論じることには限界がある。計量経済の立場からいえることは防災投資による経済効果の推定のみであ。公共経済学の枠組みにおいては純粋公共財としての国防との比較、市場の失敗、効果の外部性、財政論の立場での検討が可能である。また、社会的選択論としては課税論、公債論、政治過程論としての社会契約、投票行動としての検討が可能となってくる。ただ、こうした検討は国土レベルの論議と都市圏、地域レベルの論議で異なり、また評価基準も異なってくる。たとえば地域レベルにおいてはライフライン問題として論議されるが、国家レベルにおいては、防災投資は国土の多角的利用や産業の最配置問題とも深く関りをもっている。
    阪神・淡路大震災の被災地域にあっては、直接的な施設被害もさることながら、交通施設、特に高速道路と港湾の破壊によりその経済被害を更に拡大させている。社会・経済的影響は物理的被害と異なり、目には見えない。こうしたことが国民の記憶の中で鮮烈な印象を残している現在、少しでも早く検討を進め、論議を進めることが重要と考える。
(2) わが国特有の財源制度確立による復興の促進体制
  1. 公共財の定義、公共負担の論理、事業および運営主体の選択論理については多くの蓄積があり、それに基づく法制度も整備されている。また、近年、規制緩和、公的事業の民営化等に向けての社会的動きがある。しかし、それらの論理は今回のような大災害を考慮したものではなかった。
    激甚災害に対処するための特別の財政援助等に関する法律、公共土木施設災害復旧事業費国庫負担法および各施設ごとの法律、各事業主体ごとの法律にも想定されていなっかった災害であったことから、阪神・淡路大震災に対処するための特別の財政援助および助成に関する法律が施行された。また、その後の補正予算でかなり手厚い復旧、既存施設の補強予算が配分された。
  2. これらの経験を踏まえ、大災害に対する被災施設の復旧 における財源負担の考え方に対し、次項のように、事前にその論理構成と基本的ルールを設定しておくこと。
  3. 災害復旧費の国庫負担等
    大震災の広範かつ高額の災害復旧費を新規投資と同様の負担ルールで対応することは困難であり、従来の制度に加え、今回特別の立法措置が講じられたことは前述のとおりである。ただし、費用と地方自治体の財政力により決定する、国と地方自治体の負担割合の様に明確な論理的背景が必ずしも明確化されず、予算折衝的に決定された部分も多い。公共土木施設のうち、通常の事業主体が、国、地方自治体、公団、地方公社の事業、第三セクターのそれぞれの場合、さらには私鉄のような民間会社による公益事業施設の場合に対し、国庫負担金、補助金、財政投融資、無利子貸付等の支援がなされた。
    たとえば、地方分権や民営化、規制緩和の論議も受益と負担の問題と関連づけて議論することの少ないわが国では、災害発生後にその負担に関し原則論の論議で徒に時間を費やしたり、情緒的決定がなされたりする可能性がおおきいことに配慮する必要があろう。その決定については次のような観点からの判定ルールを明示化することが望ましい。
    • 復旧費用の負担能力とそれに伴う復旧所要期間
      社会資本は、一般に事業主体に係わらず早急に復旧の必要がある。
    • 平常時の公的関与と災害復旧費の負担の区別
      国と地方自治体、およびその他事業主体のうち一部については平常時の投資に対する比率と異なる災害復旧費用負担比率が設定されているが、ある部分は今回特別立法で決定された。ただし、その理論的背景は必ずしも明かではない。このルールが明確でない限り、各事業主体は、保険加入や積立金の料金転嫁等の災害に対応戦略を明確に設定せず、公的援助に依存する可能性もあろう。また、国の補助金は与えられてはいないが、市場参入規制と料金規制等により国の強い関与があるにも係わらず、災害時は一般民間扱いすることの妥当性に関する論議も必要であろう。
    • 地域間、世代間、あるいは受益の程度による負担割合
      事業主体の事業範囲による、一体的経営と災害時の内部補助的負担は整合しているべきか否か、災害復旧を別扱いするとすれば、地域間、世代間、受益者間の負担割合は如何に設定すべきか等についての考え方を明確にする必要がある。
    • 全国的危険負担の分散化方策 
      全国各地が極めて低い確立ながら被害に合う可能性のあるわが国では、全国的に、またなるべく広く国民が被災地を支援する方式が望ましい。その方法が、国の一般財源、道路公団のような全国的利用者負担、電力・ガスのように特定地域の利用者負担、同種事業者間の共同保証、民間の保険による不特定多数の相互保証、その他の各種方法の選択が必要である。
    • 国の財源の調達方法
      一般財源( 地域的、分野的配分変更 :他の地域 が予算を削減し被災地に配分)、特別増税、赤字( 復興 )国債、財政投融資資金等の財源の選択は・ の負担を規定するのみならず、財政構造を通じて経済全体にも大きな影響を与えることとなる。
(3)既存施設の補強費用の関する負担ルールの確立 に関する背景と解説

補強費用 についても(1)と同様 の論議 が必要であるが、より平常時の投資(新規投資、維持管理投資)に近い考え方が妥当である。復旧事業と比較して、緊急度、工事費用規模等に差異が存在し、また負担が問題となる規模の大災害において復旧は一時的事業であるのに対し、補強は維持管理に類似の継続的事業だからである。
これは、復旧事業との相対的特性にすぎず、補強も緊急の社会資本の機能向上のための投資であり、論点としては次の5項目が重要であろう。

これらのの項目に関し、とり得る方策を設定し、その方策にふさわしいかたちで、(2)で述べたと同様の各主体の補強費用負担配分に関する望ましい ルールを設定する必要がある。


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