第二次提言の第2章では、土木構造物が保有すべき耐震性能と耐震設計法についての提言を行っている。土木構造物は極めて多種であり、かつ構成材料も多様であるため、保有すべき耐震性能を一律に論ずるのは困難である。このため、提言では、地上構造物、地中構造物、地盤・基礎構造物の3つに大別して記述している。
本解説は、上記の提言を行うに至った背景を簡潔に述べたものである。すなわち、まず第二次提言の本文では言及していない現在までの被害地震と耐震設計法の変遷について簡単にふりかえった後、過去の地震記録と比較した兵庫県南部地震記録の破壊力と各種設計スペクトルとの関係についても比較・検討した結果を示した。
さらに、各種構造物ごとに兵庫県南部地震による被害のモードの調査結果と第二次提言の主旨との関係について言及した。
構造物の耐震設計に際しては、まず地震力の設定を行わなければならない。最近になって、地震の断層パラメータを基礎に強震動を予測する各種の手法が開発され、その適用性が検討されつつあるが、自然現象を対象とした地盤震動そのものの予測および設計荷重の決定は容易ではない。現在までの耐震基準では、地震被害の経験や得られた地震記録を基に逐次改正されてきているのが現状である。
したがって、構造物の地震被害の原因究明に際しては、構造物が何時の時代の基準によって設計されたかをまず知る必要がある。
現在までの比較的簡便な耐震設計法では、構造物の自重の何割かを水平方向あるいは鉛直方向に作用させて構造の安全性をチェックしてきた。この重力に対する地震外力の割合は設計震度と呼ばれている。
日本と米国 ( 特にカリフォルニア州 ) では、過去によく似通った被害地震を経験してきており、そのつど耐震設計の見直しをすすめてきている。こうした経緯をまとめて示したのが 表 - 3.1 である。この表 から日・米の地震被害に関するさまざまの宿命を考察できるが、ここでは構造被害に限って見てみることにする。
米国(その他の各国) | 日 本 | ||
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1891 | 濃尾地震(M8.0直) | ||
1906 | サンフランシスコ地震(M8.3直) | ||
大火災 | |||
AWSS完成 | 1923 | 関東大地震(M7.9海直) | |
1933 | ロングビーチ大地震 | 大火災 | |
初強震記録 | 設計震度0.1 | ||
設計震度(Riley Act 0.02) | |||
1936 | ベイブリッジ竣工 | ||
1937 | ゴールデンゲイトブリッジ竣工 | 1939 | 道路橋示方書 |
1940 | インペリアルバレー地震(M7.1直) | 設計震度0.2 | |
エルセントロ記録 | 1943 | 鳥取地震(M7.2直) | |
1944 | 東南海地震(M7.9海) | ||
1945 | 三河地震(M6.8直) | ||
1946 | 南海地震(M8.0海) | ||
1948 | 福井地震(M7.1直) | ||
SMAC開発・耐震コード | |||
1955 | UBC(Uniform Building Codes) | ||
設計震度0.06 | |||
1956 | 第1回世界地震工学会議 | 1956 | 道路橋示方書 |
(WCEE,於サンフランシスコ) | 設計震度0.1〜0.35 | ||
1957 | I-880サイプラス地区竣工 | ||
1964 | 新潟地震(M7.5海) 液状化 | ||
1968 | 十勝沖地震(M7.9海) 八戸記録 | ||
RC柱せん断破壊 | |||
1971 | サンフェルナンド地震(M6.6直) | 1971 | 道路橋示方書耐震設計編 |
RC柱せん断破壊・桁落・ライフライン | 設計震度0.1〜0.24 | ||
1975 | AASHTO, Interim Spec., Bridges | 修正震度法 | |
設計震度0.5(塑性設計) | 1971 | 建築基準 せん断補強筋の強化 | |
耐震補強開始 | 1978 | 宮城県沖地震(M7.4海)ライフライン | |
桁連結 | 1980 | 道路橋示方書(新耐震設計法案) | |
変形性能照査 | |||
1981 | ATC-6 設計地震0.4(塑性設計) | 1981 | 建築基準 保有耐力、許容変形の規定 |
1g応答 | |||
1983 | AASHTO,CALTRANS | 1983 | 日本海中部地震(M7.7海) |
1985 | メキシコ地震(M8.1海) 2秒共振崩壊 | 長周期地震動 | |
1986 | コンクリート標準示方書 限界状態設計法の導入 | ||
1988 | 本四 児島・坂出ルート竣工 | ||
1989 | ロマプリータ(サンフランシスコ)地震(M7.1海) | ||
1990 | 国際防災の十年 | 1990 | 道路橋示方書耐震設計スペクトルの見直し |
1990 | フィリッピン地震(M7.8海直) | 動的解析、保有耐力、3倍の地震力を考慮 | |
1gの応答 | |||
制振構造の研究と建設 | |||
1991 | 鉄道構造物等設計標準・解説 | ||
塑性変形性能の確保 | |||
1992 | 道路橋の免震設計マニュアル | ||
1993 | 釧路地震(M7.8海) | ||
北海道南西沖地震(M7.8海) | |||
1994 | ノースリッジ地震(M7.8海直) | 1994 | 北海道東方沖地震(M8.1海) |
(直下型都市地震,大加速度,大速度) | 三陸はるか沖地震(M7.5海) | ||
1995 | 兵庫県南部地震(M7.2直) | ||
(都市直下型地震) |
日本における 1970 年以前の構造物の耐震設計は、水平方向の設計震度 0.2 の地震荷重に対して、構造物の弾性強度のみを保証するものであった。しかしながら、1968 年の十勝沖地震や 1971 年の米国カリフォルニア州のサンフェルナンド地震で、鉄筋コンクリートの柱がもろく崩れる「剪断破壊」現象が数多く見られた。1970 年代前半にはこの原因調査が数多く行われ、その結果から構造物の強度を上回る地震力に対しても、崩壊という大破壊を防ぐためには「剪断破壊」を絶対避け、構造物に「粘り」をもたせなければならないとの結論になった。
こうしたことから、1980年代以降の基準では、鉄筋コンクリートの柱の帯(おび)鉄筋をより多く配置するなど、構造部材および構造系全体としての「ねばり」を増すため、多くの工夫が盛り込まれた。
今回の地震で大きく崩壊した高速道路や新幹線、さらに建物などを調査したところ、その主な原因は、やはり鉄筋コンクリートの「剪断破壊」であった。さらに今回の地震より以前には大きな被害が無かった鋼製橋脚においても、設計震度を越える地震力による局部座屈やさらに2例の崩壊も見られた。大被害を受けた構造物のほとんどは 1970 年以前に建設されている。鋼構造物においても、設計震度を上回る地震に対する粘りの欠如は大被害の原因である。
一方、従来は安全と考えられていた地下鉄などの地中構造物においても、被害が発生し、地盤の変位の影響を強く受けたものと推定されている。さらに、従来の判定基準では液状化し難いと考えられていた地盤の液状化や、地盤の側方流動に基づく基礎構造物の被害なども報告されている。
震度7の地域および周辺においては、極めて大きな加速度記録が得られている。水平成分の最大加速度が600 galを越える地点は、神戸海洋気象台(気象庁)、鷹取(JR)、葦合(大阪ガス)、宝塚(JR)、西宮(大阪ガス)の5ヶ所にものぼっている。
特に神戸海洋気象台では、南北方向 818 gal、東西 617 gal、上下方向 332 gal の極めて大きい加速度記録が得られた。
神戸海洋気象台での加速度記録 NS 成分を、現在までの代表的な記録(いずれも NS 成分)と比較したのが、図 - 3.1 (a) 〜 (d) である。同図 (b) には、米国カリフォルニア州でのノースリッジ地震 ( 1995 年 1 月 17 日 ) 時におけるシルマーでの記録、(c) には十勝沖地震 ( 1968 年 5 月 16 日 ) における八戸での記録、(d) にはインペリアル地震 ( 1940 年 5 月 18 日 ) 時におけるエルセントロでの記録をおのおの同じスケールで示した。
(a)
(b)
(c)
(d)
図-3.1 過去の地震加速度記録と神戸海洋気象台における記録との比較
神戸およびシルマーでの記録は、最大加速度が約 800 gal 程度と極めて大きいが、強震部の継続時間は 10 秒程度と比較的短い。一方、最近の構造物の耐震設計によく用いられてきた八戸記録やエルセントロ記録は、最大加速度は 250〜350 gal 程度と比較的低いが、強震部の継続時間が 30 秒程度と長い。こうした地震動の時刻歴波形の差が構造物の応答や破壊に及ぼした影響について、各種の応答スペクトルから検討してみる。
従来から地震工学において良く用いられている線形 1自由度系(減衰定数5%) の絶対加速度応答スペクトルを 図 - 3.2 に示した。同図を見ると、従来からの八戸、エルセントロ記録では、全周期領域において 1G 以下となっているのに対し、神戸の記録では、0.15 〜 1.2 秒の周期帯で 1G を越えている。
図 - 3.2 絶対加速度と応答スペクトルの比較
特に 0.3〜0.5 秒の区間では 2G を越える極めて大きな値となっている。シルマーでの記録も全周期帯において、神戸の記録とほぼ同じ傾向を示している。すなわち、断層のごく近くで得られた神戸とシルマーでの記録の加速度応答スペクトルは、いままでの地震記録からほぼ上限に近いと思われていた 1G をはるかに越える極めて大きなものであることが判る。
阪神間の震度7の地域における構造物の被害を調査した結果、比較的剛な橋脚や 10 階建て以下の建物の崩壊が数多く見られた。反面、背丈の高い橋脚や 10階以上の中高層建物には大きな被害がみられなかった。こうした被害の分布は、同図の線形系の応答スペクトルの結果から十分には説明できない。震度 7 の地域で被害を受けた構造物は大きく塑性域に及ぶ挙動を示しているわけであるから、こうした弾塑性復元力を考慮した応答の評価が必要である。
合理的な耐震設計法の基本的考え方は、ねばり強くしなやかに、そして構造系全体で地震エネルギーを吸収するというものである。この考え方は、弾塑性耐震設計法によって具体化されている。構造物の弾性強度を10倍に上げずに地震に耐えるには、地震応答が弾性限を越えて塑性域に及んでも、最大変形に至るまで抵抗力が大きく減少しない「ねばり」を持たせれば良い。当然コンクリートのクラックや鋼材の降伏などの小被害は発生しても大きく崩壊することはない。つまり、ねばりで地震エネルギーを吸収できれば、弾性限を越えて塑性域に入っても一気には壊れず、構造系としてねばって行くはずである、というのが弾塑性耐震設計法の基本である。
この考え方に従えば、より大きなねばりを有する構造物では、より低い弾性強度で耐震設計可能である。エネルギー一定則では、弾性ポテンシャルエネルギーと弾塑性ポテンシャルエネルギーとが等しくなるという静的条件で、ねばりによる設計震度の低減率を算出している。
必要弾性強度スペクトルは、構造物のねばりを塑性率 ( 構造物の耐力が保証される変形/降伏時の変形 ) で表し、構造物の変位応答が定められた塑性率になる時の降伏強度 ( 単位質量あたりでは降伏加速度 ) を縦軸に、構造物の弾性固有周期を横軸に示したものである。この考え方は、Newmark, Veletsos によって最初に提唱され In-elastic Response Spectrum と呼ばれたが、最近ではより内容に近い Strength Demand Spectrum という呼び方が一般的になってきている。
構造物の履歴復元力特性を完全弾塑型と仮定し、減衰定数を5%とした時の必要弾性強度スペクトルを、図 - 3.3 (a) 〜 (d) に示した。塑性率μが1の場合は、弾性絶対加速度応答スペクトルそのものを示している。μをより大きく取れる場合には、必要降伏加速度(質量を掛ければ必要弾性強度)が低下することが判る。エネルギー一定則では、μ=1の弾性絶対加速度応答を、全周期領域で 1/√( 2μ- 1 ) 倍することになる。
(a)
(b)
(c)
(d)
図 - 3.3 必要弾性強度スペクトル
今までのエルセントロ記録や八戸記録では、μ=5 のねばりを有すれば、弾性強度レベルは、0.2G でほぼ充分であるのに反し、神戸やシルマーの記録では、周期0.5秒以下の短周期領域においてμ=10のねばりであっても0.4Gレベルの弾性強度が必要となる。強い直下地震に対して、強度とねばりの両方とも今までのほぼ倍の値が要求されている。
阪神・淡路大震災では、地上構造物(橋梁)は、鉄筋コンクリート構造および鋼構造を問わず、大きな被害を受けた。この第一の原因が作用した地震力が設計で想定したものを大きく上回ったことにあるのは明らかであって、発生確率は極めて低いが一度発生すれば巨大な外力として作用するという特徴を有する地震に対して、設計でどのような地震を想定し、構造物にどのような耐震性能を保有させるかが大きな課題であることには異論がないであろう。被害の具体的な様相は、鉄筋コンクリート構造と鋼構造では若干その趣を異にする。以下、構造別に述べる。
鉄筋コンクリート構造で生じた著しい被害は、橋脚におけるものが大部分であり、被害のメカニズムはほとんどが剪断破壊あるいは曲げ降伏後の剪断破壊であって、総じて従来の大地震で見られた現象以外の現象は見られなかったといえる。このような既知のメカニズムで被災した原因としては、当時の設計基準では、塑性変形によるエネルギー吸収を考慮する規定が設けられていないこと、コンクリート断面で受け持たれる剪断力を過大評価していたこと、軸方向鉄筋の途中定着、帯鉄筋の定着その他の構造細目に属する事項に不備があったことなどがあげられる。これらのうち、大半は宮城県沖地震以後に改められているが、今回のような大地震に対して十分な塑性変形量の確保、施工性を考えた帯鉄筋の定着方法などに関しては 、なお検討が必要である。鋼構造では、橋脚の座屈および脆性破断、ラーメンの柱および梁部材の座屈、溶接部近傍の割れなど様々な被害が見られたほか、沓および落橋防止工のなどの局部的被害が落橋その他の大被害につながった例も少なからず認められた。従来、鋼構造は弾性域内にあるように設計されていたが、想定地震より大きな地震力により弾性域を越えて応答した結果このような被害につながったと考えられ、特に橋脚その他の柱部材では、塑性変形能に期待した設計を取り入れることが必要であるといえる。このほか、鉄筋コンクリート構造および鋼構造を問わず、地盤の液状化により橋脚が水平移動して大被害につながった例があり、これの防止策も今後の検討課題である。
レベル1地震動とは、従来の設計基準類で標準的に想定されていた地震動に対応するものであって、構造物の供用期間内に1〜2度発生する確率を有する地震動である。換言すれば、すべての構造物がその供用期間内に体験する確率が極めて高い地震であって、すべての構造物に対して損傷を受けないと言う耐震性能を保有させることは、社会的な要請と合致するばかりでなく経済的にも十分に容認されるものである。ここで損傷を受けないとは、地震後になんらかの補修・補強を行わないで使用できることを意味し、必ずしも全くの無被害であることを意味するものではない。これは、おおむね構造物の応答が弾性限界を超えないことと対応する。このような耐震性能は、鉄筋コンクリート構造物にあっては、主鉄筋および剪断補強鉄筋が降伏しないことおよびコンクリートに圧壊が生じないことを実現すれば、また鋼構造物にあっては、断面応力が降伏点を越えなければこれを実現することができる。
レベル2地震動は、発生する確率は極めて低いが、非常に強い地震動である。このような地震動に対して、すべての構造物にレベル1地震動に対する場合と同様の耐震性能を発揮させるのは経済的に得策でないことは明らかであるが、一方で、人命、社会・経済に大きな影響を与えるような損傷を防止しなければならないこともまた明らかである。そのため、このような地震動に対しては、ある程度の損傷が発生し残留変位が生じても、地震後比較的早期に修復可能な耐震性能を保有させるか、最悪な場合でも、構造物全体系の崩壊が生じないようにするとしたのである。どの程度の損傷を許容するかは、構造物が損傷を受けた場合に、人命・生存、避難・救援・救助活動と二次災害防止活動、地域の生活機能と経済活動に与える影響の度合いなどを考慮して決定される構造物の重要度によって定める。なお、許容される損傷の程度には、重要度のほかに、復旧の容易さが大きな影響を及ぼすことに留意しなければならない。すなわち、復旧に多大の費用と日時を要さない構造物では、重要度が同じであっても、大きな損傷が許容されてしかるべきである。構造物が損傷を生じても早期に復旧できること、あるいは崩壊しないことが実現されているか否かを検討することは必ずしも容易でないが、構造物の応答変位がその塑性変形能を越えないことを確かめれば、概ねこれを正しく評価できる。
設計用入力地震動に対し構造物が上記のような耐震性能を発揮するか否かは、応答解析を行って各種の応答値を求め、これに対して構造物が安全に耐え得るか否かを確かめることによって検討される。応答解析については、時刻歴応答解析によることを第一に推奨し、場合によっては、より簡便な応答スペクトル法によってもよいとした。このように従来の静的解析に加え、動的方法によることを提言したのは、地震動を適切に設定できれば、動的解析法の方が正しい結果を与えること、コンピュータの著しい進歩により解析の手段に隘路がなくなったことを考慮したものである。なお、構造物の耐震性能を考えれば、応答解析は、レベル1地震動に対しては線形解析、レベル2地震動に対しては非線形解析を適用すべきであることは明らかである。また、応答スペクトル法による場合、レベル2地震動に対しては、非線形の復元力特性を仮定して求めた非線形応答スペクトル、あるいは線形応答スペクトルと非線形の影響を修正する適切な方法との組み合わせによることができる。残された問題は、レベル2地震動に対して構造物に保有させるべき塑性変形能とその評価である。鉄筋コンクリート構造物の場合、これは相当程度明らかにされており、大きな問題はない。すなわち、曲げ降伏後の塑性変形に期待した設計法は従来から採用されてきているものであり、塑性変形評価式もある程度確立している。今後検討すべき事項は、広範な構造物に適用できる塑性変形能評価式を確立すること、剪断補強鉄筋の役割をより明確にし、これの性能を十分に発揮させるための、配置方法、定着方法といった構造細目に属する事項を確立すること、などである。これに対し、鋼構造物では、従来から塑性変形能に期待した設計はほとんどなされておらず、これの実現方法や評価方法は確立されているとは言い難い。したがって、これらを解明することが今後の研究課題である。このほか、構造物の種類に限らず適用される留意事項・研究課題は、構造物が崩壊に至るか否かの判定、構造物と地盤との相互作用の考慮、免震・制震装置の採用などである。このうち、崩壊に至るか否かの判定は、特に不静定次数の高い構造にあっては、塑性ヒンジの回転能を考慮した終局変形能を算定する必要があり、研究・開発が要請される。地盤と基礎の動的相互作用に関しては、これにより被害に至った例が見られることから、今後必要に応じて耐震設計に取り入れることが検討されなければならない。また、免震・制震装置は、構造部材の耐震性を高めて構造物の耐震性を向上させるより、経済的かつ効果的に耐震性の向上が図れる可能性があり、積極的な導入がなされるよう研究を押し進めるべきである。
兵庫県南部地震における地中構造物の被害は土被りの小さな開削トンネルの一部で重大な被害が生じたものの、大部分の地中構造物の挙動は従来のものと大きな違いはない。ここで言う地中構造物はトンネルおよび埋設管路類のことであり、その構造は多様である。
山岳トンネルの被災の状況は、覆工コンクリートのアーチ部あるいは側壁アーチ部打ち継ぎ目のコンクリートの部分的な剥離、打ち継ぎ目部の目違い、クラックの発生あるいは既往のクラックの拡大などである。また、トンネルの中心線のずれと見られる現象が報告されている。被災の程度はロックボルト、吹き付けコンクリートで復旧が可能な程度にとどまっており、その箇所数も限られ大部分は無被害か補修を必要としないクラックの発生程度である。被災箇所の多くは施工中に記録されている断層破砕帯の位置と符合している。これらの現象は従来のものと同様であり特異なものではない。
シールドトンネルにおける被害の状況は、二次覆工の縦断方向のクラックの発生、セグメントの目違い、セグメントのクラック、一部セグメントの欠け、剥離などである。また、立坑との取り付け部でのトンネルと立坑とのずれ、それに伴う漏水現象が報告されている。クラックなどの発生位置は地盤状況などを反映して複雑であり、傾向を見い出すには詳細な検討が必要であるが、橋梁のアバット下部や杭切断部を通過している場合はその影響が認められる。今回の被害の特徴はトンネル横断面内での動きに基づくと考えられる現象が顕著であったことであり、従来からの問題としてきた軸方向の動きに基づく挙動は必ずしも明確でなかった。いずれにしろ、トンネルとしての機能を失うような被害は生じておらず、シールドトンネルは耐震性の高い構造形式であることが示された。
開削トンネルでは神戸高速鉄道大開駅に見られるように大きな被害を受けたものがあり、従来の地震では見られない現象が生じた。すなわち、中柱を有する開削トンネルにおいて中柱が押しつぶされトンネル全体が破壊し、復旧に多くの時間を要した。また、床板と側壁部とのずれなども生じている部分もある。トンネルの破壊には至らなかったものの中柱の損傷は神戸市営地下鉄でも生じている。大きな損傷を受けた箇所は土被りの小さい部分に多い。しかし、被害の生じていない区間が多く、また、当該地域には開削工法で造られた地下街、地下駐車場が存在するが、ほとんどは無被害であり、被害が生じたものでも給排気塔、階段室との取り付け部における被害で二次的なものである。現象は複雑で今後の検討に待たなければならない点が多い。
埋設管路の被害は幹線系では比較的少なく、多くの被害は端末の管路部分で生じた。被害はマンホールあるいは建物との接続部など変位挙動の異なる部分もしくは液状化、側方流動が生じるなど地盤条件から変位が大きい部分で生じている。被害形態は管継手部の破損で、形式の古いもの、対策のとられていないもので発生しており、新しい形式の継手では被害が少ない。改良された継手の有効性が示された結果となっている。また、共同溝に収容された管路では被害は生じておらず、共同溝はライフラインの安全上有効な施設であることが確認された。
地中構造物は山岳トンネルのように地盤そのものが構造体にあたり、あるいは全周が地盤に支持された構造物であるため、地下構造物の安定は地盤の安定性の確保が前提である。したがって地震時の地盤の安定性の十分な照査が必要である。
山岳トンネルの場合は、地盤の安定性が問題となるのは坑口、土被りの小さい斜面下にトンネルが設けられる場合、断層破砕帯などである。地形的に不安定な場合には安定性を確保するための対策が必要である。断層破砕帯ではトンネル構造で対応する必要が大きくなるが、その構造は耐荷力とともに変形性を有するものであることが必要である。
地震動の伝播にともなって地盤変位が生じ地中構造物に影響を与える。一般にこの影響は土被りが大きく、均質な地盤では小さく検討を省略できることが多い。土被りが小さい場合、地盤の構成が複雑な場合あるいは近接構造物が存在し他の構造物との相互作用が考えられる場合は地盤の地震応答を三次元的に検討し、地中構造物に与える影響を十分に把握する必要がある。また、立坑との取り付け部、トンネル断面変化部など挙動の異なる構造物との接続部では地震動が構造物に与える影響が特に大きい。地震動の影響の解析手法については、震度法、応答変位法、動的解析法が用いられているが、検討の対象と目的に応じて適切なものを選択する必要がある。
解析結果の評価は、レベル1地震動に対しては、弾性限界状態を超えずトンネルの機能が維持されるようにすることが必要であり、レベル2地震動に対しては、使用目的に重大な支障を与えず、構造物の復旧が可能な損傷に留めることが必要である。
地盤変位は構造物を歪ませる結果となり、過大な応力を発生させることがある。地震時応力には構造物の耐力を増加させて対応する方法と構造物に可撓性を持たせ応力の発生を軽減する方法とがある。一般に可撓性構造を採用することが可能な場合は可撓性構造が採用されてきている。従来考慮されていない大きな地震動に対応するためには、さらに可撓性を高めるための構造および材料の検討が望まれる。また、可撓性の構造を用いることが容易でない開削トンネルなどの構造では、構造部材の脆性的な破壊を防ぐための構造細目の採用および一部の構造部材の破壊が連鎖的に全体的な破壊に繋がることのないような構造形式の採用が必要である。なお、地盤変位の影響の他、地震動の衝撃的影響などについては今後検討していく必要がある。
今回の地震のみでなく過去の地震においても地震による断層のずれの直接的な影響を受けることがある。今回の地震では比較的小さな影響であったが、過去には非常に稀ではあるが大きな影響を受けた例もある。活断層の位置が明確である場合にはその対策を考慮することが望ましいが、規模の大きなトンネルでは技術的に困難であるのが現状である。規模の小さな場合あるいは管路の場合は大断面化、二重化、可撓化、構造物と内部施設の絶縁化などが考えられるが、技術的に大きな課題がある。したがって、システムとしての代替性などソフト面からの対策も併せて考慮することが考えられる。
ライフラインシステムのように広がりが大きく、量が大きいものについては端末に至るすべてに同等の耐震性を維持するのは現実的でない場合が考えられる。また、ライフラインはまさに生活するうえでの基本である。したがって、ライフラインシステムでは、レベル2地震動に対しても機能の最低限の維持と早期の復旧が要求される。このため、地域の地形・地盤条件および都市計画などを考慮し、幹線ラインについてはレベル2地震動に対し機能を維持するよう計画する必要がある。地盤の状況や経済性からこれが困難である場合には、災害時に必要な機能を維持し早急な復旧を可能にするよう、幹線の設定、多ルート化、ブロック化、代替手段の採用などシステム面からの対策を取り入れることが必要である。
直接基礎など主に地盤の鉛直支持力が重要である構造物が液状化の可能性がある地盤に建設されている場合は、締固め等により地盤を何らかの方法で改良して液状化を発生させないことが必要とされている。
橋梁などの杭基礎やケーソン基礎などの場合も、基礎の深部が液状化する可能性のない地盤で支持されていることが基本である。基礎の周囲の地盤が液状化する可能性がある場合は、地盤改良よりも、液状化により地盤の抵抗力を低減したり無視した設計あるいは落橋防止工などによる機能保持に重点を置いた設計の方が合理的である場合が多い。さらに、地盤が液状化により側方流動する可能性がある場合は、その影響を考慮して基礎の設計をする必要がある。
これらの構造物は、建設延長が長く、構造物の重要性が変化するという特徴がある。また、基礎地盤や盛土本体は、液状化して流動的に変形・変位するのでなければ、地震により変形が生じても、完全な崩壊に至るまでに粘りを発揮する、という意味で靭性が期待できる。したがって、岸壁、堤防および盛土の設計では、重要度に応じた所定の性能を保持できるレベルに変形・変位が収まるように設計することが肝要である。
従来、自然の洪積礫地盤が液状化した事例は殆どない。一方、自然の沖積地盤では通常、平均粒径が大きければ細粒分含有率がそれほど大きくなく、透水性が十分高く、液状化強度が大きいと考えられていた。したがって、今まで、平均粒径が2mm以上の礫地盤に対しては、液状化の可能性を検討しない場合が多かった。しかし、今回の地震では締固めなどの地盤改良をしていないまさ土の埋立て地盤が広範囲に液状化した。これは平均粒径が2mm以上でも、均等係数が非常に大きく、シルトと粘土分の含有率がかなり高い状態にあったためと考えられている。このことは単に平均粒径が2mm以上では液状化の可能性がゼロとするのは適切ではない事を示している。
震度が大きくなると、密な砂地盤でも液状化の可能性を検討する必要がでてくる。最近の研究によれば、N値が20程度以上の砂は液状化しにくいこと、密な砂は非排水状態で繰り返し載荷を受けた場合、ひずみの振幅の増加とともに強さが増し粘りを発揮すること、又繰返し回数が少なく衝撃的な地震動では強度は増加することが明らかになってきた。これらの要因を考慮して、密な砂の液状化強度を評価する必要がある。
地盤が液状化により側方流動する可能性があり、その影響を考慮して基礎の設計をする場合、側方流動する可能性のある地盤の範囲、地盤の変位量や液状化の程度と基礎に加わる流動土圧の関係を適切に評価する必要がある。
また、レベル2の設計地震動の対して、岸壁、堤防、擁壁および盛土の耐震設計や地盤設計、液状化判定では、従来の震度法による極限釣合法安定解析が基本にならざるを得ないと考えられる。その場合、安定解析で用いる設計震度は、従来の値より大きくなるであろうが、地盤面での設計地震動の最大加速度を重力加速度で除した値をそのまま使用することは必ずしも現実的ではない。極限釣合法で用いる土の強度の評価については再検討する必要がある。
従来、静的試験から得られる内部摩擦角と粘着力を用いて安定解析を行うのが通例であった。しかし、地震動のような急速荷重が加わる場合、粘性の粘着力成分は相当増加することが知られているので、安定解析を行う場合、地震時の載荷環境に合った試験条件で求めた強度定数を用いる必要があろう。
設計水平震度は、一定の変位・変形が生じることを許容するが盛土・擁壁の強度上の粘りを確保し、盛土の流動的破壊や擁壁の倒壊が生じないよう決定する必要がある。