土木学会による土木構造物の耐震基準等に関する第二次提言においては、これまでの設計地震動に加えて、今後考慮するべき設計地震動として
の2つをあげている。前者は、兵庫県南部地震の経験とそこで得られた新たな知見をもとに打ち出された方向であり、後者は、関東地震のタイプの地震の将来の発生に対して、先行的に対応することの重要性を強調するものである。
また、震源断層近傍の地震動は震源過程と断層近傍の基盤構造の影響を強く受けることから、危険断層を同定し、その震源メカニズムに基づいてレベル2地震動を求めること、レベル2地震動を与える地盤レベルは基盤岩とすることを基本方針として提示している。
この基本方針は、すでに一部の地域行政で実行されつつあるもので、現実的な方法論として位置づけられているが、一方全国的観点からはなお多くの工学的な調査・研究・開発課題を提起するものである。兵庫県南部地震の経験をふまえた社会基盤施設の耐震強化は急務とされ、そのための行政レベルでの現実的対応も進みつつある。
したがって、当面の方針として、既往の強震記録からレベル2地震動を設定する方法、地表または工学的基盤で地震動を与える方法についても第二次提言でその方針を述べた。
以上の状況をふまえて、第二次提言で述べられている「1.耐震性照査で考慮すべき地震および地震動」について、特にその中で、兵庫県南部地震の経験を直接の動機とする内陸直下地震を対象とするレベル2の設計地震動の設定法に限定して、第二次提言の背景となる考え方を示し、この提言を今後に活かすための手だてとする。
これまでのわが国の土木構造物の耐震設計体系では、着目地点に影響を与える地震は周辺地域の種々の場所で発生する多様なシナリオがあることを前提とし、着目地点における一定期間内の最大地震動の期待値をもとに設計地震動が設定されてきた。そこでは、確率論的地震危険度解析が基本的な解析・評価の手法として用いられ、期待値を求める期間( 再現期間 )として、100 年 のオーダーの長さ が考えられてきた。
しかしながら、この考え方では、内陸活断層の活動によって引き起こされる地震の震源断層近傍の地震動が評価されることはほとんどない。個々の活断層の活動の間隔は 1000 年のオーダーとされるため、その発生確率の低さにより1 00 年オーダーを対象とする地震危険度解析に対しては、結果に影響を与えないからである。
一方、いかに活動間隔が長くても、活断層はいずれは活動するときがあり、その結果、震源断層の近傍ではこれまでわが国で観測されなかった強大な地震動が発生することを示したのが兵庫県南部地震であり、これが、レベル2地震動に関する再検討を促している。この事態は、地震危険度解析において、1000 年オーダーの再現期間を対象とする低頻度巨大外力の問題として扱うことにより、はじめて荷重評価の結果に反映される。
( 石川ほか : 土木学会阪神・淡路大震災に関する学術講演会論文集、1996 年 )
図 - 2.1 神戸に対する地震危険度の評価
図 - 2.1 に、神戸に対する地震危険度解析から得られたハザード曲線を示した。同図には、地震発生データ( 歴史地震 )を用いた結果、 活断層データを用いた結果、ならびに両者を組み合わせて得られる結果が示されている。年超過確率= 10**-2( 再現期間 = 100 年 )では、 ハザード曲線はほとんどが歴史地震のみによって決まっているのに対し、年超過確率 =10**-3( 再現期間 =1000 年 )では、活断層データのみにより結果が決まる。
このように設計地震荷重評価における再現期間を大きくとるほど着目地点に影響を与える地震の種類は限定され、多くの地震シナリオが関与するランダムな荷重環境から、次第に 着目地点周辺の活断層( 群 )が支配的影響を持つ特定の地震の姿に近づく。二次提言において、レベル2地震動を設定する際に、地域ごとに脅威となる活断層を同定して、その震源メカニズムを想定することを基本方針としたのはこの理由による。
多数の活断層が確認されている中部地方から近畿地方にかけては、ここに述べた状況はかなり明確であり、特に、限定された地域での地震危険度に注目して作業が進められる地域防災計画や地域の構造物耐震化計画では、特定の活断層が活動することを前提として想定地震を設定する作業がすでに行われつつある。一方、全国的に見ると、確認された活断層が少ない地域、厚い堆積層に覆われているため活断層が存在している可能性はあってもその確認が困難な地域、首都圏の地下のように3つのプレートの境界が集まって複雑な地体構造となっている地域など、地方によって、それぞれが特徴ある地震環境のもとにある。
したがって、それぞれが特徴ある地域の地震環境を明確にすること、そこに介在する不確定性を評価することが必要である。そのうえで、荷重評価の局面では、構造物の安全性担保という観点からできる限り共通の意思決定規範が用いられるべきである。
兵庫県南部地震で観測された地表最大加速度は概ね1G を超えない程度であるが、気象庁震度 7の激甚被害地域では観測記録が知られていない。これについては多くの推定がなされているが、まだ定説がない。この地域の北側に位置する断層面の花崗岩の地震動と基底部の花崗岩の地震動による励振が重なったことが多くの数値実験において推測されており、この効果は肯定できる。しかし、これらはいずれも南北断面でのシミュレーションであり、断層に沿った方向での地震動の関係、たとえば神戸海洋気象台の記録と神戸大学の地震動の性格の異同は未だ十分に説明されていない。
震源断層近傍の地表面の水平動は、概して非線形なふるまいをしており、その結果、線形を維持した場合に比べて加速度は小さくなる。このため最大加速度のみの規定では、兵庫県南部地震の破壊力を表現するのは困難である。図 - 2.2 は減衰 5 % に対する加速度応答スペクトルで、兵庫県南部地震の神戸海洋気象台での記録を太実線で示す。一方、同図の細線は 1993 年釧路沖地震による釧路気象台の地震記録に対するもので、本震の強震記録としてはわが国では既往最大の 900 cm/s**2 以上の大きな加速度を記録したが、これには 0.5 秒以下の短周期域の寄与が大きく、それより長周期域では神戸の応答スペクトルの方が大きい。また、同図の点線は 1995 年ノ−スリッジ地震における Tarzana 観測点の記録で、これは実に 1,800 cm/s**2 以上の大きな加速度を記録しているが、応答スペクトルはやはり神戸の方が大きい。
図 - 2.2 応答スペクトルの例
兵庫県南部地震に特徴的な周期1秒前後の揺れが、このような震源過程を反映する動きに当たること、その動きは初期の3秒間の大振幅震動となって現れていることが注目されている。こうした記録が得られたのはわが国では最初であるが、米国でも例がある。
第二次提言では、応答スペクトルまたは時刻歴地震波形を用いてレベル2地震動を表現することを規定している。これは、レベル2地震動に対する耐震設計は構造物の弾塑性的性能を保証することを目的に行われること、構造物の損傷過程を照査する必要があること、それには地震動の動的特性を的確に表現できることが必要であることによる。
従来の震度法では、地震ハザードの大きさと構造物の耐震性能を勘案しながら相互譲歩的に設計地震荷重が定められてきた。これは、震害経験を生かすという利点がある反面、そこに内在する経験主義が合理的手法への脱皮を制約する側面があった。現在の構造解析技術が、部材の動的損傷過程を定量的に扱うことを多くの場合において可能にしていることを考えると、地震荷重に構造特性を含ませることで設計地震動をブラックボックス化することを避けて、設計用入力地震動に係わる事項と、構造物の耐震性能に関わる事項とを明確に分けて議論することが耐震設計の信頼性向上のために必要である。
もちろん、多種多様な土木構造物に対する耐震基準の最終的な形では、より簡略化した表現がとられることが多いのは当然である。レベル2地震動についても、静的設計による耐力の照査と、動的設計による損傷過程の照査が併存することになると考えられる。前者では、弾塑性的性能により応答スペクトルから換算された地震荷重(靭性による低減係数、所要強度スペクトルなど)により、後者では時刻歴応答により、損傷過程を直接照査することになる。さらに、今後の課題として、移動を許容する剛体構造物の設計法も視野に入り、レベル2地震動に対する荷重規定もその内容は多様な姿になると考えられる。
さらに、近年、免震構造および制震構造の実用化が進んでいる。免震構造では、想定される設計地震動に適応してパラメータが選択されるため、設計地震動を設定する際に織り込んだ筈の余裕を無効にする可能性を有している。したがって、通常の( 静的な )設計地震荷重の規定の仕方では危険になるおそれがある 。また制震系では、応答の情報を考慮した適応が加わるため、本質的に地震動波形を用いた照査が要求される。
こうした状況を踏まえながら、多様な設計体系の根拠となる設計入力地震動は自然からの外力としてできる限り統一的な理解のもとに置かれるべきであり、それを応答スペクトルまたは時刻歴波形で表そうというのが、第二次提言の主旨である。
震源断層近傍で記録された既応の実地震波形が数多くあれば、統計的な解析を行うことにより、最大値のみならず応答スペクトルについても推定が可能であるし、対象とする地点の近傍または地質学的に類似の地層構造を持つ場所で観測された過去の強震記録波形をそのまま予測波形として利用することも可能である。
しかし、兵庫県南部地震を経験した現在でもなお、こうしたデータベースの蓄積は十分とは言えず、今後の強震観測とそのデータの共有化の努力が必要である。既往の強震記録に依拠して時刻歴波形を生成する場合、i)実際の観測波形をスケール変換する( 震源と観測点が対象地点と無関係な記録 )、 ii)同( 想定震源域内の中小地震によって生じる対象地点の地震動 )、および iii)スペクトル適合地震動( フーリエスペクトルまたは応答スペクトルを指定しこれを満足する波形を生成する )などの方法が実績を持っている。
一方、活断層の存在が明らかな場合には、発震機構を断層のくい違い運動により表現し、それを規定するパラメ−タや伝播経路の地盤構造を評価して地震動波形を合成する方法が、現実的な手法として、震源断層近傍の地震動予測に用いられるようになりつつある。
しかし、将来発生する地震の震源断層近傍での強震動予測のために、どのような震源パラメータを与えればよいかと言う問題は、まだ明確な答えを持たない困難な課題である。一般に、大地震の際の断層の面積はかなり広くなるので、断層面上の破壊強度もこれに加わる剪断応力も一様ではなく、かつこの不均一さを知る手がかりは今のところない。また、断層面上のどこに破壊開始点を設定すればよいかも未解決の問題として残っている。こうした地震学的データは今後も蓄積され、情報量は増えるであろうが、地殻の破壊現象である震源メカニズムを工学的精度で予測することは、基本的な困難を含むと考えられる。したがって、将来発生する地震への対処を目的とする工学的適用に際しては、状況をパラメトリックに設定して、それによる幅をもって判断する不確定性のもとでの意思決定が必要となる。
兵庫県南部地震が提起した工学的課題は、土木施設の適切な耐震安全性を実現するために、従来の設計荷重の評価体系の再検討を迫るものである。危険活断層の同定から出発するという基本方針を中心に据えながら、多様な地震環境に応じた荷重設定法が必要である。今後、以下のような工学的な研究・開発の努力が傾注されるべきである。その成果のうえに、従来より詳細な地域特性を反映した設計地震荷重の評価体系が構築されるべきである。